伸ばされた糸を掴むか否か
@kuruugingu
第1話
人生の選択、それも自身の生死に関わる選択は、誰しもが慎重に脳を働かせるものだ。
「なぁ、お前は乗るのか?」
「何がだ」
「とぼけるなよ、【方舟】のことだ」
「あぁ……」
リハドは、隣にいる親友の声に耳を傾け、そして思案した。脳裏に浮かぶのは昨日の出来事。
“この世界は神の怒りに触れた。よって、その大地の悉くを大いなる破壊の力で浄化する〟
あまりにも唐突に提示された神からの世界滅亡宣言。いきなり上空から神々しく現れ、世界を滅ぼすと言われた時の人類の表情はいかがなものだったのか、光が無駄に眩しくて見ていられなかったのが歯がゆい。
「神様は残酷だよなぁ。いくら世界が自分の逆鱗に触れたからって、その世界にある物をぜーんぶ無くしちまおうって考えてそのまま実行しようとするなんて」
「……全部じゃない。そのための【方舟】だろう?」
“しかし、神は寛大だ。人類をその浄化から逃れるための糸を作った。人類を余さず入れることができる方舟だ。大地を捨てて方舟に乗り、浄化を免れるか。浄化を受け入れ、穢れた世界と運命を共にするか。自由に選ぶが良い〟
「ホント、まいっちまうよ。作物が育って、家畜が肥えて、やっとこの地でまともな生活を送れそうだった時に、いきなりその地を丸ごと捨てて、神様が作ったその胡散臭い船に乗れって?はっ、馬鹿馬鹿しい話だ」
「けど、お前は乗るんだろう?」
「おうともよ。結局、大事なのは我が身ってな。まずは生きる」
「その決断力が羨ましいよ」
「……やっぱお前はまだ決めかねてんのか」
「うん」
リハクは思案する。このまま神が差しのべた救いの糸を掴み取り、方舟に乗って命を繋ぐかどうかを。
掴み取るのは簡単だ。そうすれば世界の崩壊に巻き込まれずに、命を繋いで未来へ進むことができる。が、こうも思うのだ。この大地に生まれた人間の一人として、この世界と運命を共にすべきではないのかと。
リハクは、農民の生まれだ。両親は既に他界しており、家族はいない。
敷地の畑を耕し、家畜を管理し、藁の被り物を作って生計を立てている。藁の被り物は日光を遮って涼しく作業をすることができるので、案外買い手が多いのだ。
一日一日を生き抜くだけで両手が塞がり、他のことに時間を割く余裕のなかったリハクだが、目の前の博識な親友としっかり者だった両親の教えのお陰で、物事を考えられるだけの頭はあった。
リハクの両親はリハクに対し、一つの教えを授けていた。「私達が生きているのは、大地の、自然がもたらす恵みのお陰。だから、自然様には感謝をしなければいけないのよ」と。
リハクは両親の教えを大事にしていた。自分達は自然の恵みを受けることで、この大地での生存を許されている。その事は紛れもない事実だということを知っているからだ。
故にこそ、リハクの思考には「大地が死ねば人も死ぬ」という価値観が備わっており、大地を見捨てて自分だけが生き残ると言う選択肢を取ることに対し思うことがあるのだ。
「お前の考えてることは何となく分かる。俺もお前と同じような生活してるしな」
「私はどちらを選べば良いのだろうな」
「んなこと俺に聞くなって。お前が選択しなきゃいけないことだろう?ま、お前の好きなように選べば良いさ。自分の命1つ、繋ぐも捨てるも自分次第ってな」
リハクは目の前の親友を見て思う。自分も彼のように、すぐに自分の大切なものを選べるような人間だったら良かったのにと。
リハクはこの大地より自分の命を優先した親友の判断をとても尊重している。だからこそ頼りたかったのだが、やはりというか流されてしまった。まぁ、それでも一つの助言をくれるのはリハクの親友の性根が優しいからだろう。
「あ、けど思い詰めすぎてどっちも決めれませんでした~、は無しな?繋ぐのも捨てるのも選べなくて、結局中途半端になりましたじゃ、カッコ悪いもんな」と、軽快に笑う親友の姿を見て、リハクは改めて自身の思考を纏めあげる。
神が作り出した方舟という名の救いの糸を手に取り、大地を捨てて命を繋ぐか。
差し出された糸を弾き返し、自らが愛したこの大地と、最期の時まで運命を共にするか。
「────。」
「お、その顔は決めた顔だな。さて、お前はどっちにする?出された糸を掴むか、それとも大地と運命を共にするか。どっちを選んでも、俺はお前の選択を尊重するぜ」
考えを纏めあげた時、リハクは目の前の親友に自身の考えを語った。心の懐が広いこの親友ならば、きっと自身のこの考えも受け入れてくれると。
そして、リハクの考えをその耳で聞き取った親友は、
「お前らしくて良いんじゃねぇの」
と、笑って返すのだった。
伸ばされた糸を掴むか否か @kuruugingu
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