第5話 僕のお話


違和感のあるメロディーにのって流れる物語は、初めて触れる世界なのに。

それは最初から僕の一部だった。


正確には僕が生まれた時から失くしたままだった部分にピッタリと合う1ピース。

これまで何をしても満たされなかった場所が、心地よく満たされていくような……


それは僕が必死で探し出そうとしていたものだった。


ずっと待ち望んでいた再会を果たしたような感覚。


恋に落ちるのともまた違い、不思議と穏やかなその始まりを……

何と呼べば良いかが僕にはまだわからなかった。


……


「できたよ」

「っ!本当か?」


その詩が喜ぶメロディーをつけるのは容易かった。

あっという間にできたそれを渡すと、泣き出しそうな顔で喜んでいる。


「そんなに大事かよ?」

「なんだよっ!大事だよ。お前がまた曲を書けるなんて……」

「……ごめんね」

「ほんっと!心配したんだぞ!」


抑えきれずに泣き出した旧友の肩を叩きながら、心配をかけてしまった事を反省していた。


……


僕はずっと満たされなかった。それは気が付いた時にはもう。


音楽を紡ぎ奏でる事で少しは息がしやすかったけれど、僕は一度も満たされなかった。


自分でも驚くほどの素敵な歌ができても、それが大勢の心に残るようになっても……

どんなに綺麗な人が僕の事を愛してくれても、僕はちゃんと満足できなくて。


いつも埋まらなくてスースーしているその場所を、見せれるものならこの心ごと取り出して誰かに見て欲しかった。


そこからモゾモゾと溢れる不快に浸された僕が、助けを求めるように作った音楽は思いの外沢山の人に受け入れられて……


僕はそれを吐き出すだけで、生活していけるようになった。




でもある日僕の音楽が枯れた。


いつもただ沸き上がってくるそれを、そのまま音や言葉にしていた僕は、それからどうやって音を紡げばいいのかわからなくなった。

幸いもう「在るモノ」を奏でるのは苦痛ではなかったから、僕の変化に気付く人などいない。


上手く吐き出せなくなった事に次第に焦りを感じると、誰にも知られない様に外から物語を飲み込んだりしてみたけれど、僕の中で音楽は全く育たないまま。


―――どうにもならなくなった僕は、いつも側で支えてくれている旧友に当たり散らす。



そんな僕の変化に気が付いた彼の提案で、僕の歌のコンペを開催した。


誰かの音楽を、自分のモノとして奏でる。


僕以外の期待の目から見れば決してやってはいけない事だとわかっている。

でも僕はその人達の期待に応える為に生きているわけではないから、手段は何でも良かった。


僕一人だけだったら、この心から派生して押し寄せてくる不快の波の中から誰かに助けを求める事を諦めて、僕が溺れて消えてしまっても、それでもいいのだけれど……

その提案を受け入れたのは、僕の為に生活してくれている彼を路頭に迷わすわけにはいかなかったから。


……


運命に出会う瞬間を、生まれてからずっと待ち望んで来たのに、それはふらりと僕の元へ届いた。


彼は必死で情報漏洩を防ぎながら、僕の為に音楽を集めてくれた。その中の3曲目だった。

譜面と言葉の羅列を見ても最初わからなかった。


目の前の波形はただ無機質に強弱を繰り返し、何かを描いているわけではなかったのに……


使い慣れたヘッドホンから流れてくる声は、脳内にその物語を再現した。

高鳴る鼓動に紛れて僕の中から溢れかえってくる音は、耳元を通り過ぎる音とは全く違う。

だけど、僕の脳には正しい場面を描く事が出来る。


(この人は、僕の物語を知っている)


ずっと閉じていたドアを開け、とりあえず僕を心配してくれている彼にこの詩のメロディーを変える事だけを伝えた。

すると、目を見開いたまま固まっていたから……

そのまま何も言わない彼は放っておいて、まだ聞いてもいない他の人の音楽は全部返した。


……


「これ作った人に会いたいんだけど?」


僕の提案は、彼をとても不安そうな表情にした。


「ダメだよ。言ったらゴーストライターなんだ。契約にも細心の注意を払ったし、こっちから会いたいなんて言ったら元も子もないだろ?それに……もう発売して何万人もがお前の曲だと思って聞いているんだから、そんな危険な事はしないでくれよ?」


出来上がったその歌を奏でるのはとても気持ちが良かった。

僕の全身をやっと全部使う事が出来た。

一つの詰まりもなく物語の全てを表現できた気がしている……


だからこれを世の中に出したら、きっと彼女も僕との運命に気が付くと思った。


たとえ自分の作ったメロディーで無くなっていたとしても、僕たちには同じ物語が見えている事に気が付くだろうと。


でも彼女の姿を僕はまだ知らないままだった。


「僕の運命の人なんだ」

「まだそんな事言ってるのか?お前の感性は素晴らしいと思うけど……」


「それに、メロディーを作ったのは僕だ。あの詩だって僕の中にあるものだった」


「お前の歌を聴いている多くは凡人なんだ。お前の側にいる凡人の俺に理解できない理屈は、他の誰にも理解できない。俺たちは普通の人に聴いてもらって生計を立ててるんだから、普通の常識に乗っかってくれよ?」

「意味が分からない」

「あぁ……俺にも何を言ってるか良くわからないよ」

「じゃあ彼女の名前だけでも?」

「絶対にダメだ。お前がまた曲が書けるようになってくれて、やっと安心できたのに。また不安にさせないでくれ……」


彼はそれ以上の僕との会話を拒み、僕は彼女の名前すら知る事が出来なかった。


…………

……


特に約束をしていたわけでは無かったけれど、何となく彼の元へ向かう。


こんな昼間に外出するのなんて久し振りで、世の中の人がもう半袖で出かけているなんて知らなかったから、肘の下まである丈が暑苦しかった。


少し不快感を抱きながらも、何故だか僕の歩みは目的地を目指したままだった。


そのドアの側で、小柄な女性が一人で話している。

オーバーサイズのTシャツに細身のGパン姿の彼女は、勧誘にしてはラフすぎる格好だし、客人であれば彼がドアを開けて招き入れるのだろうけど……?

彼女が中に入れないまま僕は目的地に到着すると、マイク越しの彼の声は少し怒っていた。



「……何?もめてるの?」


彼の声に委縮したような彼女に思わず声を掛けると、彼女は初めて僕の存在に気が付いた様に振り返り……


知らない女の子が街で僕を見付けた時と同じで、目を見開きその手で口元を覆う。


僕のファンだと話すあの子たちと全く同じ仕草なのに……

僕にはあまりにも衝撃的過ぎた。


思わず僕も彼女と同じ様に口元をこの手で覆うと、一度世界の時が止まった。


「君が―――あの歌を作った人でしょ?」



言う事を聞かない喉元を必死で開くと、やっと出てきた声は擦れている。

開いたそこから込み上がってきたものが、右目の端から流れ出るのがわかった……

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