第41話
山下奈津美は、料理教室に来ていた。
きっかけは、ランチでのことだった。
奈津美が一人で時間をずらしてランチを食べていたところ、隣の席の人がスマホを忘れた。
食堂のスタッフに忘れ物を預けた。
次の日も、同じようにハンカチを忘れて、
「営業部の辻井です。食堂の方から、忘れ物を同じ方が届けてくれたと聞きました。
本島に助かりました。」
辻井は、奈津美と同じくらい目立たない黒髪に黒淵メガネの、背は166㎝くらいの地味な男だった。
どうしてもお礼をしたいといい、食堂でランチを1回奢ってもらうことになった。
いつもなら、男性からの食事の誘いは遠慮するが、見た目から圧がなく、食堂、しかも奈津美は2回も助けたのだから、いーか、と奈津美にしては珍しく承諾した。
そして、ランチのとき、なんと辻井はお菓子作りが得意なこと知り、副業でお菓子づくり教室をしているという。
お礼に、無料で参加させてくれると言うから、奈津美は喜んで参加したのだ。
奈津美は普段、友達もいないため、女子の料理教室が初めてで、とても楽しかった。
そして、お菓子づくりの包丁、まな板、ボウルのセットを、気がついたら20万円で買っていた。
※※※
「なっちゃん、それ、典型的なねずみ講ね」
監査部の行成とは、奈津美は仲良しだった。
行成は、実は心は女性であることを隠して生活している。しかし、奈津美だけは知っていて、しかもBL本を貸し合う仲だ。
奈津美の前では、女言葉だ。
奈津美は、料理教室で習ったチョコマフィンを家で作り、行成にあげた。
「なっちゃんが突然料理とか言うから、おかしいと思ったのよ。」
はぁ、と行成はため息をつく。
「でも、20万円でお菓子が作れるようになったら、安いでしょ!」
奈津美は言う。
「あのねー!20万あったら、どんだけお菓子買えるのよ!もう、目を冷ましなさい!営業部の辻井、ね。」
行成は目を光らせる。
「もう!行成さん、会社で罰とかしないでよー。辻井さんは、料理下手な私に教えてくれたただけなんだからー!」
「なっちゃん、ねずみ講はね、恋愛関係とか、ママ友とか、ちょっと孤独そうな人を狙って、心の隙間を埋めるように最初は近づくのよ。」
「そんな、弱くないもの!」
「なっちゃんのメンタルの強さは、知ってるわ。でも、普通の友達が欲しかったんでしょ」
「…う、」
「なっちゃんは、いつもご飯一人で食べてるから、辻井は前から目を付けてたのよ」
「そんなわけない…よー、会員代も立て替えてくれたし」
「ばか!そうやって会員にしておけば、自動更新とかされて、引き落とされるわよ!説明はあった?」
「なかった、かも。」
奈津美は自信がなくなる。
そして、次の料理教室で、魔法のピーラー2万円を勧められた。
奈津美は少し自信がなくなる。
辻井から、一生ものだから、と聞くが、さすがに、ただの皮むきに2万円は高い。
そして、「友達を紹介して欲しい」という辻井の言葉は決定的だった。
※※
「友達がいないって知ったら、辻井さんから連絡こなくなっちゃった」
ちょっと落ち込んで見える奈津美。
「まぁまぁ。これで目が覚めたでしょ」
こくりと頷く。
「20万円で、社会の勉強代と、チョコマフィンがあんなに上手にできるようになったんだから、トントンって思わなきゃね」
行成は奈津美を励ます。
友達がいない奈津美を狙って、こんなに落ち込ませるなんて、酷だ。
が。
「そうだね。
昨日、新藤くんが怒って、辻井さんにチクりと言ってくれたんだけどね、」
(もう!それから、ゆっくり追い詰めようと思ったのに、若造が余計なことして!)と行成は思う。
「新藤くんと辻井さん見てたら、昼はキラキライケメンの先輩が地味な眼鏡くんを叱るけど、夜は地味眼鏡くんが意地悪に攻めちゃうBLを思い付いちゃって。
それで一冊書けそうなのよ!それ考えたら、20万円って安いなって!」
新たな妄想で、奈津美の目はキラキラして、頬は上気している。
「……で?」
「料理が上手いから、夜のそっちの料理も、なんてね!
ついでに、昨日新藤くんにマフィンあげたら、お礼にって、高級レストラン予約してくれたー、安い小麦粉焼いて、得した気分よ」
「なっちゃん、あんた人の心があるのか疑わしいくらい、メンタル強すぎよ」
辻井は、社長の息子新藤からの一言に戦慄し、社内では活動を控えた。
社内で、ねずみ講の禁止が通達された。
が、期間を開けてまたやってしまったため、それを狙っていた監査部の行成により現行犯を押さえられた。
奈津美が騙されたことを不服に思う男達の(勝手に燃える)復讐により、鼠取りに捕まったのだった。
こちら、裏総務部 秘密処理課 @lovee1206
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