第11話
野口裕太は、総務第三課に来るなり嫌な顔をした。
「野口さん、嫌な顔しないでください」
地下三階、総務第三課のソファには、貫田課長と牧田が座り、奈津美が出迎える。
「で?」
野口は椅子に座ると同時に、牧田の存在を無視して貫田に話しかける。
野口は35歳だが、身長が160cm、色白のガリガリの眼鏡、髪もペタッとしたショートカットで、若く見える。
「ごめんね、野口くん忙しいのに」
「別に・・俺が呼ばれたと言うことは、ここじゃ対応できないシステムの話っすよね」
年上の貫田に対しては、ぎりぎりバイト敬語を使っている。
「こちらは秘書課の牧田さんです。」
奈津美は牧田の紹介をする。
「へー、こんなとこ来るなんて、なにかやらかしたの?」
じろじろと不躾に牧田を見る。
牧田だけでなく、こんなとこに常にいる貫田と奈津美の全方位に失礼だ。
牧田はにっこり微笑み、
「牧田です。お世話になります」
流して挨拶をする。
「牧田さん、野口さんは歯に着せる衣をお母さんのお腹に置いてきました。
本音を意地悪く言うだけで、悪意はないので、ムカついたら流してくださいね」
奈津美がフォローをいれる。
奈津美もはじめは驚いた。こんなに社会性のない男が会社に存在することに。
野口の経歴を聞き、さらに驚く。
アメリカの大学を飛び級で卒業後、世界最大手のIT企業に18歳で就職。
帰国後は、国の機関とフリーランス契約を結び世界のハッカー対策を行っている。
が、野口の両親は実に普通の日本人だった。
どこでもいいから、正社員になってほしい、という両親の願いにより、
国は、海外にいかないことを条件に、正社員の席を設けてかこいこんだ。
それが、奈津美のいる鶴亀商事だった。
いくら天才でも、コミュニケーションが絶望的だったため、表だった仕事ができず、隠密のような仕事をしている。
同じく隠密の仕事をする奈津美は、何度か関わったことがある。
委託会社が作った社内システムをすべて把握し、横領や不正、パワハラなどを監視するAIを連動させる独自のシステムを一人で作ったのは、本当に驚きだった。
「野口さん、アプリを作ってほしいです」
「何の?」
「お見合いのマッチングアプリです」
「・・・ここの部署が絡むってことは、社員に清らかな心で恋愛推奨する訳じゃないだろ?山下」
野口は奈津美のことはそれなりに認めて山下と呼んでいる。
「野口さんに依頼する時点で、清らかな恋愛マッチングアプリじゃないですよね」
奈津美の答えに、くくっと野口は笑う。
「で?」
野口は牧田を見る。
「そこの牧田さんは、俺にどうして欲しいわけ?」
「私の後輩と合いそうな人を、マッチングさせたいんです」
「おいおい、それなら合コンでいいだろ」
「彼女はお嬢様で、合コンは空回りしてダメでした。」
「なるほど、合コンでアピールできないお嬢様のために、自作のアプリなら、偶然を装って出逢いを作れる、と。それだけじゃないんだろう」
「いえ、私はただ、彼女が夢中になれば。そのために、少しだけ裏でコントロールできないかな、と」
「なるほど、お嬢様に穏便に会社を辞めさせたいわけね」
野口は歯に衣を着せない。
「あんた、見た目はキレイにしてるけど、性格はブスって言われない?」
(ひー!)
貫田と奈津美がバッと牧田を見ると、にっこり笑っている。
にっこり笑って、青筋が立っている。
「だって、自分の手は汚さずに、お嬢様を引きずり下ろしたいんだからな。
それも、プライバシーをガン無視して、だ。
あと、牧田さん、さっきまでたばこ吸ってたでしょ?
俺喘息なんだよね。ここに来るなら、時間開けてくれない?
