第30話


山下奈津美は、おやきを食べながら事務所でお茶を飲んでいた。




事務所といっても、いつもの総務第三課ではない。


関東の田舎にある営業所である。





3ヶ月前、貫田がいつものごとく奈津美に声をかける。




「山下さんに探ってほしい部署があるんだよね。


ちょっと長くなるけど、予定大丈夫かな」




「長くなる?」


「うん、実際に異動したことにして、その部署に入り込んで欲しいんだよ」


「はぁ、どこですか?」


「群馬営業所」


「は?」


「来週から談合のガサ入れが終わるまで、まぁ3ヶ月から最長でも6ヶ月くらいかな?」


確かに、結婚式などの予定があれば、遠くの出張は大変だったかもしれない。


しかし、奈津美には何も予定がない。




そして、群馬営業所の近くに温泉があることは社内では有名だった。


毎週でも温泉に入りたい奈津美は、快諾した。





鶴安商事は、本社にほとんどの社員がいるが、意外と地方にある営業所も多い。




そして、今回行く群馬営業所は、前回、前々回の監査の時に数字が怪しかったにもかかわらず、証拠が挙げられず、監査部の社員を送り込んでも全くボロを出さなかった。




数字が怪しい、というのも、明らかな不正はないのだが、長年監査業務をしていたベテラン社員が、「少し数字が合い過ぎている・・気がする」という勘だ。


これも、数字が完璧に会計と合ってしまうとめちゃめちゃ怪しいが、合っていないところもあり、自然の範囲内でもある。




つまり、相手は手強いだろう、というのが貫田と監査部の担当者の意見だった。




人事もこのことは承知し、正式なルートによる人事異動で赴任した。




群馬事務所は、予想以上に小さい部署だった。




社員は4人。所長、副所長、係長、奈津美だった。




「本社からわざわざ、何かやらかしたの?」


三田係長が冗談で声をかけてくれる。


三田は40歳だった。




「はぁ、まぁ」


奈津美は打ち合わせ通り、言葉を濁す。不倫をして左遷された設定だ。




「ここは、そんなに仕事も多くないから、ゆっくりしてね」


副長、上野が柔らかい笑顔で言う。


上野は、45歳の本社総合職で、2年目で、来年度には本社に帰る。




「そうだな、ここは、知っての通り、社内では保養所と呼ばれている」




所長、月島は大きなガハハ、と笑う。




過去、営業課が、業務の効率化とコスト削減のために、小さな営業所を統廃合したことがあった。


群馬事務所がこの規模で、事務所を存続させるほどの業績を挙げているとは思えない。




そう。役員、その他の重役が、出張として、温泉に会社のお金で行けるように、敢えて残したと言われている。


もちろん、あからさまには言わないが、この昼間からみんなでおやきを食べている様子だと、間違えないだろう。




ホワイトボードには、人事部視察、営業部打ち合わせ、役員視察、など、無駄に早朝か夕方からの打ち合わせが並んでいた。




つまり、前泊か後泊をするための時間設定だ。




奈津美は、シラーッとした目でホワイトボードを見たのだった。







もちろん、営業の仕事もちゃんとある。


そのときは、奈津美が一人電話番をする。




しかし、今はまだ動かない。


貫田からの事前情報、デキル社員がいるということから、奈津美もいつもより慎重に事を運ぶ。




奈津美は信じられていない可能性が高いため、ひとりの時に、防犯カメラがある気がするのだ。


しばらくは大人しくし、キレ者を探すのがベストだろう。




とは言え、全く何もしないわけではなく、棚の整理をしながら、何となく怪しいものを探っていく。


(まぁ、この辺は監査部が見たんだろうな。


社内のネットは恐らく監査部が全部見ているはず。とすると、不正の証拠は、紙か、自己所有電子媒体、だよね~)




