第14話


「え?社長命令、ですか?」


奈津美は、朝8時20分に出社し、すぐに貫田から盗聴器のチェックを指示された。


そして、一通り部屋の中が安全と分かった上で、貫田が奈津美に「山下さんに社長命令」と言った。




しかし、大企業では、社長や役員は雲の上の存在。一社員に直接命令が下ることはないため、奈津美は貫田の冗談だと思った。




「社長絡みの業務ってことですね」




一般社員にさせるには都合が悪い、汚れた仕事をする総務部第三課、通称裏総務部秘密処理課。


今度は、社長絡みの汚れた仕事、ということだろう。




「まあ、秘密ではあるんだけどね。


本当に社長命令みたいなもんだから。


あ、来た来た」




三課の部屋の中に、進藤竜二が入ってきた。




「おはようございます。貫田課長、山下」




スーツをビシッと着こなす進藤は、地下三階の暗く湿った空気を一人オーラを放つ。


光属性が苦手な奈津美はげんなりする。


(こんなの、地上の煌びやかな部署にいた方が適材適所でしょ)




しかし、進藤はこの地下三階まで、喜んで来る。




「さっそく社長命令の話をしてたんだよ。座って」


長くなりそうなので、3人分のお茶を入れてから話すことにした。




2日前、進藤は実家の本邸に呼び出された。


進藤は、社長の子息だが、今は父親と一緒には住んでおらず、マンションに一人暮らしをしている。


三ヶ月に一回程度、本邸に呼ばれて父と血の繋がらない義母と食事をする。




2日前に食事をした後、父親に部屋に呼ばれ、二人きりで話した。




話は、進藤家の隠し財産についてだった。




進藤家は、旧財閥系貴族の歴史を持つ一族で、戦前は大きな財を築いた。




戦後直後はGHQの財閥解体により財産が減ってしまったが、事業を手堅く継続することにより、今の大手優良企業の地位を確固たるものにした。




戦前の進藤家の家長は、国から家の財産を取られることを恐れ、持っている土地のどこかに膨大な財産を隠した。幸い、旧日本帝国軍に見つかることなく現在に至り、いまだに同じ場所にひっそりある。




先代の社長である進藤の祖父は、今の社長、つまり父に伝えることなく病により亡くなってしまった。




唯一、財宝について「竜二に見つけさせるように」という伝言と、メッセージカードだけを遺して。




現社長も、一応メッセージの謎を解こうとしたが、さっぱりだった。


そこで、遺言通り、竜二に見つけるように言いつけた。




「・・・そんなの探偵にお金を払って見つけてもらえばいいのでは?」


おぼっちゃんなんだし。


奈津美は最後の言葉を飲み込んだ。




「会社の資産が盗まれる可能性があるよね。二度とその隠し場所が使えなくなってしまうからね。」


貫田が言う。




「社内で少数なら信頼出来る社員を使って良いと社長が言ってくれたんだ」


進藤は社内では父親を社長と呼ぶ。




確かにその案件なら、社長命令だし、秘密を扱うここの部署が最適だろう。




「なぜ社長は、今、進藤君に以来したのかな?」


「今回はじいがサポートしてくれるんだけど、じいの年齢かなと俺は思ってる。


じいは、進藤家に詳しいからな」




じい、進藤の身の回りの世話をする三枝辰夫は、まだまだ元気だが70代半ばだ。


年齢的に、体調を崩してもおかしくない。




「僕と行成君が、社内の通常業務やサポートをするから、まずは1週間しっかり調査してほしいんだ」




奈津美と進藤がメインで調査するのは社内の確定路線らしい。




「・・・・わかりました」




※※




進藤家に伝わるメッセージは、厚い和紙に達筆な筆で描かれていた。




「はじまりの場所の足元


 春にはじまり、


 夏に鍵あり


 秋をなぞって


 冬を開け」




「全然わからない」


進藤はいきなり顔を横に振る。




「いやいや、進藤君の家のことだからね。まずは、進藤家の家訓かなにかで、春夏秋冬になぞらえるものはないのかな?」




「家訓にはないな。春夏秋冬。


春、だから桜かな?」


「実家に桜とか咲いてないの?」


「うーん、俺、本邸も別荘もあんまり行ったことないからな~庭なんて知らないし」


頭をガシガシかく。




「まずは、進藤家所有の土地で、戦前の隠した時期に保持していた土地を確認してみる?」




「ああ、それなら昨日じいに聞いたんだけどな、戦後の資金繰りでほとんど手放したみたいで、なんと本邸と別荘と会社だけみたいなんだよな。


まあ結構な広さがあるから、手当たり次第は無理だけどな」




「それなら、順番にくまなく探すしかないね」




その場で三枝に電話し、別荘と本邸の実地調査をしたい旨を伝える。




本邸は、義母がいない時間が都合が良いため、来週となった。


逆に別荘は、管理会社がいつでも対応出来、明日でも可能とのことだった。




急遽明日から1泊2日で調査に行くことになった。




奈津美は、進藤との1泊2日に抵抗もあるが、じいも一緒なこと、軽井沢の別荘は、平民の奈津美には一生縁がないことから、せっかくの機会なため承諾した。




三枝はハイヤーと料理人を手配すると言ったが、1泊なので、レンタカーでドライブと、どこかで外食をすることにした。


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