第3話 私たちの物語


「何で今来ちゃうんだよ?……よりによって、今?」



その人はグレーのスラックスとワイシャツ姿で額に片手を張り付けたまま項垂れていた。ずっとこの室内に居たにしてはきちんとした格好をしている。

むしろその人よりも、外から来た私と彼の方がずっとカジュアルな服装で……



彼はともかく、私はこんな格好で訪ねるべきでは無かった事に気が付くと、急に恥ずかしくなったのだが、私をこの部屋へと招き入れた彼は、そんな事を全く気にしていない様だった。


「声を聴くまでもなくわかったんだ!」


心地の良い声が、頭のすぐ上で響く。

彼は初対面の私をその人に紹介するように語っていた。


「彼女があの詩を作った人だって、顔も見た事も無かったけど―――絶対そうだって感じた!」


私の肩を支える彼の手に力がこもる。


「これが運命じゃなかったら、なんて呼ぶんだ?」


「運命?」


私を紹介するのには相応しくない言葉の響きに驚いて、思わず彼の顔を見上げると、私は宝物を見つめるような視線を浴びていた。


「彼女は運命だって思ってないんじゃないか?」


「えっ?」


その人が冷静に彼を諭すと、彼には「その言葉の意味が理解できない」と言わんばかりの視線をその人に向けていた。


そもそも「運命」かどうかなんて考えもしなかった……


私の頭の中のそのままを、彼がどうやって創り出したかを知りたい。

その一心でここまで来てしまっただけで。


ただ今は、頭の中や作りモノの中でしか響かない筈の「運命」とういう言葉が会話の中で飛び交うこの状況に、私の思考が追い付かないままなのは確かだ。


「彼女はあの曲のメロディーをお前が変えた事に不満があって、ここまで押しかけて来たんだぞ?」


その人は私だけを睨むと、腕を組み不快感を全身で表現している。

彼に私が「運命」だと紹介された所で、私への誤解は全く量を減らしていないようだった。


「私はっ!あの曲について、もう何も言う事は無いんです!っでも、私が追い求めたメロディーだったから―――あまりにもそのままだったから」


慌ててそう言葉に出してはみたものの、何の証拠もない事に気が付くと、急に言葉が出なくなって俯いた。


「これが運命って言う事だろ?」


そんな中彼だけが何故か満足そうに頷くと、私の左手の指の間が彼の指に絡め取られる……


「おいで?君にもきっとわかるから」


「っ!おいっ!この人の素性もまだ確認してないのにっ!」


「大丈夫。違うわけがない。彼女に触れて、もう溢れて来てる」


「えっと……?」


「しばらく二人きりにして」


彼は私の手を引くと、部屋の奥へと進みだした。

何が起こっているのかわからなくなり、思わず私を敵対視している人に助けを求める視線を送る。


「ホント、この先どうするんだ……」



その人は諦めと苦悩を纏った様にしゃがみ込んでいて、私の視線は届かなかった。

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