第15話
朝、新宿駅に集合し、レンタカーに乗り込む。
進藤は水色のチェックのシャツとデニム、奈津美もピンクのカーデガンとベージュのチノパンという動きやすい格好だ。
「三枝さん、お世話になります」
「こちらこそ、奈津美さんと一緒なんて、嬉しいですぞ」
笑顔でピースをする。相変わらず好き放題やっていそうだった。
レンタカーでは、進藤が運転、助手席に三枝、後部座席に奈津美が座る。
進藤は運転が好きらしく、三枝は久しぶりの遠出で、二人とも目に見えてウキウキしている。
「じい、おれ淺井屋のパン食べたいな」
「まかせて下され、明日のモーニングを予約しておりますぞ」
「おー!さすがじい!」
「お坊っちゃまと軽井沢なんて、何年ぶりか、じいは、また来れて本当に嬉しい。
しかもお嬢さんと一緒だなんて、感涙です。
夢で何度見たか。」
助手席から後部座席に振り向き、缶コーヒーをくれる。
「あ、ありがとうございます。」
涙ぐんでいる三枝に若干引く奈津美だった。
(・・・お嬢さんって、彼女じゃないし。
業務って知ってるじゃん。)
関越のサービスエリアで軽く昼御飯を食べると、軽井沢まではすぐだった。
別荘に行く前に、スーパーに寄り食料を調達する。
奈津美は軽井沢が初めてで、何もかもが珍しかった。
まず、ジャムの種類が多いこと、地元食材が豊富なことに驚く。
楽しくなって、ついつい自分のジャムを買いすぎてしまった。後で、こんなに食べれるのか、少し心配になる。
三枝が言うには、軽井沢初心者のOLが必ず通る道らしい。
そして、進藤家の別荘に行く。
別荘は、意外と郊外にあり、うっそうとした森の中に佇んでいた。
パッと見、そんなに大きくないし、見た目も地味だった。
軽井沢には、別荘を作る際、自然と景観を守るために厳格な建築ルールが存在する。
土地の広さに対して、家の敷地面積の割合が大きくなりすぎないように規制されている。
つまり、パッと見家がこじんまり見えるのだ。
また、土地の中ならどこでも建てることはできず、一定以上道から離れた場所にする必要がある。この他、細かいルールがたくさんある。
もちろん、一般庶民には、一生縁のないルール。
家も、パッと見こじんまり見えるだけで、実際は自分のマンションの部屋の何倍も広い。
管理会社の人が手入れをしているお陰で、入っても全くほこりやかび臭さはなく、快適だった。
「こっちは山下の部屋な」
ゲストルームに通され、少しだけ荷物を整理したあと、リビングで紅茶とクッキーで一服する。
その後、早速手分けをして部屋を調査を開始した。
家具の引き出しの中、絵の裏、本に何か挟まっていないか、庭の木等、目を凝らして色々見ると、全部怪しく感じてしまう。
その中でも、春夏秋冬に関わりそうなのは、「桃の間」と描かれた和室だった。
他の部屋には名前がないのに、ここだけ名前がついている。
部屋の中は、掛け軸や襖にから「桃太郎」がコンセプトとなっていることがはっきりわかった。
襖は4枚あり、ストーリーに沿って4枚の絵が全部違う。
1 桃が川から流れてきて、ぱっかり割れ生まれる
2 おじいさんとおばあさんが桃太郎に吉備団子を渡す
3 桃太郎と犬ときじが出会う
4 桃太郎が船で鬼ヶ島に向かう
さらに、掛け軸には、桃太郎が鬼退治する場面が描いてあり、部屋全体で、ひとつのストーリーになっている。
「・・・何か足りなくない?」
「おれも、少し引っ掛かってる」
念のため、桃太郎のストーリーをスマートフォンで見てみる。
記憶に自信がない。
「・・・猿だな」
「猿が足りないね」
この部屋には、猿がどこにもいない。
たまたまかもしれないが、逆に怪しい。
もう一度、桃の間の調度品から猿を見つけたが、どこにもいなかった。
別荘の中に、他に猿がいないか、もう一度全部くまなく見たが、猿の置物等はなく、再び行き詰まってしまった。
すでに19時を過ぎ外は暗いため、今日はもう終わりにし、夕食に外に出た。
夕食は、三枝が予約したジビエのフレンチ料理だった。