口から出るガスがきっついよ」
「性格は、自分でも自覚してますわ。あなたほど、不細工ではないけど。
たばこはごめんなさいね。ストレスが多い日々なので」
(あなたがストレスです)ほほほ、と笑っているが、青筋が増えている。
奈津美は、牧田がプッチンしないか気が気ではない。
やっぱりこんな爆弾みたいな男会わせるんじゃなかった、と後悔した。
「じゃあ、明日同じ時間でよろしくな。」
そう言って、野口は去っていく。
「牧田さん、野口さんが同じ時間に打合せしたいって」
「え?私まだいる?」
※
そして翌日、野口はアプリの原型を95%仕上げて来ていた。
これには、早すぎて全員驚く。
なんでも、今あるマッチングアプリを入手して解析し、社内で使えるようにエッセンスだけコピーしたようだ。
さっそく野口と牧田が打合せを始める。
「他に何をしたい?」
「そうね、元カレ元カノ情報は入れられないかしら?」
「まあ、難しくはないが、会わないようにするのか?」
「別に元カレ元カノ本人が出ないようにする必要はないわ。絶対に選ばないもの。
ただ、タイプよ。
本当に次に進みたい時は違うタイプを選んで、ただ遊びたいときは同じタイプを選べるようにするの。
★すぐに仲良くなれる ★真剣なお付き合いに推奨、とかメッセージが出ればいいじゃない?」
あいかわらず、牧田は恐ろしいことを言う。
恋愛経験のない奈津美には、とても思い付かない案である。
もちろん、野口も、彼女いない歴=年齢なため、何も口出しできない。
ライオンの前に震えるウサギ2匹の状態だ。
「あと、どうせ全員成人なんだから、好きなプレイやお泊まりデートの場所もいれた方がいいわよね」
「えっと、具体的には」
恐る恐るうかがう奈津美。
「高級ホテルとか、温泉の客室露天とかあると、ちょっと女子が期待するでしょ。」
奈津美は、BLの推しカップリングで想像し、なかなかいいな、と思った。
一方野口は女子トークに耐性がないため、顔を赤くして口をつぐんでいる。
(・・・・牧田さん、昨日のことを根に持っていて仕返ししてんじゃ・・?)
「そ、そ、そんなものあったら引くだろ」
「童貞の野口さんには、わからないだろうけど、相性は大事なのよ」
(やっぱり仕返しだ・・こえぇ)
野口が恨めしそうに牧田を見るが当然口答えはできない。牧田はいい笑顔だ。
「えっと、じゃあ、牧田さんその辺の項目お任せしてもいいですか?」
処女の奈津美は自分が言われている気になって、一刻も早くこの話題を変えるために牧田に話をふる。牧田が、ええ、と頷く。
マッチングアプリの登録者を増やすために、鶴亀商事と、その関連グループ会社にする。
既婚者の貫田は、マッチングアプリについて語り始めた。
登録者が多ければ多い程、マッチングの確率が上がるわけではない。
東京の大都会や、SNSで世界の人と繋がれるのに未婚率は上がっている。
逆に、昔の小さな村では、周辺の集落でマッチングし、ほぼ100%の婚姻率だった。
選択肢の数は、多すぎるほうが難しくなる。
野口のような変人だと、相手も変人だろうから、選択肢が必要だが。
もちろん、昔の結婚が幸せだったとは限らず、我慢を強いたものだったかもしれない。
結婚生活の質の担保を考えると、どちらがいいかはわからない。
ただ、そこまで考えないで、結婚の入り口までが遠い人が増えた。
結婚は、いつのまにか個人責任の恋愛市場になっている。
恋愛の難易度は思ったよりも高く、「普通に」社会生活を送れる程度のコミュニケーション力がある人でも、恋愛市場ではうまく行かないことが多く壁がある。
そして、一部の最上位の人だけが勝者になっている。
結婚はただのマッチングだが、恋愛は結婚とは別格の能力が必要で、今の教育では能力が身に付かない。
恋愛を起承転結に例えるなら、起だけが特異的な能力が必要で、承転結の難易度は高くない。
つまり、彼氏と彼女になってしまえば、年齢=付き合ったことない歴の多くの人もそれなりに楽しめるが、そうなる前のスタートアップが異様に難しい世の中になっている。
故に、貫田は起の部分のサポートを強化するのは賛成だ。
そして、多くの日本人は、≪自分のためには無理だが、人のためなら頑張れる≫ところがある。
つまり、だれかを介することで、圧が加わり、多少タイプでなくても頑張って継続できるし、安心感もある。
また、恋愛市場の難しさは、恋愛市場での自分の価値を正しく認識できない点もある。
一部の勝者は、そこがとても上手く、安易に勝負できるリングにしか上がらない。
お見合いは、市場価値が同じくらいと周りが見なしたもの同士が引き合わされるため、その安心感がある。
貫田は、その「誰かが介する形にする」ということと、「恋愛市場での価値を合わせる」ことをAIでできないか、野口に打診した。
貫田の熱い思いに、ちょっとびっくりした他3人だった。
※
そして、2週間後、アプリは完成した。
その間、仕事の出来る牧田は、動労組合を通して経営陣に社員のマッチングアプリの利用とサーバーの利用を承認させ、グループ会社も入れるようにした。
個人情報を扱うため、サーバーを自社内にして、アプリの管理は外部に委託した。
役員に根回ししまくり、厚生部の予算をぶんどっていた。
奈津美は、周知のために進藤竜二のキラキラした友人達にモニターになるよう依頼した。
進藤が三課に来て、マッチングアプリを試用する。
野口がエラーチェックをしていると、
素直に感動し、「野口さんってすごいな!」と手放しで誉めた。
「これで日本救えるんじゃね?」「10億円稼げるよ」と肩を組んで誉めた。
野口は誉められるのになれていないため、固まってしまった。
そして、牧田が秘書課の女子全員に、アプリの試用を依頼し、柚木を登録させることが出来た。
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