第21話


「奈津美さん、今日は私だけ呼び出してどうかされたか?」




「いえ、少しご相談を」




奈津美は三枝を三課の倉庫に呼び出した。




「三枝さん、進藤くんのお母さんと金塊の部屋に入ったことありますね?」


奈津美は言う。




「それだと、私が知っていたのに教えなかったようではないですか」


「そうですね」




三枝は、絶対知っていた。


ひまわりの塔など、困ったときには常にヒントをくれたのが今ならわかる。


恐らく、金庫の場所も、どうしてもたどり着かなかったらヒントをくれるつもりだったのではないだろうか。




「どうしてそう思ったのですか?」


「これを見て下さい」




布をとって猿の置時計風の置物を見せる。


金塊室にあったものだ。




それを見た瞬間、三枝が涙ぐむ。




「ああ、小夜子さま」




「やっぱり、進藤くんのお母さん、進藤小夜子さんが作った猿なんですね」




その置時計は、オリジナルのひまわりの塔にある置時計と一つだけ違うところがある。




それは、耳だ。




「これは、小夜子さんの耳型ですね」




「・・・はい。小夜子さまがご病気になったとき、この時計を一緒に作りました」




一生に2度しか入れない金塊の部屋。


しかし、小夜子の耳があれば、竜二は3度入ることが出来る。




「もし、竜二さまが誰かに狙われたりしても、耳があれば、竜二さまは会社に大切にしてもらえます。




ですが、竜二さまが会社が嫌になったとき、いつでも逃げられるように、小夜子さまはご自分の耳でダミーの鍵を作られたのです。


社長になっても、本当に困ったときに、開ける機会が3度の方が良い」




それは小夜子の、竜二への母の愛だろう。


命が短い自分が死んでも、少しでも竜二が苦労をしないように、作っておきたかった。




三枝は、猿の耳を触る。


慈しむように。




「たまたま、猿の時計が出来たその日に、部屋に私の本があった。その本に絵を描いて、この金塊室に一緒に置いたのですね。耳があるよ、と」




それは、小学校中学年頃。


まさか、自分の息子が借りてきた本とは思わなかったのだろう。




「小夜子さまは、とてもチャーミングな太陽のようなお方でした」




三枝は語る。


小夜子は、先代社長の実の娘であり、養子に来た現社長と戸籍上の兄弟ながら、愛し合ってしまった。




その結果、竜二が産まれた。


すでに社長になることが決まっていた社長を守るため、認知なしのシングルマザーとして一人で竜二を育てた。




三枝は、小夜子を幼い頃から実の娘のように面倒を見ていた。小夜子が竜二を一人で育てていた時も、唯一連絡を取っていた。


金塊について知っていた三枝は、小夜子に金塊室について話し、いつか竜二が跡取りになる可能性があることを告げた。




小夜子は初代社長の血を継いでいるため、鍵となる耳を持っている。


二人で暗号を解き、金塊を見つけた。


そして、竜二のために三枝が小夜子の耳の型を取り、置時計を作った。




「でも、どうして金塊室の外に時計を出していたのですか?」


「竜二さまが跡取りになるのが一番だから、一度は入ってほしくて。


竜二さまと入るのは、小夜子さまとの約束でした。」


(だから、こんなにヒントを出してくれてたのか)




「この時計の時間、竜二さまが産まれた時間です」


三枝は、涙を流す。


小夜子との忘れられない思い出なのだろう。




「奈津美さん、どうします?


この小夜子さまの耳の像、ぼっちゃまに言いますか?」




「・・いいえ」


奈津美は首を振る。




「進藤くん、正直すぎて、すぐに現社長に言うでしょう。


これがあると、進藤くんがいなくてもこの部屋が開いてしまいます。


現社長との関係がこの先どうなるかわかりません。


切り札として、隠し持っておきましょう」




「奈津美さんが?」


「それなんですよ。


進藤くんは知らない方がいい。


けど、私だっていつ退職するかわからないから、他に誰に伝えればいいのか、ご相談なんです」




奈津美は本気で困っていた。


正直、三枝は秘密の継承者には高齢すぎる。




が。


「ふぉっふぉっふぉ」




三枝は、突然大笑いする。


「いやいや、実に凄いお人じゃ。奈津美さん」




(え~)




「ここまで分かっているなら、もう奈津美さんでいいな」


「は?」


「奈津美さんが知っていて、退職するときに三課の課長に知らせてくれたらいい」




三枝が言うには、総務第三課は、将来の社長サポート役が必ず着くポストらしい。


つまり、今なら貫田が将来の三枝のポジションだそうだ。




「奈津美さん、ぼっちゃまをこれからもよろしく頼みます。


これで、じいは、やっと「じい」が卒業できます。


小夜子さま、ミッション完了ですぞ!」


天に向かって手を振る三枝。




「三枝さん、ちょっとそれ、ポックリ逝くフラグっぽいから止めてください」




※※




「「乾杯」」




奈津美と進藤は、ミッションの完遂祝いに居酒屋に来ていた。




以前は奈津美が泣いて帰ってしまったため、二人とも少し緊張したが、それでも乗り越えたいと思った。




今回の流れについて、一通り話す。


進藤が直接口頭でも報告すると、社長から感謝された。


そして、結構ノリノリで探偵業をしていたことを思い出し、二人で思い出して笑った。




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