第23話



「冬美さん、だったっけ?」




松山静香は、タバコを吸いながら赤い布張りのL字ソファーに腰かける。




茶髪を縦ロールに巻いていて、キャミソールのテカテカした青いドレス、少しつり目だが、まつげエクステがバッチリ決まって、キツくならない。


目が大きい童顔なため、見た目は20代前半だ。




「あなたみたいな大人しい子が、どうしてクラブに来たの?」


「えっと・・、彼氏の借金を肩代わりしてしまって」


あらかじめ行成と打ち合わせした想定問答を返す。




「うーん、まあ、いいわ。明日から一本立ち、ちょっと心配ね」


「私、不器用だから・・」


「いえ、そういうのじゃなくて、あなた男の人をタラシ込むの好きそうじゃないから」


(松山静香、良く見てる、その通り!)




奈津美は松山から話しかけて来たチャンスを逃すわけにはいかない。




「本当に、心配です。色々作法を教えて頂いていいですか? 」


奈津美は、男には媚が売れなくても、女には余裕で媚が売れる。




松山静香は、非常に面倒見の良い女性だった。


2日目、奈津美は、基本的なホステスの作法を静香から丁寧に教わった。


奈津美がお客との会話が沈黙になったときは、静香がすぐに会話に入り盛り上げ、後でこっそりフォローした。


後で知ったことだが、店の新しい女の子から松山静香はとても慕われていた。




そして、土日にはシフトに入らないことが分かった。




さて。今回の奈津美のミッションは、松山静香のバッグから、黒革の手帳(仮)を手に入れることだ。


実物を見たことがある人がいないため、赤い革かもしれないし、ただのメモ帳かもしれない。


イメージ的に黒革の手帳だが。




とにかく怪しいものをくすねる・・無断で拝借する。


静香は、ロッカーの鍵を常に持ち歩いているようなので、まずは鍵を入手する必要がある。




(さて・・どうするか・・)


と考えていると、




「冬美ちゃん、ご指名入りました~」


「はい?」




黒服スタッフが、布張りソファーにスーツの客2人を案内している。




「げ!」


「よう!」


嬉しそうに進藤が手を上げて言う。


行成は、進藤の護衛をするヤクザのように付き添ってきた。




「げ、はないだろう。ホステス業やったことないだろう山下を助けにきたぞ」


笑顔で言う。


(どうせこんな、煌びやかな世界、似合いませんよ)




「・・・どうせ心の中で笑ってるんでしょ」


「そんなことないよ、山下さん、これなら本業もいけるよ」


「新米っぽさはあるけどな」




「ありがとうございます。知ってる人が来てくれて嬉しいです。ちょっと寂しかったから」


「こんな仕事、いつも悪いね」


行成は申し訳なさそうに謝る。


「ふふ、まだ上手じゃないけど、水割り飲みます?」




奈津美は静香に習った手順通り水割りを作る。




「進藤くん、そんなジロジロ見ないでよ!あ!今動画撮ったでしょ」




奈津美が集中している間に、進藤は奈津美のホステス姿を動画に撮る。




「だって、いいじゃん」


「ちょっと、幸成さん、私業務中なんですから注意してください」




「あら、業務中って、OLさんみたいね」


「「「!」」」


松山静香が席に応援に来ていた。


(あぶな)




「お客様こちら始めてですか??


この子、今日初めてなんだけど、知り合い?」


「はい、前の会社の人で、来てもらうように声をかけていたんです」


「まあ、わざわざ来てくれてありがとうございます。これからもよろしくね」


静香は二人に名刺を渡して、ごゆっくり~と去っていった。




その日は3人、ほろ酔いくらいまで飲んだ。




次の日から、毎日進藤と行成はお店に来た。


情報共有のためだ。




「ロッカーの鍵の型持ってきたよ。」




オーナー室の机の鍵は不用心にもかかっておらず、簡単に鍵を持ち出せた。




指示通りに写真を撮れば、3Dプリンターで再現できるアプリを使い、合鍵を作る。


奈津美は、アプリを作った野口を、絶対に悪の道に落としてはいけないと思った。




静香が出勤しない日に合鍵でロッカーを空け、ロッカーの中には手帳がないことを確認した。




その後、静香が出勤した日に、静香のバッグを見る。


ラウンジに出ている最中に、酔ってハンカチを取りいく振りをして、一人控え室に戻った。


控え室の鍵を閉めたかったが、鍵がないため仕方がなく、足音に注意しながら静香のロッカーを開ける。




ロッカーの中には、茶色のA4サイズの入るトートバックがあり、ゴチャゴチャと荷物が入っていた。


しかし、手帳は見当たらない。


年のため、スマートフォンを見る。


ロックがかかっておらず、簡単に見ることができた。




待受画面は、静香と中学生の女の子の写真だった。


さらに、メールやメッセージアプリを見る。


夢香という人物との通信が一番多く、後はお客さんとだけだった。


遠くから冬美ちゃん、と聞こえ、慌ててラウンジに戻る。




その日も来た行成と進藤と、アフターでご飯を食べながら作戦会議をする。




「バッグのなかに手帳がないっていうことは、家でしょうか」


奈津美はパスタを食べながら報告をした。




「家だと、侵入方法を考えないとだね」


行成が腕組みをして、なにか考えている。




「さすがに、家まで合鍵作るのは、犯罪ですよね。山下にそこまでさせられないでしょ」


進藤は正論を言う。今まで奈津美は、なかなかにグレーなことをしてきた記憶があるが、敢えてスルーする。




「そう言えば、娘さんいます?」


「娘?」


「あれ?前に、会社の誰から逆ハニ仕掛けたんですよね?


その時調べませんでした?」


「そんな報告なかったよ」


「夢香って中学生の女の子です、スマホに写真があって、メッセージアプリも一緒に住んでいるやり取りでした」


「もう一度調べてみるね」


そう言って、行成は、自分の手帳にメモする。


(いつも思うけど、幸成さんって、自分の探偵部隊でも持ってるのかな?)




※※※




潜入して5日目、奈津美は少しラウンジに馴染んできた。


相変わらず他のホステスたちとは仲良くできなかったが、派閥があることは分かった。


派閥の仲間でお客を共有し、売り上げを競っていた。


静香はどこにも所属していないことから、ラッキーにも無所属派の奈津美の面倒を見てくれた。




開店前に少し時間がある。


その日は、静香の同伴がなかったため、少し話すことができた。




「静香さんって、面倒見いいから、昼の仕事やれそう。」


「ありがとう、冬美ちゃんにそう言ってもらえて嬉しい。


今お金が必要なの」


「お金?そんなに派手に遊んでませんよね?」


「そうね。実はね、娘がいるのよ」


「え!見えない!」


(知っているけどね)




「いくつですか?写真は?」


奈津美は食いつく。


「見る?」


スマホの写真を見せてきた。


「え?大きい?中学生ですか?」


知っているが、頑張って初見を装い、会話をそちらに持っていく。




「中学3年生よ」


「え!大きい!」


「お客さんにはとても言えないわね~」


そう言って笑う静香は、お母さんの顔をしていた。


「うち、シングルだから、なんとか公立高校に行かせたくて。公立ならどこでもいいのよ」


「まずは塾代ですね」


「そうそう、塾代もなくてちょっと困ってるのよね」




静香は見た目よりしっかりしていた。




そして、奈津美は一か八か、家に侵入するために申し出る。




「私の友達に元家庭教師がいるので、初回無料で、割安料金でできますよ。お試しでしてみませんか?」




「初回無料??じゃあ、お願いできる?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る