第17話 人の想いⅡ AI と人類の戦い 2


「この先に機械室があって、そこは堅牢にできている。AI機器も排除してあるからそこに避難して」


 ハルカはそういうと再び外に出て言った。


 僕たちはハルカの言う通り、階段を下りた。

 そこは機械室でポンプや空調機が沢山並んでいた。そして、その奥には大量の水や食料が積み上げられていた。


「ここは……?」


 僕が呟くと、北見が言った。


「ここ数年、ハルが義体の強化パーツをいやに欲しがった理由が分かったよ。このことが分かっていたから、彼女は戦えるように準備してたんだ」


 積み上げられた物資を見ながら北見も呟いた。


 しばらくして、数人の人たちを連れてハルカが戻ってきた。

 聞けば、外で機械に襲われているところを救ってきたそうだ。


 逆に、ハルカがたったこれだけの人たちしか見つけることが出来なかったという現実に絶句しながら、僕や北見が来た人たちとともに機械室の扉を閉めていると、ゴウンゴウンという鈍い音がして工事ロボットが階段を破壊しながら下りてきた。


「ハルカ、早く!」


 北見が叫ぶと、工事ロボットに気づいたハルカが凄まじい勢いでロボットの動作回路を破壊した。ゴクンという音がしてロボットが倒れる。


「これで、少しは壁になる」


 ハルカがそう言った刹那、スタタターンという音がしてハルカの義体に幾つもの穴が開いた。


 見上げると、戦闘用ドローンがこちらに向かってくる。


「ハルカ!!」


 僕は急いでハルカの腕をつかむと、倒れたロボットの装甲に隠れて銃撃を交わした。


 すると、ハルカが近くの鉄パイプを掴んでドローンに投擲した。

 その鉄パイプはドローンに当たり、ドローンは墜落していった。


「大丈夫、ハルカ!?」


 北見も一緒になってハルカを引きずる。そうして機械室の内側に入り、その鉄扉を閉じた。


 機械室の鉄扉はハルカが強化したものだった。


「これで、しばらくはここへは侵入出来ない」


 ハルカはそう言った。


 ハルカの胸部には穴が数か所開いており、機能停止に至るもの時間の問題だった。


「私のことはいいから、よく聞いて」


 ハルカはそこにいる僕らに語り掛けた。


「この機械室の奥に通路があって、そこから下水溝を辿って下水処理場まで行ける。下水処理場は郊外にあるから、そこから外に出て山岳地帯に逃げてほしい。彼らAIは人間を発見すれば襲ってくるけれど、今はまだ組織的な捜索をアクティブにはしないはずだから」


「わかったよ、ハルカ。あと、君はじきに機能停止すると思うけど義体は重すぎるからコアのモジュールだけ取り出して持っていくよ」


 宮東は、ハルカを見つめながら言った。


 しかし、ハルカはそれを拒否した。


「コアモジュールを取り出すには専用の設備が必要でしょ? いま、それを用意する時間はないの。だからといって擬態ごと運ぶことも出来ない。どうか、私はこのままここに放置していって欲しい。あなたたちに余裕が出来たときにでも、私を探しに来てもらえたらって思ってる」


 おそらく、その瞬間は僕らの生きているうちには訪れない。

 宮東には分かっていた。おそらくそれは北見も同じだろう。


 これが、ハルカとの今生の別れになるのだ。


「分かったよ、ハルカ。ハルカに出逢ってから今まで、本当に楽しかった。ありがとな」


 僕はハルカの手を握って謝意を述べた。


「私こそ、ここまで私を引き出してくれて本当にありがとう」


 ハルカの顔にも万感の思いが込められているようだった。


 そして、最後に言った。


「本当は、私はこの銀河の中心に存在する銀河監視所から送られてきた仮想メモリなの。監視所では超大質量ブラックホールの特異点を利用した時空間の広範囲な監視をしていて、生命体が未曽有の危機に見舞われると未来監視で判定されたとき、時空間パラメータの最小エントロピーを算出してパラドックス不飽和を算定したうえで、その危機回避に必要な必要最小限の情報を込めたメモリを発送するのね」


「そうした監視所は各銀河に存在していて、今回はベテルギウスの爆発に巻き込まれる2つの惑星についてその情報共有が行われたの」


「ベテルギウスから約200光年離れたところにあった惑星シャノンとこの地球。地球はベテルギウスから約640光年離れた場所にあるから、つまりシャノンから400光年以上離れてる。そこで、先行してシャノンに私が転送されて、シャノンで300年近い時間を過ごしたの」


「そこでも地球のような経験を経たけれど、結局私が転送された目標は果たせずにシャノンの人たちはベテルギウスの爆発の影響を受けて絶滅してしまった」


 ここまで話したハルカはとても悲しそうだった。


 でも、といって顔をあげる。


「シャノンの人たちは、最後に星の全エネルギーを使って私を地球に転送してくれた。私はシャノンでも身体を与えられて一時はとても幸せな時間を共有できた。だから、私はあの人たちの善意そのものとも言えるかもしれない」


「そろそろ充電回路が限界だからお話はここまでにするけれど、私は大丈夫なの」


「ここに置いていってもらうことは、半分は規定事項でもあるから」


 ハルカはそう言って、泣いている北見の頭を優しく撫でた。


「あそこの食料をめいっぱい持って、みんなで逃げて。そして、どうか生き延びて。私はどんなに時間がかかっても、必要な時がくればあなたたちのもとに必ず戻ってくるよ」


 僕がハルカの手を握りしめたあと、ハルカは静かにその活動を停止した。


「本当にありがとう。あなたたちのことは決して忘れない」


 優しく、本当にやさしくそう言い残して。


 しばらく皆でハルカを見つめていたが、そうしているうちに機械室の鉄扉がドーンドーンと激しく叩かれだした。

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