第7話
「貫田課長、人事部からの依頼で、不審社員です。
資料を貰ってきます」
裏総務 秘密処理課は、ここ一ヶ月くらい落ち着いていた。
いつもいつも、隠蔽が必要な事件があっては逆に困る。
ちなみに総務課は、大きく3つに別れている。
総務一課は、出世する人が一度は通る花形部署
総務二課は、問題社員が集められて管理される窓際部署
総務三課は、社内の部署配置図からも隠され、便宜上目立たないように名前だけ与えられた部署
総務三課の奈津美は、暇な時は無駄な日報作りやファイルのテプラー張り直しに勤しんでいる。
もちろん、脳内は昨日読んだBL新刊のことを考えながら。
そして、事件はいきなりやってくるのだ。
地下3階から、正面玄関の社員用ゲートを通ってオフィスエリアに入り、エレベータで15階に行く。
エレベーターの中で人事部の飯田から茶封筒を受けとる。
「よろしく」
「はい」
「あ、進藤くんも」
「・・・はい」
一礼して、また帰る。
飯田は言葉数が少ないが、奈津美には十分だった。
茶封筒にあった資料は、第2営業部の社員についての情報だった。
第2営業部は個人の商店向けの卸をしている部署だ。その男、松木は、入社から営業畑一本の営業マンで45歳独身、成績は上々、明るく体力がありムードメーカーだ。
しかし、最近気性が荒くなり、突然後輩を怒鳴ったり、商談がうまく行かず商談相手がいるのに机を蹴ったりすることがあった。
(なるほど、ね)
奈津美は、この手の調査を過去に一回したことがある。
「薬物疑い?」
進藤の言葉にうなずく。
「これだけ大きい会社だとね、たまにあるんだよ」
貫田課長が補足する。
普通なら、気性の急な変化は疾患を疑う。
メンタルヘルス障害、脳疾患、ホルモンバランスなど、病気のために一見性格が変わることはある。
が、その診断のためには、産業医が外部の医療機関を紹介し、外部の医師が精密検査をすることになる。
そうすれば、外部の医者が麻薬を見つけた場合、会社にも言わずに警察に通報してしまう可能性がある。
会社的にそれは困るので、疑わしい社員がいるときは、先行して裏総務が対応することになるのだ。
「証拠を掴むのが今回の仕事だよ。
まずは、2人で張り付いて売人から買ってるところを押さえられないか、だね」
「「はい」」
貫田課長の指示に、奈津美と進藤はうなずく。
さっそく松木のスケジュールを確認し、一人で外回り営業をする時、帰宅する経路を徹底尾行することにした。
営業の外回り中に車で昼寝をしていたり、カフェをしていたりする軽いおサボりは目撃したが、何もない日が続いた。
その間、ずっと奈津美は進藤と二人で過ごす。
最初は緊張していたが、さすがに少しは空気に慣れてきた。
張り込み中のご飯も、本当は別々に食べたいが、不自然なので頑張って一緒に食べている。
進藤は、週に4~5回は同期や部署の人と食事し、ほとんど家では食べないらしい。
引きこもりの奈津美には信じられない。
尾行は一人でも出来るため、夜は帰ってもいいと告げるが、馬鹿なこと言うなと言われた。
進藤は、奈津美がありがた迷惑なほど真面目だった。
そして、やっと尻尾が見えたのが1ヶ月経過した頃だった。
松木が帰宅時に普段通りすぎるターミナル駅の改札を出た。今日は仕事は終わっている。
ヒラヒラの花柄のワンピースを着た、巻き髪のデリヘル嬢のような女と落ち合い、安いビジネスホテルに入る。
「・・・入るか?」
「何、顔赤くなってるの。入っても意味ないでしょ」
無駄なことを言う進藤を、奈津美はジトッと睨む。
どうせ部屋の中には入れないのだ。
「恋人か、風俗か、売人かがかわからないな」
「貫田課長に報告するね」
ホテルの外で二人が出てくるのを待っている間に、貫田に電話して対応を相談する。
貫田は報告を受け、進藤に電話を替わるようにいった。
電話を受けた進藤は、しばらく話を聞き、目を見開く。
「は、い。がんばります」
明らかに動揺している。
「また報告します」
という言葉と共に電話を切った。
「おれ、ハニートラップできるかな?」
貫田の指示は、進藤にホテルに入った女をマークしてハニートラップを仕掛けることらしい。
(社長の息子にこんなことさせるなんて、大丈夫?私にはハニートラップなんて指示出たことないんだけどな)
「進藤くん、顔が無駄にいいから、課長が行けると思ったんだよ。」
「無駄って・・とにかく、女のスマホのデータをまずは抜き取ればいいらしい」
「・・・どうするの?」
いきなり見ず知らずの男から誘うのは、難しい。
「・・・今日からしばらくターゲット変更だな
俺がなんとかする」
2時間後に女は出てきた。
時間を考えると、ただの売人でなくて、そういう関係なのだろう。
女を家まで尾行して、名前と住所を控えてその日は終了した。
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