第24話


2階建ての木造アパートに進藤は来ている。




(まあ、家庭教師は生徒を経験したことあるけどな。)




本日は、奈津美と静香が出勤中の18時から20時に数学と英語を教えることになっていた。


進藤は、静香とラウンジで客として挨拶し、元予備校講師という肩書きで売り込んだ。


家庭教師の初日は静香も半分同席したが、何度もラウンジに来ていたこともあり、その後は静香のいない日に進藤一人で家に訪問できた。




家は、整理整頓されていた。


夢香は、勉強が苦手な少しやんちゃよりの女の子だった。




「お兄さんかっこいいね!いくつ?」


「26って、さっきから一問しか進んでねーじゃん」


「彼女いるの?」


「ほら、手を動かして~」


「で?彼女は?」




集中力が全くないため、少し話しに付き合って、仲良くなる方がいいかもしれないと進藤は思う。




「彼女はいないよ」


「じゃ、募集中?」


「いいや」


「じゃ、いい感じの子いるんだ!」


「・・・いい感じじゃ・・ないね」


「へー!好きな人だ!」


「す、好きな人とかそんなんじゃ」


「あーあ、ちょっと動揺してる~」


「ほら、ここまで解いたら、またおしゃべり付き合うから」




進藤は、静香に問題集を解かせる。


その間に部屋を黙視でチェックし、手帳がありそうな場所を見つける。


夢香がトイレに行く間に、少しずつ詮索するが、時間が足らない、と思った。




そしてもう一つ、ミッションがあった。


黒革の手帳のデータが電子データ化されていないか確認したかった。




学習ソフトを無料提供すると申し出、家に一台だけあるパソコンにアプリをダウンロードする。




野口が、元々作っていたパソコンの全データ覗き見アプリに、急ぎで高校受験用の英語学習機能を偽装し、堂々とダウンロードできるようにした。


進藤は、夢香から承諾を得て、野口からレクチャーを受けたようにパソコンにアプリを取り込み起動する。


これで、このパソコンのデータ、及び、もしスマホをパソコンに繋いだら、そのスマホのデータもウイルスで丸わかりだ。




進藤は野口には、闇落ちして欲しくないと思った。




とにかく、電子データは遠隔操作する野口に任せるとして、進藤は夢香と仲良くしつつ、勉強を進める。




1週間に1度、4回目になると、かなり仲良くなってきた。




「夢香ちゃんさ、お母さんが夜に仕事で寂しくないの?」


「うーん、別にいいかな。だって、一緒に暮らすようになったの、去年からだもん」




行成からの報告では、元々は父方の祖母と暮らしていたが、祖母が亡くなり急に母親に引き取られた。


父親は違う女とすでに家庭を持っていて、夢香を引き取るつもりはない。


夢香が言うには、母親とも幼いころに分かれたきりで面識は薄く、今もあまり会話が続かない。


本当は、高校に行かずに働いて家を出たいと思っている。




進藤は、自分も同じくらいの年頃で、母親の死と共に父親に引き取られたため、自分の経験と重なった。


そのことを夢香に告げると、びっくりしていた。




「お兄さんは、よくやってけるね。


わたしは高校行きたくないよ。早く家出たい」


「うーん、今も父とは全然仲良くないよ。継母もいて、そっちとはもっと仲良くないし。


高校は、勉強ついていくの大変で、辛かったしな」


「へー」


「夢香ちゃんは、さ。頭良いと思うから、もったいないよ」


「もったいない?」


「そう。社会に出たら、勉強そのもので評価される訳じゃない。人柄とか、いろんなもので評価される。


夢香ちゃんは、挨拶ができて、きちんと人と話せて、評価されるべき人だと思う。お祖母さんに愛情を持って育てられたんだよね。


ただ、日本って、評価がマイナス加点方式なんだよね。


他の人がみんな持ってて一人だけ持っていないものがあると、どんなに秀でているものがあっても、普通の人にすらしてもらえない。」


「なんか、わかるかも。」


「どんなに個性が大事って言っても、今の日本だと、よっぽど人の役に立つ物凄い才能がない限りは、わずかな才能にかけるより、マイナス評価を減らす方が遥かに楽だよ。


他人を変えることも難しい。


だからこそ、これからの人生で、正当な評価を受けるために高校までは卒業してた方がいい」




夢香は真剣に話を聞いていた。




「わたし、頭良いとか言われたことないから、嬉しい」


「君のお母さんが、公立なら通えるって言ってたよ」


「まだ、間に合うかな?」


「精一杯頑張ってみようぜ!」




それから、進藤の猛特訓が始まった。







「冬美ちゃん、明日誕生日でしょ?お客さんにちゃんと声かけた?」


茶髪の黒服スタッフが声をかけてくる。


「え?誕生日?」


「ホステスの誕生日は、派手に祝うもんだろ」


「はあ(経費で花賈って貰うか)」




奈津美は、偽りだらけの履歴書に、誕生日だけは本当のことを書いたのを思い出した。







「お誕生日おめでとう!」


行成、貫田、進藤が大きな花束を持ってきた。




「ありがとうございます!こんな大きな花、すみません」


花束は、百合を中心に、8000円以上する大きさだった。


