ダメ魔獣使いと優秀な弟子〜研修先は『こどもに就いて欲しくない職業10年連続第1位』!〜
下谷ゆう
第1章 師匠と弟子
第1話 師匠と弟子
「良いですか、キルト君」
巨木がニョキニョキと立ち並ぶ密林。
地面に網の目のように広がった根を軽やかに飛び越しながら、小柄な女性が先生のような口調で言った。
「はい、何でしょう、師匠」
女性の背中を追いかける長身の男性が答える。
『師匠』と呼ばれた女性は尋ねた。
「キルト君は『魔獣使い』とはどんな役職かご存知ですか?」
『キルト君』は顔色一つ変えずに答えた。
「はい、知っています。
『魔獣使い』とは人間と魔獣との間の紛争を防止または調整すべく置かれた役職であり、多くは人間と魔獣の居住地域の境界に派遣されます。その起源はマレーズ王朝第7代国王サカトの代に起きた……」
「うんうん、そう!、その通り!
何? キルト君、百科事典を暗記してるの?」
「師匠」と呼ばれた女性は嫌そうな顔をして、男性の説明をぶった切った。
しかし、「キルト君」の方は涼しい顔をして答える。
「いえいえ、これくらい常識ですから」
「師匠」はさらに苦虫をかみつぶしてような顔をする。
「ああ、そう。そんな、優秀なキルト君は前方に見えるあの青い羽の鳥の種類は何か分かるかな?」
「師匠」は前方の木の枝の先を指さした。
青い羽を広げて日光浴をする一羽の鳥がとまっている。
「この地域に生息していて、青い羽をもち、日中から活動している所を見ると、『ハルツゲドリ』だと考えます」
「キルト君」の答えに「師匠」はにんまりと笑った。
「いや~、そう思っちゃうよね」
「師匠」は喜々として説明する。
「確かに、キルト君の着眼点はとっても良いよ。でも、ハルツゲドリは尾羽に黄色のラインが入ってるんだけど、あの鳥は尾羽黒いラインが入ってるよね、
実は、あの鳥はハルツゲドリにとっても良く似てるけど、実は違う種類の『ハルツゲドリモドキ』っていうんだ。」
「師匠」は嬉しそうに続ける。
「いや~、ごめんね。キルト君、優秀だから意地悪しちゃった。大丈夫、大丈夫。研修期間中にゆっくり『魔獣使い』について勉強してくれればいいから」
今度は「キルト君」の方が嫌な顔をする。
「そんなの、ずるい……。わかるわけない!」
「キルト君」が小さな声で悪態をついていると、「師匠」が「きゃ!」と悲鳴をあげた。
「師匠」は地面に転がった。「キルト君」に意地悪な質問をして浮かれている間に木の根に足を取られて転んだようだ。
「痛ったいな……」
「大丈夫ですか、師匠?」
「ん? ああ、全然、平気だよ、師匠、元気!」
「師匠」は細い腕で力こぶを作ると、すくっと立ち上がり、スタスタと歩く。
それに対して、「キルト君」が控え目に尋ねた。
「あの、師匠、結構派手に転んでいましたし、一応回復魔法を使った方がいいのでは?」
「師匠」は無言だ。
「師匠?予定のポイントまでまだまだありますよ。回復魔法を使った方が……」
「……」
「もしかして……」
「……」
「師匠、回復魔法、使えないんですか?」
「師匠」はうめくように「う、うるさいな」とつぶやく。
「え、回復魔法って、入門レベルの魔法ですよね」
「キルト君」は別に「師匠」を煽るつもりは微塵もないのだが、「師匠」にとって、むしろそっちの方が腹がたつ。
だが、何も言い返せない。
「キルト君」の発言に「師匠」は顔を真っ赤にして黙ってしまった。
この物語はカルタ共和国という小さな国のアムンゼン州という辺境で繰り広げられるダメ師匠と優秀な弟子の日常を描いたものである。
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