第10話
「国会議員のお孫さんですか?」
「うん、山下さんも見て」
貫田が奈津美にパソコンの画面を見せてくる。
インターネットの掲示板には、社内の詳細な情報、主に悪口が書かれている。
どう考えても社員同士だが、匿名だ。
「これ、どこの部署の人までかは予想できますが、誰かを判明するのは難しそうですね」
身元がばれないように言葉を選んでいるのがわかる。
「あぁ、これこれ。」
一ヶ月くらい前の書き込みを貫田が指差す。
〖柚の目ぎつね、マジうざい死ね〗
「それ、秘書課の柚木さんのことだよね」
国会議員、柚木代議士の孫娘が秘書課にいることは社内では有名だった。
「柚木さんって、目がつってるんですか?」
「そうなんだよ。きつめな日本美人だね」
「それで、柚木さんがいじめられたって大騒ぎして、お祖父様が会社に文句言ってきたんだ」
「公式ルートの相談なら、人事部が動きますよね」
「そうなんだけど、ね。秘書課だから」
「?」
「人事部が関わりたくないって。国会議員とは仲良くっていう役員からのおタッシがあった」
「?」
「柚木さんをなんとかしてほしいそうだよ」
「無理ですよ」
奈津美はにっこり答える。
その掲示板を書き込んだ本人を締め上げて、柚木さんの前で土下座させるってことだろうか?
無理だ。
「ちょっと秘書課に行って様子を見るだけでもいいから、ね」
「用事がないと、秘書課って役員室と繋がってるからセキュリティが強くて入れませんよね?」
「人事部が、山下さんを明日から秘書課で1日社員交流のために登録したよ」
(人事、なんでそこだけ仕事早いのよ!)
「はじめまして、総務課から来ました山下です。
短い間ですが、よろしくお願いします。」
秘書課の担当者にあいさつをする。
秘書課は男性10人女性15人。シワ一つない洋服、無駄なのい所作で、仕事が出来ることが一目でわかる人ばかりだった。
女性はモデル体型の色白美女がそろっている。
採用担当者の好みが、エグいくらい反映されていると奈津美は思った。
秘書課は思ったよりも体育会系だった。
電話とメールが引っ切り無しでバシバシ飛んでくる。
ランチや休憩は、役員の会食の時間に合わせて不規則だ。
一人の役員に数人の秘書が担当制で付くが、そのチームの中では阿吽の呼吸で仕事が回される。
奈津美は、秘書課の繊細な仕事振りに関心した。
同時に、3時間見学しただけで、柚木が秘書室で浮いていることが分かってしまった。
チームの中で明らかに仕事を彼女に回していない。
ほとんどチーム内での会話に加わらない。
トイレに行ったところで、牧田に声をかけられた。
相変わらず、スーツは胸がきつそうで、スカートの膝下は細長い足がスラリとして、色気が駄々漏れだ。
「こんにちは、奈津美さんが来るって聞いて驚いたわ」
牧田美香は少し関わったことがあり、奈津美の本来の業務を知っている。
無言の笑顔で、何しに来たの?と問いかけられる。
笑顔が笑顔に見えない。
(怖い)
「私も驚いてます。こんな美男美女のキラキラした場所、私には息苦しくて」
「あら、奈津美さんなら大歓迎よ」
「他にも息苦しさを感じている人はいないか、心配ですね」
牧田は、フッと本当の表情で笑い、
「私、今日の夜、イタリアンが食べたいの。付き合ってくださる?」
と誘ってくれた。
その日の夜、お洒落すぎるイタリアンの個室で食事をする。
「奈津美さんと一度ゆっくり話したかったのよ」
ふふっと笑う牧田は、ワインに優雅に口付ける。
その仕草だけで、女の奈津美ですらドキッとする。
「柚木さんのことでしょ?」
今日の昼の一言で、奈津美が秘書課に来た理由を察知していたらしい。
「はい。ネットの掲示板で、心を痛めていると聞いて」
「あれは、秘書課の人の書き込みじゃないわよ」
「はい、それは今日わかりました。
秘書課の人達は相手にしていなくて、書き込む時間がもったいないって感じでした」
「そうよ」
「ですが、一人ぐらい、います?」
「いたらどうするの?」
奈津美は視線をそらし、料理を見つめる。
(どうするんだろう。人事にパスするか、)
「まあ、人事が処分かもね。でも、いないわよ」
「そうですね。逆に難しくなっちゃいました。」
奈津美はとほほ、と本音を漏らすと、そうねえ、と牧田は笑う。
「ちょっとだけ、手を組まない?」
牧田は、にっこりと笑うが口紅が毒々しく見える。
牧田が言うには、おっとりした柚木は秘書課には向いておらず、。しかもプライドが高く失敗を隠してしまい、困っているらしい。
しかも、秘書課という部署名だけは気に入っているらしく、異動の打診があっても動かない。
国会議員の孫だから、と人事は柚木の言う通りにしているが、牧田は穏便に寿退社するのを狙っている。
「奈津美さんなら、王子さまを引き合わせることができるでしょ」
王子さま、進藤か。
進藤が裏総務の仕事をしていることなど秘密なはずなのに、牧田は知っている。独自の情報網があるらしい。
「なるほど、進藤くんと合コンさせれば、楽しくなって、気にしなくなる、と?」
「そう!別に誰でもいいから、別部署の男に夢中になればいいのよ」
本人からの異動希望は、簡単に通りそうだ。
「掲示板の悪口はなくならないですよね?」
「本人が気にしなきゃいいのよ」
その場で進藤に連絡し、後日、3対3の食事会をセッティングしてもらうことにした。
秘書課は入社2年目までの女性3名、進藤は国際部と財務部のエリートを連れてきてくれたらしい。
が、その食事会は上手くいかなかった。
牧田からの報告では、お嬢様は意外と奥手で、ギラギラした男が苦手だったようだ。
牧田は、「モテなさそうな男を特効させたいけど、私にはそんな手駒ないのよ」とさらりと怖いことを言った。
進藤は、「山下、なんで来ないんだよ!来ると思っていのに」と、愚痴られる。奈津美は思う。なんでそんな合コンまがいに、行くと思った?
「マッチングアプリでもあれば、ね~」
牧田が言うが、そんなものない。
(嫌だけど、あの人なら…できるだろな)
「もしもし、山下だけど、野口さん?
作ってほしいアプリがあるんだけど、午後三課に来れる?16時ね」
「え?アプリって簡単に作れるの?」
牧田はぽかーんとしている。
「はい、多分3日で作れる人が社内に一人います。今日の16時に三課に来ますけど、牧田さん一緒に来ます?
変人なので、びっくりするとは思いますが」
あまりに真剣に奈津美が言うため、牧田は逆に興味が出たようで、わざわざ別件を調整して来た。
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