第2話 私のお話


耳から聴こえている筈なのに、脳の中心で響くその曲のbpmに心臓のリズムが全く合わない。


何度も反芻した言葉に、初めて聴くメロディーがのっている


―――はずなのに。


何度もあてがっては消したどのメロディーよりも、それはもうその言葉の為にあるようで。

それは私が必死で探し出そうとしたものだった。


初めてなのに昔から知っているような感覚……


デジャ・ビュとはまた違い不思議に気持ち悪いそれを、何と呼べば良いかを私はまだ知らなかった。


……


(プロとして許されないけど……)


パソコンを開くと仕事用のアカウントに届いたメールを遡り、NDA締結時の添付ファイルを探す。

そこに書かれていた住所をスマホに打ち込むと、事務所の地図をスクショした。


(大丈夫。契約違反はしない。私のメロディーじゃなくても構わないし、これからどんなに売れてもお金なんて要求しない―――もちろん私の名前を出せとかなんて死んでも言わない。)


私は自分にそう言い聞かせると、地下鉄でそのオシャレな街へと向かった。


…………

……


本当は自分で作った歌を「歌う人」になりたかった。


しかし私にはそれがどうも上手くいかず、私は自分で歌う事は諦めた。


私の中に溢れかえる物語を詩にするのは容易く叶うのに、そこに流れるメロディーが違う。

出来上がるのはいつも何処か消化不良の曲ばかりだった。

それに私のこの声が乗ると余計に可笑しくて。

人前で歌うのが億劫になってしまったのだからしょうがない。


それでも吐き出し続けなければ気持ちが悪くなってしまうから、今は誰かに歌ってもらう為の作曲ばかりしている。

それに加えて少しだけバイトを入れれば生活していけるのだから、それはすごく有り難いことだと思う。


今回のコンペは結局最後まで何に使用されるか明かされず、クレジットも決して載らないけれど、それで良いかどうかが何度も確認された。

しかも私の所属してる事務所から、コンペの参加自体を誰にも話すなと釘を刺された位だった。


それでも私は「その後どう扱われるか」よりも、依頼の「テーマ」に強く心を惹かれ、何時もよりも没頭してそれを作った。


結果、十分過ぎる報酬を頂き

―――その曲に係わる権利の全てを手放した。


のだけれど……



本来ならば依頼主の元を訪ねるなんて事は決してしてはいけないし、もしかしたらこの先プロとしての私は存在しなくなってしまうかもしれない。


そこまで解っているものの、あれを聴いてしまったら……

居ても立ってもいられなくなってしまった。


…………

……


(ここが、事務所?)


渋谷の駅から15分程閑静な住宅街の方向へ進むと、目印になる建物が減っていく。

少し迷いながら辿り着いたマップが指し示すその場所には、コンクリートが打ちっぱなしの外壁に少し蔦の這っているような一軒家しかなかった。

想像していた様なビルはどんなに見渡しても辺りには無いし、小さい銀色のプレートには筆記体でその会社の名前が刻まれているのだから間違いはないはず。


ここまで来ておいて我儘なものだけど、ボタン押そうとする指が震えていた。


「……はい?」


恐らく私の姿が見えているであろうその中から、怪訝そうな返事が返ってくる。


「お忙しい所、お約束もせずにお尋ねしてしまい大変申し訳ございません。私この度のコンペに参加させて頂いて……その、採用頂いた高梨と申します。あのっ……どうしても聞きたいことがあって」


顔の見えない相手に向かって緊張からくる早口のまま、一通りの挨拶と自己紹介をした。


「え?高梨さん?ちょっと確認しかねるんですけど?―――どちらにせよ契約は完了している筈ですし、権利はこちらに全て譲渡されてますから。もし何か不服なのであればそちらの事務所を通してご連絡いただけますか?」


コンペと高梨という名前で何か思い当たったような先方は、ドアを開けてくれる気配もなく……

やや牽制気味に声色を変えた。


私への拒否の意思を感じて少し怯んでしまう。


「っ不服なんて無いんです!っでも、メロディーの事で……」


「は?やっぱり自分の曲が全面採用じゃなくなった事に文句があるんです?それとも売れそうだから印税の話ですか?―――はぁ、こちらはきちんとした契約でやらせてもらいましたから、もうお引き取りください。これ以上騒がれると迷惑ですので」


グレーの小さい箱から明確な怒りが響く。

私という人間を酷く疎ましい存在として、向こうが認識した事がハッキリと伝わった。




「……何?もめてるの?」


低音の静かな声に背筋が跳ね、思わず振り返る。

そこには昼間の太陽を背負うのが似合わない、私にとっては良く知る姿があった。


ここへ押しかけるきっかけになった声の主。

私の紡いだ言葉に一番相応しい音を与えてくれた人。

私の作った世界にとっては……?


私は驚いてこの手で口元を覆ったが、それよりも驚いたのは彼も同じようにして固まった事。


「君が―――あの歌を作った人でしょ?」


やっと絞り出したような空気を多く含んだ声と、彼の頬を伝う涙の意味が……

私には全くわからなかった。

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