第4話 二人の波形
…………
……
彼の口ずさむメロディーで、柔らかな波が描かれた。
低音が沢山の空気を纏い、抱き締められているような体温を感じる。
目の前の平らな画面には、無機質な波形が意味の無い模様を描いていたけれど……
私の言葉は正しい音与えられると大喜びして、彼の中の物語を描き出した。
…………
……
彼に促され中に入ると、少し薄暗いその部屋には、値段が高くて買うのを諦めた憧れの機材が揃っていた。
パソコンや機材の並びこそ私の部屋に似ていたけれど、初めて入る部屋なのに……
(デジャ、ビュ?)
この風景を見慣れているような気がする事を、そう呼ぶ事で自分を落ち着かせていた。
「座って?」
彼がパソコンの前にある椅子をくるりとこちらに向け、その背もたれに両手を置いたまま私を呼んでいる。
誘われるままそれに腰掛けると、彼は私の後ろから包み込むようにマウスに手をかけ、1つのファイルを選び出した。
「これが、君の作ってくれた音楽」
左右のスピーカーから、何度も聴いたメロディーが私の声を乗せて流れてくる……
「君の頭の中では『これ』じゃ無かったはずだよ?」
私の心の中でざわつく感情達に、事実を優しく教える様な彼の声は、酷く安心するのに落ち着かなくなる。
私の知らない私まで顔を出したがり、一斉に動き出した気がした。
電気を含んだ私の声を止めた彼が、耳元でその物語の正しい音を奏で出すと、その物語は嬉しそうに彩りを増していく。
彼の歌を耳にした後では、私が何を間違えたのかがはっきりとわかる。
あの物語が私の中だけで繰り広げられていた時、それを表す言葉は次々と綴られていくのに、正しく表現する音がついに私には見つけられなかった。
彼の歌声を聴いていると、あの時の葛藤がふと思い出されてくる。
落ち着かない視線を泳がせていると、画面に貼られたポストイットに目が留まってしまった……
そしてほんの一瞬。
一瞬だけ鼓動が止まった。
【コンペテーマ:「キミを知って僕が溢れた」に続く物語。】
事務所から届いたメールの文面に、心が騒いだ感覚を思い出す。
走り書きのメモには、あのメールに書かれていたのと同じ部分は丸で囲まれ、はみ出した部分に続いているのは……
「僕を埋めたのはキミの物語
それを君がどう呼んでいようと
僕にはそんなのどうでもいいや…」
それは、私が紡ぎ出した言葉と全く同じだった。
「君の中のお話と一緒でしょ?」
「嘘…」
「ちっとも嘘じゃないよ?これはきっと、僕たちの物語だったんだ。」
きっと彼が言う私達の物語は、この歌の物語と同じ。
「君がこれをどう呼んだとしても、僕にとってこれは……」
彼の声をマイクが拾い、目の前で波形を描く。
「……運命?」
「やっと気付いた?」
そのマイクが私の声も拾うと、二人の声で波形が動く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます