第32話
子供が産まれることは祝うべきことだ。
子育ては社会全体でやるべきなので、働くお母さんを保護しなくてはならない。
そう、例えどんなに周りを犠牲にしても。
経理課の堤理花は、今日も笑顔で電話を取っていた。
「はい、経理課の堤です」
「下田さんっていますか?」
「下田は本日、早引きをして」
「えっ?じゃぁ、どうしよう・・急ぎなんだよね」
「・・・・ご用件をうかがってもよろしいでしょうか?」
経理課の下田は、堤の同僚で2歳と4歳のママだ。
保育園から下の子が熱が出たと知らせを受け、今日も11時には帰宅した。
上司は、このような場合、独身で残業ができる堤に案件を振る。
そして、経理課は女性の園。堤の同僚が複数人、常に妊娠・ワーママをしていて、独身、または既婚で子供がいない社員がフォローに回る。
働きながら子育てはとても大変で、当然の権利なのだ。
いつか、私も頑張った分を貰う・・・とならないのが、この制度。
堤の場合は、結婚どころか恋愛からも久しく遠ざかり、恩を返して貰う予定は全くない。なんせ、子供の時から大人しい性格、引っ込み事案なため、大学で初めての彼氏と分かれて以来、出会いというものがなかく、20代が終わった。
(もう、何のために働いてるんだろう・・。仕事やめて、実家に帰ろうかな)
薄暗いトイレの鏡にやつれて写る自分の姿にげんなりした。
★
奈津美と竜二は、ある社員から相談を受けていた。
ある社員・・・田辺優輝は、イタリア製のおしゃれなスーツ、靴を着こなす長身のイケメンは、進藤の前の職場、海外の支社の先輩だった。
(うわー、絵に描いたようなキラキラ商社マン・・東○カレンンダーにいそう・・)
奈津美は田辺の体から発する光に目がくらむ。
海外の部署で一緒だった田辺と進藤は、お互いが帰国してからも仲の良い先輩後輩で、飲み友達だった。
そして、先日の会食後、ある悩みの解決のために、奈津美に話がきた。
「・・・一夜過ごした女性を探している・・んですね」
奈津美はあまりの悩みに、白目をむいた。
田辺が大学時代の合コンに誘われてその女性に会ったのが1ヶ月前。その時、一人の清楚な女性と意気投合し、ホテルで一晩を明かした。
(清楚な女性、ねぇ・・)
年齢=処女歴を貫く奈津美には、清楚な女性がお持ち帰りされるわけないだろ、と思うが、そもそも田辺のようなパリピとは感覚が違うのだろう。
「合コンの幹事さんから聞けばいいじゃないですか?」
奈津美は面倒だから、早く終わらせて新しいBL本を家で読みたい。
「もちろん、すぐに幹事の子に聞いたさ。だけど、その日のメンバーの中で、友達の友達の友達、みたいな子で連絡先は知らないって言われてね。名前も偽名だったみたいなんだ。むしろ、その幹事の子に言い寄られて、困ってるんだよ」
困り眉を作りながら田辺は言う。
「はぁ・・無理ですよ、東京の女性みんながターゲットだと」
「竜二から聞いたんだけど、奈津美ちゃんは社内に詳しいらしいね。」
「・・・社内?」
「そう、彼女、何も置いていかなかったんだけど、唯一鞄から、このカードが」
進藤が受け取ったのを奈津美と二人で見る。
「夏の元気印!美食スタンプラリー」
先月から始まった、食堂のキャンペーンのスタンプカードだった。
奈津美も泉管理栄養士から直接もらい、昨日は夏野菜カレーを、今日は冷やし担々麺を食べ、スタンプを集めている。
スタンプが集まると、デザートか小鉢が貰える、なかなかいい企画だ。
「うちの社員か、出入りしている業者の人か、誰かなんだけど・・・」
「山下、なんとかならない?田辺先輩には本当にお世話になったんだ」
(えー、やりたくないよ・・)
「田辺先輩のお祖父様は、田辺の森グループの会長ですよね」
「うん、兄ちゃんいるから俺が次ぐ訳じゃないけど、もし良かったら、せっかくの縁だし、奈津美ちゃんのご家族をうちのホテルに、モニターということで招待させてくれるかい?」
田辺の森リゾート、1泊一人4万円が最低価格の高級旅館を全国展開していて、業績がかなり延びているはずだ。モダンな部屋と、温泉地は客室露天風呂も全室確約、料理も美味と聞く。
もちろん、普通のOLの奈津美には、うんと背伸びをしないと手が出ない。
(行ってみたい・・・両親への親孝行にいいかも・・3人で12万円・・・)
「特徴を教えてくれますか?」
奈津美は俄然やる気になったのだった。
進藤はホッとしていた。
★
田辺が言う特徴は、髪がストレートのミディアムの黒髪、色白でほっそりしている、首の後ろにほくろがある、某アイドルのセンターに似ている、などだが、一晩過ごした割には情報が少ない。
なんでも酔っていたらしい。
「田辺さんは、海外いたときからモテまくってたからな~。でも、自分から追いかけるなんて珍しいよ」
進藤が奈津美の分の缶ジュースを自販機からしゃがんで取りながら言う。
「ん、ありがと。」
奈津美は甘い紅茶○伝を受けとる。
「よっぽどいい女って感じだったのかな?」
「遊びと本命は分けてると思うから、本当に好きになったんじゃないのか」
(ふーん、器用なことで。こいつも御曹司様で、さぞモテるだろうから、分けるんだろう)
「さっさと見つけてあげましょう!ポイントカードのシンデレラとやらを」
奈津美は、缶ジュースが温くなる前に、飲み干した。
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