第12話
柚木のアプリの使用状況の確認は、牧田だけに権限を持たせることにした。
一応プライバシーに配慮し、奈津美や野口が見れないようにするためだ。
野口からすると、同じ職場の牧田が知っている方が地獄だが、仕方がない。
そして、使用開始後、2週間のうちに二人とマッチングしていた。
一人は営業部、もう一人は財務部で、どちらも総合職で、柚木を満足させるには上場だ。
念のため、牧田のスパイではないかを奈津美は訪ねたが、そこは何も手を加えていない。
が、柚木とマッチングした二人は、恋愛勝者側の人間だった。
なんと、柚木以外の人も同時に引っ掻けていた.
そして、お嬢様がおっとりしている間に、他の人と結び付いてしまった。
牧田がやり取りを確認したところ、お嬢様は自分からはなかなか連絡しないらしい。
「野口、架空の人物を作りなさい」
牧田が野口にとんでもないことを言う。そして、すでに呼び捨てになっている。
「相変わらずえげつねーよ、鬼だな、性格悪すぎ」
ブツブツいいながら、野口がパソコンを開いて作業を始める。
野口は、2~3人の写真をミックスして、総務部に一人架空の人物を作った。
牧田がプロフィールを書き込み、柚木にアプローチする。
次の日に返事が来て、架空の人物とメールでのやり取りが始まった。
牧田だとどうしても文章がわかり、奈津美と野口は戦力外なため、進藤に協力依頼をし返信してもらった。
進藤は心底嫌そうにしていたが、業務命令として2週間真面目に返した。
オフィスエリアの休憩所で、進藤は奈津美と話す。
「柚木さん、前食事したとき普通のいい人だったし、罪悪感すげーんだけど」
「ごめんね、牧田さんの酷い案、止められなかったよ」
「いや、まあ、な」
苦笑いをする。
1m以上は近づかないようにする。
「でも、柚木さんは、本当に結婚したいんかな?」
「?」
「だって、会社で悪口を言われたことが問題だろ。寂しいだけじゃないのか?」
「だから寂しさを埋めるために、誰かがいればいいんじゃない」
「まあ、そうだろうけど、寂しいの種類が違う気がするんだよ」
「種類?」
「なんていうか、仲がいい人がいないとかじゃなくて、」
「うん」
「誰からも必要とされていない寂しさ、みたいな」
「はあ、メールで相談された?」
「絶対誰にも言うなよ」
(・・・絶対誰にも言えるわけ無いわ)
「メールしてたら、そんな気がしてな」
メールを見せてきたため、罪悪感を持ちながらも、もちろん見る。
すると、思っていたのと違うやり取りがされていた。
要するに、仕事がうまく行かない、どうしたらいいか?という悩み相談だったのだ。
進藤が思ったよりも真摯に対応していたため、予定外に心を開いたようだ。
これは・・・
「無理に恋愛に持っていかなくてもいいよ。その代わり、進藤くんなりに励ましてみて」
そして、数日後、再び進藤にメールを見せてもらう。
恐ろしいことに、進藤のメール返信スキルが上がっていた。
柚木:今の部署だと、私が活かされなくてどうしたらいいでしょうか?
成瀬(架空):もっとご自分が活かせるはずだ、と。
もっと楽しく働けるイメージがあるんですね。
柚木:はい。ピリピリした今の部署では、なにも話せないし、みんな仕事が早すぎて。
自分もついていけると思ったのですが、全然ダメでした。
成瀬:でも、もっと会社のためにご自分を活かしたい、と思っていらっしゃって、真面目で素敵ですね。
柚木:ありがとうございます。私、どうしたらいいのか・・。
成瀬:辛いんですね。
柚木:はい、ですが、成瀬さんとメールしていると、もっと他の部署ならやっていける気がしてきました。
成瀬:部署は今のところでなくてもいいのですね
柚木:はい、今の部署に拘っていたのが、よくなかったのかも。私、人の役に立ちたいんですね。
「・・・・え?」
「なんか、他部署に異動してもよさそうだぞ」
「・・・なんで?」
(恐るべし、進藤カウンセリング、こいつなんなの)
進藤が素直に相談に乗っただけで、予想外に柚木が動いた。
「悪いけど、あとひと推ししてもらえる?
