第28話



山下奈津美は、食堂で一人の社員を熱っぽく眺めていた。


(本当に、本当にイメージ通り、ありがとう行成さん!)




昨日、社内のBL友達から、奈津美の推しキャラのイメージとそっくりの男がいると聞いた。


奈津美自身は、コスプレやナマモノにはあまり興味がなく、専ら二次専門だったが、そこまで言うなら見てみたい。




そして、食堂から人気がなくなる13時45分頃来てみると、行成の情報通り、推しキャラの生き写しのようなイケメンがいた。




(インテリ神経質な眼鏡男子、色白細身、涼しい顔たまらん、しばらく食堂通い決定!)




本社ビルの上階のひとフロアぶち抜きで作られ、全窓ガラス張りの展望になっている、自慢の食堂だ。


仙台の社長が本社ビルを立て替える時、お金に厭目をつけずに作ったらしい。


また、新メニューが出たら社長が一番に検食する、という都市伝説もある。




コックなど食堂の運営は他の会社に委託されていて、その男は、その委託された食堂の会社の栄養士で、泉と呼ばれているようだ。


この一週間通いつめて、やっと名前だけ分かった。




ぼーっと、眺めていると、知らないおじさんに声を掛けられる。




「君、最近いつも来てるけど、恋かい?」


(げ、めっちゃ見てるの見られてた!)


おじさんは、グレーのスーツ、鼻の下にちょび髭がある紳士風な容姿だった。


おじさんは、コロッケ定食を食べている。




「恋ではなく、好きなアイドルに似ている方がいて、じっと見てしまって。


私、目立っていました?」


「目立ってはないよ。


でも、食堂の人からは目立ってるかもね、ほら」




そうしてるうちに、見るからにコック長らしき高齢のこちらに来た。




「よっ!しんちゃん!」


コック長としんちゃんと呼ばれたおじさんは知り合いらしい。


「お、先週から、うちの泉にお熱のお嬢さん、こんにちは」


奈津美にも挨拶をする。




コック長は、高いコック帽をかぶり、緑色のスカーフを首に巻いている。


眉間にシワがたくさんあり厳つく見えるが、意外と気さくなのかもしれない。


「こちらは、コック長の重村さん」


「こんにちは、総務課の山下です。いつも美味しくいただいております。」


おじさんが紹介するから、思わず自己紹介してしまったが、おじさんの部署も知らない。


「よろしくな!」




「コック長、このお嬢さんは、春じゃなかったみたいだよ」


「なーんだ、そうなのか。


泉、最近元気ないから、お嬢さんに励まして欲しかったんだけどな」


コック長は言う。


「俺、退職まであと1ヶ月だろ、泉とみんなが上手くやれるのか心配だ」




コック長は、今年78歳、体が高齢で辛くなってきたため今月末には退職する。


コック業務は、森井という50代のコックに引き継ぐことができた。


心配なのは、去年入社した栄養士、泉勇太だった。


大学卒業後、実務経験なしで現場入りし、何もできないのに、作るのが面倒なメニューばかり提案してくる。


現場の調理し達は、平均年齢63歳のおばちゃんばかりで、メニューの変化やオペレーションに着いていけない、と言っているらしい。


また、メニューがこれまでのがっつり系ではなく、女子受けやヘルシー指向なものが多く、男性社員の食堂離れを心配している。


泉は若いのに頑固で、あまりコミュニケーションが上手く行っていない。


特に次期コック長の森井と。




「泉は泉で、一生懸命やってんだよな。


女子社員の利用が少ないのを気にしたり、世間のヘルシー志向に答えたい、とな」


コック長は、泉を認めている所もあるらしい。




どうしたもんか・・・とコック長はおじさんに悩みを打ち明ける。




「そうだね・・


ランチ対決してみたらどうでしょう?


