第4話 バレンタイン(前編)

バレンタイン (前編)

奈津美はデパートのバレンタイン特設会場に来ていた。


年齢=彼氏いない歴の奈津美でも、バレンタインはそれなりに楽しんでいる。




義理チョコでも人にプレゼントするものを選ぶのは楽しい。


一箱8000円なんて、誰が買うんだろう、とは思いながら、高級店のケースを一人でチラ見する。


ハイヒールの美女が限定3箱のチョコを買っていた。




次の日のバレンタイン、総務第3課では、奈津美がいつもお世話になっている貫田課長に小さな義理チョコを渡す。


そして、今年は奈津美にとって最悪な仕事があった。




「は~~。」


大きなため息を隠さず、段ボールに入っているチョコレートの山を仕分ける。


「ごめんね奈津美ちゃん、僕も手伝うよ」


「あ、いえ、業務なのでちゃんとします」




社長の子息、進藤竜二宛のチョコレートの調査だった。




ラッピングれたチョコレートを丁寧に開き、


送り主と、チョコレートのメーカー、値段を調べてエクセルに記入していく。


再び綺麗にラッピングをし直して一つが終わる。


30個分を入力したところで、一番高いのはとれだ・・・と思ったら、昨日催事場で見た8000円のチョコレートの箱があった。送り主は、書いていない。


(逆に怖いわ)




お昼までの40個が終わった頃、宛先の本人がわざわざ地下三階まで来た。




「山下が分けてくれてるって聞いた・・悪いな」


笑顔で言う進藤本人に、本気で怒りが込み上げる。


「仕事だし。っていうか、私のこと思うなら、午後からもらうのやめてくれない?」


睨んで言ったが、


「俺はお前と違って、すでに顔が広いから、貰わないわけ行かねーしな」


全く自粛しない。


仕事の邪魔にならないように、部署の外に進藤用の段ボール箱があると聞いて、本気で蹴りに行きたいと思った奈津美だった。




「そういえば、行成さんには昨日チョコあげたんだろ?俺にはないの?」


「は?バレンタインって、好きな人とか、お世話になってる人に渡すんでしょ」


何で私があなたに渡すの?、という顔で返される進藤。


「義理は食べていいぞ」と小さく呟き、しょんぼりと地上に戻っていった。




その直後、電話がかかる。


「はい、総務第三課山下です」


「明日、至急13時にそちらに伺ってもよいでしょうか?」


「お待ちしております。」




「課長、人事部が今日の13時にこちらに来るそうです」


「急だね。お茶の準備お願いしてもいいかい?」


「進藤くんの義理チョコを頂きましょう」




人事部からの依頼は、裏総務課の秘密処理班らしい内容だった。




「役員の未成年との淫行疑惑の揉み消し、ですか」




今日はいつもお世話になっている人事課の秘密処理班の飯田課長だけでなく、秘書課の美人秘書も来ていた。


・・・・ん?この人って。




「はじめまして。牧田です。」


やっぱり、と奈津美は思う。


昨日8000円の高級チョコを買っていた美女だ。


長髪ストレートの長身に、ちょっと丈が短いスカートのスーツ、胸が大きくてジャケットが苦しそうだった。




「昨日、このようなメールが社外から送られてきまして。」


メールの内容は、半年前に社外から引き抜かれてきた役員の女子高生との淫行疑惑をメディアに公表される前に辞任しろ、といったものだった。


カルロ椅子は独身だから交際はいいが、未成年では会社ダメージがある。急いで揉み消す必要がある。




「カルロイス常務へはお伝えしておりません」


「なぜ?」


「日本のルールが少し分かっていないので、弁護士を立てて騒ぎ出す可能性があります。」




なるほど。




「他にご存じの人は?」


「メールを受けた、秘書課では私ともう一人の担当者、それと人事課では・・・」


「私だけだ」


飯田課長が言う。飯田は口の堅い男だ。




メールに添付されていた写真を見る。


白髪のおじいさんと、セーラー服を来た女の子が腕を組んでビルの中に入っていっている。




「ラブホテルは、その、よくないですわよね」


牧田が頬に手を当てて、困った、という顔をしている。


看板には【休憩 4000円】と書かれている。




奈津美は、写真に違和感を感じていたが、何の違和感なのかわからない。




「わかりました。急いでこちらで検討してみます」


貫田課長の一声で、ひとまず打ち合わせが終わる。




その後、カルロイス常務に正直に話を聞いたところ、女子高生から声をかけられてお茶はしたが、いかがわしいことはしていない、と言っていた。




奈津美と貫田と飯田は信じていないが、それでも会社のために、精一杯の偽装工作を検討した。




そして、奈津美が同じセーラー服を着て、同じ様に写真に写り、「成人した社員との制服デート」ということで上書きすることにした。成人なら犯罪ではないのでセーフだろう。




奈津美の顔が写らないように、カルロイスと一緒に同じ場所で写真撮影をする。




奈津美と貫田が写真撮影をしている間に、飯田が架空の派遣社員をでっち上げ、すべてを彼女の責任にするように午後から資料を作る。


時系列報告書も作り、飯田課長が退職届けの受理をした資料まで終わったので、これで隠蔽はできる。




しかし、もっとも大切なのは、女子高生との写真を誰がとって、メールを送りつけてきたか、だ。


次はその夕方からその調査に入る。




カルロイスは、過去にいろんな会社でリストラを敢行して有名な男だ。


恨みが多すぎて、犯人をとても絞れない。




しかし、一つだけ分かることがあった。


それは、犯人が社内にいることだ。


カルロイスを派手に失脚させた方がライバル会社はいいに決まっているが、穏便に辞任させるのは、社内の、それも割りと近しい人ではないだろうか。




そこで、翌日、たまたまあった役員会義で揺さぶりをかけ、不振な人物をあぶり出すことになった。




役員会議の前に、「ある役員が不倫してセーラー服プレイをしている写真がとられた。注意するように。」と、秘書課の秘書達からこっそり告げてもらう。




そうすると、役員がもし犯人なら、何かしら不穏な動きがあるはずだ。


奈津美が掃除のおばちゃんに変装して、早朝にカメラを何個かセットしておいた。




欲しい情報は映らなかった。


・・・役員が秘書の太ももからスカートの中を、撫でているところがばっちり映っているという収穫があったが。




進藤が第三課に来て、奈津美とチョコを仕分けながら、奈津美のセーラー服の写真を見て笑う。




「この歳でセーラーってホントにヤバイな!」


「・・・、進藤くん、チョコに即死毒入れるよ。」


                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

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