第31話



談合は、鶴安商事3名、相手2名で行われた。




乾杯からコンパニオンがいたおかげで、首尾良く牧田が潜入できて、盗聴器と盗撮カメラをすぐにしかけることができた。




声がクリアに良く聞こえる。


相手は公務員で、制服の大量受注の見返りに、高級旅館の飲食を鶴安商事が払い、コンパニオンと遊ぶ、というものだった。




公務員の談合は、もちろん違法だ。




声だけでも十分証拠能力はあるが、しらばっくれる可能性がある。


奈津美は全力で事務所の中を探したが、なにも見つからなかった。




奈津美と野口は、事務所から盗撮カメラを見て、例の白いパソコンを係長が持っているのを確認する。


牧田にパソコンを押収してもらうしかない。




ちなみに、監査部は隣の部屋に詰めて、同じ盗撮カメラを見ている。




所長が牧田を気に入り、チャイナ服から見える太ももを撫でているのがカメラに良く写っている。


牧田の笑顔が怖い。めちゃめちゃ怖い。




「あのじいさん、怖いもの知らずだな」


野口が隣で顔をひきつらせる。




「もうやめて、所長、死にたくなかったらその手を早くどけてください」


1ヶ月半だが、奈津美には優しかった所長が、処刑台への階段を自らの足で進んでいる。


さすがに、スカートの中に手を入れようとしたのには、牧田は所長の手を詰まんで笑顔でさとしていた。




牧田は一時退出し、隣の部屋の監査部担当者から、白いパソコンを取るようにという指示を聞いた。


牧田は「いざとなったら、アフターして、部屋で二人きりになった時を狙います」と言った。




今度は係長の隣に座り、接待をする。


係長も牧田を気に入り、肩を思いっきり抱く。


牧田の笑顔に、青筋が見える。


あろうことか、胸まで触ろうとしている。


奈津美は、知っている人がセクハラするのは居たたまれない。




いよいよ、牧田の額全体が暗くなってきた。


しかし、そのまま少し触らせて、牧田は係長に耳元で何か呟いた。


係長が嬉しそうにしている。




「何言ったんだろう・・」


「・・・さぁな。あいつも明日消されてるかもな」




牧田は頑張ってお酒を飲ませたが、係長は強かったらしくつぶれないまま、ずっと傍らにパソコンを置き、チャンスが来なかった。




(さて、どうする)


牧田は係長を廊下に連れ出した。


そして、しばらくすると、牧田だけ帰ってきて、係長はその15分後に宴会の部屋に帰ってきた。




「すごい牧田さん、どうやって係長を抜けさせたの?」


「あのブス、殺人して、死体放置してねーよな」




牧田はその15分間の中で、所長と係長の隙を見つけ、なんとかパソコンを隣の部屋に持ち出し、パソコンにデータを写し終え、パソコンを元の位置に戻した。




牧田のハニートラップはとても優秀だった。パソコンを時間内に押収したのだった。




パソコンには、立ち上げるためのパスワードが必要だったが、野口は事前に係長の良く使う社内


パスワードリストを入手し、パスワードを予測していたため3回目で入ることが出来た。




野口曰く、パスワードは人間そんなにたくさん持つことは出来ない、特に最近失敗体験がなく油断している人間は同じものを使うため、予測が簡単だ、ということだった。


と言っても、野口は隙がない男だ。




パスワードロック回数制限を解除するウイルス自作していた。


パソコンの電源が入ると共に入れ、何度間違えてもいいようにしたらしい。


(そんなウイルスが世に出回ったら、セキュリティが破壊するよ!)