三枝は、二人と一緒の席で食べることを遠慮した。しかし、奈津美の希望により一緒に食事をした。
そこでの話題は、進藤の家族についてだった。
「進藤くんて、兄弟いるの?」
「ああ、兄が一人いるよ」
「お兄さんが跡取りってこと?」
「うーん、最初はそうだったみたいだけど、途中から俺になったんだ」
「小学校の時は、一緒に暮らしてないよね」
「ああ、子供の時は、本当のお母さんと二人で暮らしていたからな」
中学1年までは、一緒の学校だった。
進藤が母子家庭だったことは知っている。
「お母さんが死んで、急に会ったこともない父親に引き取られたんだ。」
それが今の社長。
「だけど、中学2年と3年の二年だけだぞ、一緒に本邸で暮らしたのは。高校から海外の寮だから。
あんまり家が好きじゃなかった」
継母の器量にもよるが、父親もあまり知らないと、さぞ居心地の悪い家だっただろう。
「そのときは、もう兄は跡取りから外されて、俺が海外留学することが決まっていたからな。
家の中がぎくしゃくしていて。
あの二年間で、急いで社長業と英語を詰め込まれて、家族団欒どころじゃなかったな」
一流の会社の跡取り帝王学は、それなりに早い時期から始めるらしい。
だが、奈津美は進藤の生い立ちに、頭がごっちゃになっている。
小学校の時から進藤、という名前だった。進藤の母親と社長は、結婚はしていたはず。
だけど、兄がいるということは、今の義母はいつ兄を生んだ?妾だったのか?
いや、跡取り教育は、最初は兄が正式に受けていたはずだから、おかしい。
もっと突っ込みたかったが、進藤にとっては、辛い記憶のはずだから、進藤が口を開かない限りはやめておこう。
「ごめんね、ずけずけ聞いてしまって」
「ま、みんな気になるんだろうな」
苦笑いしている。
今まで、生い立ちについては、何度も聞かれては説明していたのだろう。
「そんなことより、山下、謎解き好きだろ?」
「え?うん、あ!進藤くんもミステリー昔好きだったよね」
奈津美は、小学校の時、図書室のミステリーの本を進藤と競うように借りていたのを思い出した。
今はどうか分からないが、昔は本に小さな貸し出しカードが付属されていて、小さい字でクラスと名前、貸出日を記入していた。その本を誰がかりたのか、貸し出し履歴が一目瞭然だった。
つまり、借りたい本が他の人に借りられてしまっていた時、次に借りたら誰が借りていたが分かるのだ。
そのとき、借りる本が良くかぶってしまっていたのが、
進藤と奈津美だったので、お互い認識していた。
「実は、この調査の話が出たとき、山下の顔が浮かんだんだよ。こういうの好きじゃないかって」
「えー!私は自分で解くより、安全に解けるのを見てたいよ」
「忍者の探偵の話好きだったじゃん。
だから、山下を推薦したんだよ」
「いやいや、自分のおうちの大切な財産なんだから、そんな遊び感覚じゃだめでしょ」
(そんな理由で指名したのか!社内にもっといただろ!)
夕食は、雰囲気が良くめちゃめちゃ美味しかった。
奈津美は、(せっかくだから好きな人と来たかったな、いないけど)と思った。
進藤家御用達の高級店だが、代金はいらないと言われ奈津美は困ってしまった。
次の日の朝、人気のパン屋でモーニングを食べた後、もう一度部屋を調査する。
もう見尽くしたつもりだが、見落としては困る。
3人で、とにかく猿をさがしまくった。
そして、玄関に良く検分していない写真を見つける。
初代の家族写真だった。
良く見ると、なにか違和感がある。
なんだろう・・?
奈津美は、違和感の正体が分からないが、写真の中に、猿の置物の時計があるのに気づいた。
「進藤くん、三枝さん、猿がありました!」
「マジか!」
「でかしましたぞ!奈津美さん」
写真をスマートフォンの写真で撮った。
もしかして、この家ではここまでなのかもしれない。
一度、東京に帰ることにして、軽井沢を後にした。
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