コック長を安心させるようなランチの新メニューを考えて、どっちが人気か、なーんて!」


「楽しそうですね!」


「うーん、みんなが良いって言うかな~。」


みんな、つまりは他の調理師の協力は不可欠だ。




次の日、コック長は森井次期コック長をはじめ、全員の了承を得て、3日間だけ特別メニューを作ることを決めた。




再びコック長、おじさん、奈津美の3人で、14時からミーティングをする。


「念のため、本社に食堂管理してる総務に一報入れてくださいね」


おじさんは言う。


奈津美は形式上総務課だが、そんな仕事があるなんて全く知らない。




「山下さん、企画書のサポートと、泉くんの助手をしてくれるかい?」


おじさんから急に振られ、奈津美は驚く。


「え?企画書はいいですけど、助手は・・」


「ほら、好きなアイドルと似てるんだろう、近づくチャンスだよ!」


(このおじさん、もしかして私が恋してるって勘違いして、応援してる)




「それは助かる。あいつ、孤立してて、な。お願いできるかな山下さん」


「…分かりました」


退職間際のコック長に困った顔をされたら、奈津美も断れない。




奈津美は企画段階から森井と泉に関わってほしいため、その日の夜にミーティングすることとした。




夜の食堂、コーヒーをのみながら会話する。




「はじめまして、山下奈津美です」




泉勇太は、24歳、奈津美の2歳下だ。


森井正は、56歳、18歳からこの食堂で働く大ベテランのコックだった。


太い眉と小さな目が印象的な、ちょっと小太りの男だった。




「俺の退職祝いに、スペシャルメニューを作ってもらう。


これからのメニュー作成の主導権は、このスペシャルメニュー3日間の売り上げで決めることにする」




「「!」」


二人は驚いている。


それはそうだろう、泉が勝っても、森井が勝っても居場所がなくなる。




「コック長がそう言うなら」


森井の目はギラギラしている。よっぽど泉が嫌で潰したいらしい。




「望むところですね」


泉が言う。


(ツンツン眼鏡男子最高!)


奈津美は心の中でグーを握った。




ポスター作成は奈津美がすることにして、メニューを1週間前までには決めることにした。




終了後に、談話室で相談する。


奈津美が泉の助手になることについて最初は拒否されたが、コック長の一声により受け入れた。




泉はタブレットを持って来て、奈津美にメニューを見せる。




・ササミの大葉巻き揚げ、梅ソースがけ


・早良とアボガドの黒酢餡掛け、


・イカとモッツァレラのトマトソースパスタ




「素敵!」


確かに女性受けのメニューだ。


奈津美は全部食べたいと思った。




「でも、泉くん、食堂でアボガドとか、パスタってできるの?」


「はい。アボガドは業務用がありますし、パスタは他の会社の食堂では結構やってますよ」


「へー、じゃあ、あとは量とか、味とか、オペレーションだね。


キッチン借りて、明日作ってみよっか」


「食堂経験のない山下さんがオペレーションとか出来ますか?」


「・・・」


(いや、そうだけど。ツンツンしてるけど。眼鏡イケメンのツンツンはご褒美だわ!)


「ニヤニヤしてますけど、大丈夫ですか?」


「ごめん。明日がんばろうね」






次の日の昼、一応上司の貫田課長に食堂業務に関わっていることを報告した。


貫田はコック長にお世話になったらしく、しっかりやるように、とのことだった。




「コック長は、本当に優しくてね。


食堂で落ち込んでいる人をみかけては、声をかけて悩みを聞いてあげるんだ」


「へぇ」


「今の役員含め、みんなお世話になった方だから、退職されるのを知って惜しいよ」


「そんな大物だったなんて知らなかったです」


奈津美は気軽に話しすぎたことを少し後悔した。




「山下、ランチメニュー対決って知ってるか?」


「あれ?進藤くん、今日は監査部でしょ?」


「いや、これ届けに」


進藤竜二は、監査部メインで総務部三課も兼務している。


三課の繁忙期だけ手伝うが、平時は監査部にいる。


しかし、息抜きに地下3階まで遊びに来ることがある。




「ランチ対決の情報、どこから知ったの?」


「ん?さっき会った総務の女の子が教えてくれた」


(女子の口コミ早過ぎ)




今日の夜、検討会をすることを告げると、進藤も参加したいと言う。


「え~。だって、泉くん真剣なんだよ。突然部外者がきても、ねぇ。しかも・・」




奈津美は、正直に面倒なことを表情に出したつもりだったが、進藤は譲らなかった。




社長の息子ということは伏せて、参加することになった。


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