簡単には証拠が見当たらず、野口が集中して何かしら凄い勢いでパソコンを打っていた。


奥まったところに、もともとあるマクロファイルの裏に隠れて、ファイル名を偽装されて保管されていたらしい。


しかも、その証拠らしきエクセルも、一目では談合の証拠と分からないように暗号化されていた。


解読は時間がかかった。


その段階で監査部にもメールし一緒に確認してもらったが、誰も解読出来ない。




「野口さん、監査の人が明日でも良いって言ってますよ」


「これが終わらないと、あのブスがアフターとやらでもっと怒って、明日は死体の山が出来るだろ」


野口は無言で画面を睨んでぶつぶつ何か言っている。




そして、暗号を解いたのはやはり野口だった。


変人は、地頭の良さの次元が違う。




証拠の入手と共に、すぐに隣の部屋に詰めていた監査部の6人が談合の部屋の中に入り、そのまま取り調べが始まった。


役場の人は警察と思ったのか、顔色を青くし逃げるように帰っていった。







取り調べは23時過ぎまでやっていたらしいが、牧田はすぐに解放された。




なんと、同じ菊花旅館に宿泊だったらしく「早く部屋に入って、あいつらが触ってきたところを癒したいわ」とさっさと部屋に帰っていった。




野口は群馬事務所の近くのビジネスホテルにさっさと引き上げた。







次の日の朝、野口は群馬事務所にいた。


やっておきたい処理が残っていたらしい。


目の下に酷い隈が出来ていた。




そして、朝から役員と牧田、運転士がやってくる。


もちろおん大した視察などせず、メインは昨日の会社負担の高級宿一泊だったのだ。




牧田は少し疲れた顔をしているが、身だしなみはばっちりで、さすが秘書の鏡だった。




昨日あんなことがあったが、役員の視察対応を所長、副長がし、係長はお得意先回りに外出した。




「牧田さん、昨日はありがとうございました」


「ボーナス、かなり弾んでもらえるんだって!」


笑顔の牧田。昨日のことは、引きずってはいなそうだ。




「さっすがですね、牧田さんがいなかったら、わたしじゃお色気トリップできませんでした」


奈津美は、自分の胸を見て言う。


「奈津美さん、知ってる人だから無理よ。


それより、解析に時間かかったらしいじゃないの」


野口に向かって毒づく牧田。




「しょうがねーだろ。かなり慎重なヤツだったから、いちいちファイル消失プログラムの可能性を考えて慎重にしないといけなかったんだよ」


「あんたがゆっくりするから、危うくアフターまでしなくちゃいけないとこだったわよ」


「案外、あの若い方のが気に入ったんじゃねーの」


「はぁ?」


つかみかかりそうになる牧田を、奈津美が押し止める。




「牧田さん、どうやって係長を外に出して、パソコン押収の時間を稼いだんですか?」


奈津美は牧田の手口を聞きたかった。




しかし、奈津美にはとても出来ない罠だった。




「ああ、あれね。あれは太もも触りながら耳元で、「夜が楽しみね」ってささやいたのよ。


そうすると、気合い入れるのに、男って一発抜くから」




奈津美はちょっと赤くなって白目を向いた。


係長は、あの時間トイレで、そういうことだろう。




野口はなんとも言えない顔をしている。


同じ男として、係長に思うところがあるのだろう。




「まぁ、解析がもっと遅かったら、アフターでお酒に睡眠薬混ぜてやろうと思ってたけどね」


「「こわ!」」


奈津美と野口の声が重なる。




「野口さんが、牧田さんが触られ放題なのかわいそうだからって、めちゃめちゃ急いで頑張ってましたよ」


「は?」


今度は野口が奈津美をにらむ。


「そんなこと言ってねーだろ」


「でも、早くしないと、牧田さんが触られまくって」


「俺は、この性格ブス女が、殺人鬼にならないようにしただけだ」




「殺人って、どういうこと?」


牧田が腕を組む。


「昨日、顔だけで人殺せそうな顔してたからな。まぁ、素の性格が出てるだけかもしれねーけど」


「私のハニートラップは完璧だったわよ。あんたの目がおかしいんじゃないの?


まぁ、良いわ。役員の視察終わったみたいだから、私は帰るわね」




そして、また美しい秘書の顔をして、カツカツとハイヒールを鳴らして運転士が待つ車に戻って行った。









奈津美は、1週間後には総務第三課に戻された。


しかし、所長、副長、係長の誰も奈津美をまだ監査部のグルだとは思っていない。


奈津美の侵入も、完璧だった。




奈津美は秘密にしておくことにし、「お世話になりました」と去っていった。







そして、奈津美は、牧田と高級ホテルのアフタヌーンティにいる。


今回は牧田がいなくては失敗していた、そのお礼だ。




温泉の話で女子トークは盛り上がる。


菊花旅館は、女子プランが充実していたらしい。


「牧田さんの浴衣見たかった~」




「あの係長の三田って男、社内の暗号システム作ってて、結構凄いやつだったらしいわよ。


出世する予定で、椅子が空くまで、地方の営業所で待機状態だったみたい。」




牧田独自の人事情報だろう。なるほど、野口が暗号解読に手間取った訳だ。


そもそも、野口本人が群馬に乗り込んで来たのは、暗号解読が何回な可能性が高かったため、システムが強く地頭が優秀な野口を選んだのだろう。




三人の中で、本当の切れ者は三田係長だった。




「暗号、野口さん以外誰も解けなかったんですよね。


アフターに行かせないために、頑張ってましたよ」


野口の名誉のために言っておく。


本人が聞いたら怒るだろうが、奈津美にはそうとしか見えなかったのだ。




「・・・・・この間は八つ当たりしてごめんって、伝えてくれるかしら?」




奈津美は少し違和感を感じる。表情がいつもと違う気がした。




「良いですけど、自分で言いますか?」


「それは勘弁。会ったら文句言いたくなるもの」




困ったようにはにかんで笑う。




奈津美は、この表情を見たら、性格ブスなんて言う男いないのにな、と思った。


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