第5話バレンタイン (後編)


こちら、裏総務部 秘密処理課 4 バレンタイン (後編)

進藤のチョコレートのエクセル整理が終わり、データをメールで人事部課長宛に送信する。


8000円の高級チョコだけが送り主の名前がなく、空白だ。


社内に設置されている防犯カメラを再生して、進藤のチョコダンボールに入れた人物を特定した。


これでリストは完成だ。




このリストの中から、家柄や性格など、未来の社長婦人候補を絞って、進藤と同じ部署にそれとなく送るのだろう。


(可哀想に、進藤の本当の性格なんて知らないのね)




「進藤くん、お返し大変だね」


「家のお手伝いさんにお願いするから、困らないけど?」


「・・・聞かれたら絶対ダメだけど、進藤くんの場合は、それが良いね」


お返しも政治的な配慮で、松竹梅が決まるのだろう。


そういう意味では、全然バレンタインを楽しめない進藤に同情する貫田と奈津美だった。


「段ボール2箱、家に郵送するね。伝票書いて」


作業は事務的に終わった。




翌日は聞き取り調査のためにオフィスエリアに行く。


それにしても、オフィスエリアでの進藤の取り巻きのキラキラ具合はえぐかった。


人事部だか、監査部だかの取り巻き達も、美男美女ばかりだ。


ギラギラが固まって、いっそう光が強まり、奈津美のような地味属性の女には、寿命を縮めそうな圧がある。


(絶対こっち来ないでね)


奈津美は明後日を見てさっさと歩く。


「あ!山下!お前今日こっちなんだな」


遠くから、奈津美に手を振ってきた進藤。


(聞こえません)


取り巻きだけでなく、周りの人が奈津美を見ている。


ひきつった顔で一礼をして、急いでエレベーターに乗り込む。


最近の奈津美のストレスだった。




その日の夜、庶務担当のドンにストレスを聞いてもらう。




庶務ネットワーク・・それは、全国を網羅する最強の裏の情報網である。


そもそも、庶務担当とは、職場に1人いるが、家族、年齢、保険、年収、人事など、最高峰の個人情報を一手に扱う。しかも全員と関わるため、人となりや仕事の出来具合も把握される。


庶務に嫌われては、そこの職場では生きにくい。


他部署に移動するときは「○課の■さんと交際中。仕事遅いし態度悪い」などの庶務同士の申し送りも必ず行われる。




庶務ネットワークは、庶務が知り得た鮮度と精度の高い情報が驚くほど軽快にやり取りされている。


実は奈津美は、入社当時は庶務だった。その部署の先輩で、営業課の庶務、水野舞子と二人で飲んでいる。




水野は41歳、独身。見た目は美しく、仕事は出来すぎるくらいで、庶務ネットワークでもかなり幅を効かせている。


そして、水野は面倒見がよく、奈津美の相談をいつも聞いている。




「なにその仕事、おぼっちゃんのチョコレートの仕分けなんて最悪ね!」


「もう、チョコレートの臭いが嫌になって、見たくないんです」


「それにしても、奈津美と進藤竜二がそんな繋がりがあるなんてね」


水野は、豪快にハイボールのジョッキを煽り、ドンと置く。


「今のところはちゃんと1m距離をとってくれてるし、仕事上最小限しか話してないから大丈夫。いじめられたことを、許さないといけないのかな、と思うけど、顔を見たら嫌な嫌な気持ちが溢れてきて、コントロールできない。どうしたらいいですか。」




「・・・・許すってなんだろうね」


水野は言う。


38歳の時に、10年間付き合った彼氏に捨てられて、その男は若い女と結婚した。


水野は、許せない、という気持ちは一番知っている。




人生で、取り返しがつかない損害を、誰かが原因で被る。


心には、深い傷が出来る。


心の傷は、一見治ったように見えても、きっかけがあれば、すぐにまた痛み、膿んでしまう。




まれに、その出来事を乗り越えて、逆に「それがあったから、成長出来た」と昇華することもある。


そうすると、取り返しがつかない損害ではなくなるため、傷が完全に癒える。


しかし、それは相応のイベントが人生に回ってくる、不確定なものだ。




いじめなどの理不尽な不利益の場合、こころの傷は「乗り越える」イベントも発生せず、被害を被った側に「許す」「痛みを耐える」を強いることのなる。


大人なら心に盾を作ることが出来るが、子供の傷は一生墓場まで持っていくのだろうか。




「許せないことは許すな、かな。


人には尊厳がある。


許せないことを無理に許すと、自分自身が大切にされない。自分には、そんなことをしてもいい価値しかないことになるからね。


逆に、それに囚われなくても自分の心が守れるなら、手放すことはできるかもしれない。


私はまだ、だけど」


ウインクして、焼き鳥を豪快に食べる水野。




水野の言葉は、いつも奈津美を救ってくれる。




「ところで、水野さん調べて欲しいことがあるんだけど」


「?」


奈津美は2つほど、お願いした。






そして、奈津美と貫田、飯田は経理部にいる。


役員会議で揺さぶりをかけたところ、社内のメールに異変があった。




普段全く接点がない者同士が社内メールを送ると、AIが判別し、システムでリスト化される。


会社の不穏分子を把握するため、定期的にチェックするのも裏総務の仕事なのだ。


社員には絶対に言えないが。




役員会議後にリストに上がった人のうち、カルロイスの写真を撮った日に年休を取得していたのは一人だった。




(そろそろかな‥)




一人の小柄な女性が、経理部のあるフロア自動販売機に来て、男性と接触する。




「はい、お二人、少しいいかな??」


飯田課長が声をかける。




「その封筒もください」


貫田課長が封筒を一瞬の隙でうばい、中を確認する。




小さな部屋に移動した。




女は秘書課、平井という牧田さんの言っていたカルロイスの担当秘書だった。


男は経理課、林田係長という50代の冴えない男だ。


この二人は、社内のメールが見張られているとはしらずに、やり取りをしていた。




庶務情報では、この二人は元愛人だった。


林田の娘がパパ活をしている、それを学校に言われたくなければ、娘にカルロイスと写真を撮らせ、カロルイスに脅しのメールを送れ、というメールを平井が林田に送った。




娘にそんなことをさせたくない林田は、なんと妻にセーラー服を着せて、カルロイスをホテルに連れ込んだ写真を撮り、匿名で辞任を迫るメールを送った。




平井の父親が、昔のカルロイスの会社でリストラにされて家族で苦労をしたこと、林田が自分を捨てたのがまだ許せなかったことより、二人一緒に苦しめる計画を立て、実行した。




しかし、奈津美のセーラー服写真により、簡単に揉み消されてしまった。


そこで、新たな脅しをさせるために、ホテルでの写真のデータUSBを持ってきたのだった。


現行犯なので言い逃れはできない。




あらかじめ秘書課の牧田さんに、平井に経理課への御使いを依頼してもらうように打合せし、こちらも会議室を予約して張っていたら、簡単に接触をして、御用となった。




林田も平井もそれなりの処罰があるだろう。


それは、監査部と人事部の仕事だ。


貫田と奈津美の裏総務部、秘密処理課の仕事はここまでだ。取り調べが終わると、早々に部署に帰った。




(はー、早く家帰ってBL読みたいな。)


やっと、バレンタインから解放された奈津美だった。




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