花束は経費で落ちると聞いていたので、安心する。




ちなみに、貫田とは久しぶりだ。ホステス姿を見て、「様になってきたんじゃない?」と関心していた。




今日は、行成の提案でいつものドレスよりも少しゴージャスな紫のマーメイドスカート、髪型も多めに巻いている。


慣れた手付きで全員分のハイボールを作る。




「シャンパンって、経費でいけます?」


「一番リーズナブルのならね」


コソコソと行成と奈津美が話している。




静香もテーブルに華を沿えるために来てくれた。


記念写真をみんなで撮る。




進藤から、花束だけでなく、ネックレスのプレゼントを貰う。


安くはない小粒なダイヤの一粒の細いチェーンで、使いやすそうなものだ。


(ここまで経費で落としてくれなくても・・・)




進藤が隣に座り、話しかけてくる。


「今日って、本当に誕生日なのか?」


「間違えて、本当の誕生日書いちゃったんだよね。


こんな場所で誕生日迎えること、もうないと思うから、いい経験だよ」


(いつもは、誕生日はお母さんの電話のあと、一人でデパ地下惣菜とビールだったからね)


「そっか、良かった」


「?」







そして、行成と進藤は打ち合わせし、ゆっくり家捜しすることにした。


進藤が夢香を外に連れ出して、その間に行成がゆっくり家捜しする。




奈津美にも、静香が出勤することを確認している。




進藤は、気分転換にファミレスで勉強を提案すると、夢香は喜んで家の外に出た。


鍵は夢香からこっそり借りて、開けておいた。




行成は、ほどなく引き出しから手帳を見つけた。


茶色の手帳だった。


手帳を一週間拝借し、中身をフェイクに入れ換えることにした。




野口から、パソコンに茶色の手帳の写真データがあったこと、1度だけUSBにデータが抜かれていたことが報告された。


パソコンのデータは、野口が遠隔操作ですでに消去した。


問題はUSBだ。部屋になかった。




すぐに奈津美にも情報共有され、静香のバッグを見たが、そんなものはない。







夢香は、やれば出来る子だった。自分一人では出来なくても、見守りがあれば一人で宿題をこなせる。


進藤の猛特訓についてきて、グングン理解が広がっている。


数学と英語、社会はなんとか合格レベルにいけそうだ。




「進藤先生さ、その後好きな人とはどうなの?」


ファミレスで問題集を解きながら夢香は聞く。




「また手が止まってる」


「ちょっと休憩・・・で?」


「でって?何もないよ。夢香ちゃんこそどうなんだ?誰かいるんじゃないの」


「ふふ、ちょっと見て」




筆箱の中から、消ゴムを取り出す。


「消ゴムに好きな人の名前を書いて使いきると、両思いになれるらしいよ」


「そんな大きい消ゴムじゃだめじゃん」


大きな消ゴムに、小さい字で名前が書いていた。




(それよりも・・・筆箱の中に・・・)




「ちょっと筆箱見せて」


強引に筆箱を奪うと、筆箱の中に白いUSBがあった。


「これ、なんのUSB?」




すると、夢香の雰囲気が変わり、冷ややかになった。




「お兄さんも、そのUSB狙ってたの?」


「え?」


夢香は進藤を睨む。




「お母さんが、そのUSBいろんな人が狙ってるって言ってた。


たまに、変な人が家に入ってくるんだよね。」




(なるほど、すでに狙われていたか。でも、娘が知ってるって)




「お兄さんもだとは思わなかった。騙したんだね」




進藤は居たたまれなくなった。騙した。間違えない。


だが、進藤は、そのUSBに頼り、人を脅したお金で夢香に欲しくないと思っている。




「夢香ちゃんは、何を知っているの?」




「・・・・お母さんは、このUSBで男の人を脅して、お金を貰ってる」


「そう、知ってたんだ。俺は・・・脅すのをやめて欲しいと思っている。


そんなお金で幸せにはなれない。


そんなことしてたら、いつかやり返されるよ」


「・・・わかってる。お母さんもいつか殺られるかもって、怖がっている」


「だったら・・」


「ねえ、進藤先生、取引しない?」




夢香の取引内容は、健全だった。




受験が終わるまで、無料で家庭教師を続けること、お母さんに昼の正社員の仕事を紹介すること、だった。




「どうして正社員?」


「お母さんは、私を高校に入れるためにお仕事頑張ってる。


ハローワークに何回も行ってるの知ってるの。」




静香は、昼の仕事にずっと着きたがっていたが、なかなか就職が決まらなかったため、嫌気がさしていた。


そんなときに、客の一人から手帳を手に入れ、脅すようになったのたっだ。


それなら、昼に良い仕事があればいい。




進藤は貫田と行成に相談した。


鶴安商事の子会社に一人雇用を増やすくらい簡単にできるだろう。




そして、進藤から夢香への条件は、USBの受け渡しと静香への説得、勉強をきちんと続けることだった。




夢香は、最後の条件に少しむず痒く、嬉しくなった。




交渉は成立した。

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