決心がついたくらいで人事に打診してもらうから教えてね」
「おう!」
良いことをした顔をする進藤。
(いや、良いことしてるんだけど)
柚木は次の異動で秘書課を出れるように、すぐに自分から異動願いを出した。
図らずも思い通りに行き、牧田は喜んだ。
ひとつ、大きな問題を残して。
「会いたいって言ってるんだけど、どうしたらいい?」
「「・・・・」」
架空の人物を作った時点で、いつか会いたいと言われないか警戒していた。
「進藤くんは、顔見知ってるもんね」
「まあな」
誰にも顔を知られていない協力してくれる独身男性・・
「野口さん、お願いできる?」
「山下さん、君はおれと同じだと思っていたのに、そんな酷いこというのか?」
一緒は嫌だな、と奈津美は思う。
「でも、他にいないんです、一回会って『仕事が忙しくて恋愛はむり』とかいえばいいから」
奈津美はお願い、のポーズをとる。
「大丈夫、野口なら、会っただけで勝手にふられるから」
牧田が全く敬意を払わないお願いをする。
「ブリブリキュアンヌの夢ちゃんフィギュアでどうでしょうか?」
少女向けアニメオタクなことを思い出して、奈津美は交渉をしてみる。
確か、夢ちゃんの貧乳が好き、と前に言っていた。
「!」
野口がちょっと揺れている。
「なんなら、過去の初回限定特典があれば、ネットでゲットしますよ」
「はあ、山下さんもえげつないね。そこの性格ブスがちょっとうつったんじゃない?」
牧田をみる。
「あら、受けてくれるってことよね?」
「別に、どうせ振られるだけだし、いいぜ」
そして、野口は柚木と金曜のアフターファイブで会い、お洒落なイタリアンでこっぴどく振られた。
それはそうだろう。
柚木は、まだ見ぬ王子さまにそうとう期待したはずだ。
現実は、女心どころか、まともに話しも出来ない見た目がモテない男だった。
しかし、あんだけ励ましてあげたのに、こっぴどく振るのは、ちょっと可愛そうだな、と奈津美は思った。野口は、踏んだり蹴ったりだった。
そして、今回はそう役に立たなかったマッチングアプリが残った。
意外と活用されて、若手社員が楽しんでいる。
社内の恋愛弱者を少しは救っている。
牧田が総務三課までお礼に来た。
手土産が高級マカロンの箱なのが秘書っぽい。
そして、夢ちゃんフィギュアと初回特典のクリアファイルまで手に入れている。
この件の本来の担当で、仕事を丸投げした人事課を脅し、ポケットマネーで出させたらしい。
その場でフィギュアを開けて、検品する野口は、確かに気持ち悪かった。
「それにしても、今回野口さんが簡単に受けるとは思いませんでした。野口さんも出会いを求めてるんですか?」
奈津美は聞く。まあ、最後は冗談だが。
野口も奈津美も、自分は恋愛市場の外にいると信じ、遠巻きに見ている。
奈津美は、チャンスがあれば、恋愛市場に入る可能性がゼロでないと思っているが、野口は完全にゼロと思っている。
そして、野口は仕事を選ぶ男なので、恋愛推奨アプリなんて作ってくれると思っていなかった。
だから、説得に時間がかかると覚悟したが、意外とあっさり引き受けた。
「別に。そこのブスが、あんまり必死だったからな」
ブス、牧田のことだ。
「その柚木って女の心を壊さないように、なんとかしたかったんだろ。
掲示板に悪口を書き込んだ奴の予想ぐらい、ブスはついる。だが、社外の奴で自分の手ではどうにもならなかった。だから、社内でなんとかしたかったんだろう」
奈津美は、あ!と思う。そうか、今の秘書課にはいない、と言ったが、過去の秘書課とは言っていない。奈津美は最近退職した秘書課の社員を一人思い出した。
「・・・別に、どうにもならなかったわけじゃないわよ。一応、そいつには止めるように言ったけど、聞かなかったのよ。無理矢理止めることはできたわ」
フンと牧田は向こうを向く。図星らしい。
「じゃあな、お礼ありがとよ、社内でもう会うことはないだろうな。お達者で」
そう言って、野口はフィギュアを抱えて去っていく。
確かに、社内でも指折りの華やかな部署である秘書課の牧田が、まず野口とは会うことはない。
※※
「あれ?最近牧田くん、禁煙してる?」
秘書課の喫煙仲間の50代男性が声をかける。
「ええ、殿方たちの受けを狙って」
おー、美人が言うと説得力があるねー、とセクハラギリギリのことを言って、去っていく。
牧田は、少しさみしそうに笑った。
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