第8話


そして、奈津美はモテ男の恋テクを間近で目撃する。




進藤は3日連続で女性に「これ落ちましたよ?」「席をどうぞ」「同じメニューですね」など、さりげなく話しかけた。


毎回笑顔でニコリとして、顔を覚えさえ、「昨日もお会いしましたね、運命でしょうか」など、キザな台詞を言い、なんと本当に女を落としてしまった。




スーツをバシッと着た、爽やかイケメンエリート風サラリーマンの見た目により、女の警戒は薄れる。


イケメンは、女に恋の麻薬を出させて警戒を解き、力業で簡単に落とせるという世の非情さを奈津美は噛み締める。




そして、女を誘ってレストランに入り、女がトイレに行くのを狙って、スマートフォンを拝借する。




もちろん奈津美も遅れて同じレストランに入っている。


違う席で素早くPCにスマートフォンのデータを写し、帰りにさりげなくスマートホンをバックに返す。




ついでに、松木宛に「新しい売人を紹介する、3日後に同じ場所にいる」というメールを、女のスマートフォンから送っておいた。


松木が外回りの時間を調べて指定したので、必ず来るはずだ。




女のスマートフォンのデータは、大量の顧客情報があり、松木とのやり取りもしっかり残されていた。




そして、指定日に飯田と奈津美、進藤がホテルの前で張り込む。


売人役は、奈津美がする。


ヒラヒラのワンピースを着て、それっぽい。


が、奈津美はもちろんハニートラップなど出来ないため、松木の腕を掴むと無言ではホテルに引っ張っていった。




先に、ホテルの部屋に進藤と飯田が隠れている。


風呂場にいて中から見えないため、奈津美の声を合図に出ていくことになっている。




部屋に着くと同時に、松木は言う。


「君が新しいシャブのバイニンだろう」


「はい、どのくらいほしいですか?」


「ああ、そうだな・・100gだな。


その前に味見させろ」




そう言って、突然奈津美の首を絞め、強引にキスをしようとする。


奈津美は突然のことで声が出ない。


息をするために首を横に振る。




「おいおい、味見できないじゃない、前の女より若くてかわいいのに」


首を横に向けて、キスを拒む。


手で絞めている首元をクンクン匂いを嗅いでくる。


声が出せずに応援が呼べない。


顎を舐められる。




(こいつやばい、気持ち悪い、助けて)


奈津美はいよいよ苦しくなってきて、生理的な涙が出てきた。




ゴンっと音と共に、松木が倒れる。


進藤がベッドサイドにあったランプで思いっきり殴ったらしい。




「ごほっ、ごほっ」


喉をやられ熱い。呼吸するだけでむせ返るような咳が出る。


(助かった・・・)




進藤は松木の胸ぐらをつかみ、もう一発殴る。


目が怒りで揺らいでいる。ボコボコにしそうだ。


これ以上は、暴行になってしまう。




「進藤くん」


奈津美が進藤の腕を掴むと、ハッとして


「山下、大丈夫か?」


普通の目に戻る。


「もう大丈夫だよ」


奈津美の声は枯れていた。




飯田と進藤が松木を捕獲し、現行犯で証拠を押さえることが出来た。


松木は観念して、証拠となるスマートフォンの情報を提供した。




その日、奈津美は舐められた顎部分が気持ち悪く、何度も洗った。


首に絞められた跡も残っている。数日間消えなかった。




次の日、飯田と進藤からの報告を受けた貫田は奈津美をとても心配した。


「大丈夫?怖かったよね、ごめんね」


いつも七福神の笑顔の貫田が、こんなに悲しそう顔をして謝るの初めてかもしれない。




「大丈夫ですよ!きれいに洗って消毒したので。


逆に、跡が見苦しくすみません」


笑顔で首の首のスカーフを触る。




飯田と進藤も、暗い顔で謝罪してきた。


「山下さん、本当に申し訳なかった


若い女性の君が、触れられて怖かっただろう」


「出るのが遅くなって本当にすまない」




奈津美としては、レイプされたわけではないし、服だって着たままで、唇も触れていない。


自分の体を触らせるくらい、タダ同然、と思っていたが、どうも周りは違うらしい。




そして、松木の処理が始まった。




まず、松木につては、スマートフォンのデータを抜き取る。




そして、松木は、一人で消費するには多い量の覚醒剤を買っていた。そこで、松木が転売していないかを疑ったところ、松木のスマートフォンには、他の社員との疑わしいやり取りも発見され、芋づる式に見つけることが出来た。




「情報を出せば、懲戒解雇せずに出向扱いで救ってやる」ということを匂わせて、騙された松木は、さらに芋づる式でグループ会社数人の覚醒剤使用の情報を出してきた。


まあ、会社はそんな甘く、警察にすぐ引き渡し、逮捕歴を作ってから即懲戒解雇にゆっくりするつもりだ。




そして、5年も前から犯行はあり、社内は騒然となってしまった。


松木や、松木が薬を売っていた同僚は、会社のお金を横領していた疑いもあり、監査部も忙しくなる。


そのため、監査部との兼務の進藤は、しばらくはそちらの仕事につくことになった。




「行成さんに、仕事増やしてごめんって言っといてね」


「ああ、言っとく」




行成には、ラインで「落ち着いたらまた女子会しましょう」とは送ったが、既読にならないので、それどころではないのだろう。




進藤は、去り際に奈津美をじっと見て、首の痣に手を伸ばす。




少し触れる。




奈津美は、突然のことで「?」となっている。




悲しそうな、本当に辛そうな目をしている。


(私より辛そうだよ?)


「悪かった。痣、早く消えるといいな・・あ、すまん」


手を引っ込めて、距離をとる。




「1mルールあるもんな。


後で怖くなることもあるから、


何かあったら、すぐに連絡しろよ」




そう言って、奈津美に私用の連絡先を渡してきた。


いつもなら絶対に受け取らないが、こんな真剣に心配されたら受け取らない訳いかない。




(簡単に女に連絡先を渡すテクニック、恐れ入りました。今まで百戦錬磨なんだろうね)




関心する奈津美だった。

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