奈津美は1ヶ月、何もせずに様子を見たが、証拠も切れ者も全く分からなかった。




ちなみに、超有名温泉が車で40分くらいのところにある。


土日に営業の車を借りて、日帰り温泉に行き、道の駅でアイスを食べることを楽しんでいた。




そして、1ヶ月と2週間目に、予定が書いているホワイトボードに見たことがない予定が入っていた。




「打ち合わせ 18時30分」とだけ書いてある。




視察対応が異常に多い部署なので、奈津美の業務として夜の接待の店の予約もしていたため、年のため副長に聞く。




「4月28日の打ち合わせって、なんですか?メール来てましたっけ?」


「ああ、この打ち合わせは、私が予約したから、山下さんはこっちの予約してもらってもいい?」




しれっと話をずらされった。奈津美はピンと来る。談合だ、と。




「はい、わかりました」


笑顔で一旦引き下がる。




どこでやるのか分からない。


仕方がないため、奈津美は休憩中に副長の電話を拝借して、最近かけた電話番号をピックアップした。


そして、その番号に一つずつかけてみたところ、お店は一件だけだった。




ネットで調べたところ、花菊旅館、談合にふさわしい高級老舗旅館だった。


念のため、副長の携帯電話の履歴は、ほぼぜんぶピックアップした。




そして、貫田に報告したところ、「監査部は、少しでもいいから糸口がほしい、と言っているから空振りでも気にしないみたい。どんどん情報ちょうだい」と言われた。




そしてもう一つ、一度だけ、係長が白いパソコンを持ってきているのを見た。


会社用の登録がないため、間違えなく私物だ。


怪しいと思ったが、一度見たきり社内では見ていない。


その事も報告した。




4月27日、社内ネットワークのシステムにより、群馬営業所の会計ソフトが動いたことが分かった。以前会社負担で買った物の値段を、15万円つり上げた。


これにより、不正な接待料金を捻出したのが明らかで、談合という確証が持てた。




4月28日の、例の「打ち合わせ」の日を、ガサ入れの日とした。


監査部と貫田、野口が応援に来た。


奈津美は事務所の鍵を持っているため、事務所で待機し、事務所に何か証拠がないか探す。


監査部が盗聴器をしかけ、証拠の会話がでた瞬間、監査部がご用改めをすることにした。


そこでパソコンを取り上げ、野口が証拠隠滅しないようにコピーとロックをかける。




群馬営業所の不正メンバーは慎重だ。


奈津美により営業所内にあった盗聴器発見の機器を談合に持参したことが分かったため、作戦変更せざるを得なくなった。




(どうするんだ・・?)




事務所待機組の、野口にも一応説明した。


「旅館の仲居に金握らせて、途中から皿に盗聴器仕込めばいいんじゃねーの。


あ!そんな慎重なやつなら、間違えなく証拠隠滅プログラムを入れているはずだ。


絶対にパソコンに触らせるなよ。」


「仲居さんのお仕事をなんだと思ってるんですか!」




久しぶりに会った野口は、相変わらずだった。




仲居を巻き込みたくはない。


しかし、奈津美は顔が割れているため、仲居として潜入はできない。


どうする・・・?




「こんにちは!奈津美さん・・・と野口・・・なんでいるの?」




そこには、いるはずのない秘書課の牧田がいた。


「牧田さん、なんで・・?」


「進藤くんから、奈津美さんが群馬に行ったって聞いたのよ~。


たまたま役員視察が明日あって、挨拶に寄ってみたのだけど・・・。本当にいた。何かやったの?」


「えっと・・・」


「冗談よ。侵入でしょ。で?そこのブサイクは奈津美さんの仕事案件?」


野口見て言う。




「おう、久しぶりじゃねーの。田舎の綺麗な空気が、お前の毒で一気に汚染された」


「は~?あんたに綺麗な空気とかわかるの?私のまわりは都会でも空気清浄よ」


「環境破壊に来たんじゃねーの」


「まぁまぁ、野口さんは、たぶん牧田さんが思っている通り、です。


今日は、旅館ですか?」


「そう、私が秘書をする担当役員と、運転士と温泉前泊するのよ」


話を聞くと、今日はすでにチェックインして、一人だけ車で群馬事務所に来たらしい。




「・・・今から暇ですか?」


「え?温泉前泊、ゆっくりするわよ」


「お手伝いしてもらえませんか?」




奈津美は、貫田経由で役員と交渉してもらい、牧田を仲間にした。


仲居になってもらう予定だったが、老舗旅館のプライドで拒否されてしまったため、もともと予約してあったコンパニオンとして加わることになった。


コンパニオン会社は美人で巨乳の牧田を見て、承諾を即答した。




コンパニオンの安いチャイナドレスを着た牧田を見て、野口は大爆笑した。


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