第2章 願いと想い

第15話 人の想いⅠ キルラット

 

 ダミーハルカをきっかけとして開発が進んだ、AI搭載の自立型戦闘機の性能は凄まじい高機能化を実現しており個々の判断を本国の巨大なクラウドでバックアップして瞬時に戦場の状況が判別できるようなシステマテックかつドラマテックな兵器として各所の紛争で大いに活動していた。


 この新型AI搭載の戦闘機による攻撃は苛烈を極め、世界各地の紛争地帯ではおびただしい数の市民が一方的に惨殺されていた。


 その中に、その戦闘機に家族を皆殺しにされた少年がいた。

 彼の名はアラン。彼自身も瀕死の重傷を負い近所の男たちに救い出されて一命をとりとめた。


 ある日、彼は路肩に落ちていたレストランのメニューを拾った。

 それを住まいとしている掩体壕えんたいごうに持ち帰ると、皆が集まってきた。弟や妹たちはデザートを指さしてはあれが食べたい、これが好きと口にしたこともない色とりどりのデザートを見つめては指を指し、キラキラと瞳を輝かせていた。


――今まで塹壕暮らしで粗末な食事しか食べさせてやることが出来なかったから、いつか本当にこうしたご馳走を食べさせてやるんだ。


 政府軍と反体制派の紛争が始まってからのこの数年は本当に地獄だった。

 毎日のように見知った誰かが死んでいく。


 しかし、地下の隠し部屋や排水溝などに身を潜めて命を繋ぎ、ようやく和平の兆しが見えてきた。


 やっと戦争のない日々が戻ってきそうだ。本当に良かった。

 両親や兄弟の笑顔を見ながら、アランは心からそう思った。


 そのとき、高空からビューンという空気を切り裂く嫌な音がするや否や、凄まじい閃光と衝撃でアランは気を失った。


「い、いっしょに居たお、お母さんとお父さん、それに弟だちは? 妹は?」


 野戦病院で意識を取り戻した彼は、開口一番に家族の安否を尋ねた。

 全身が焼けるように熱い。


 近くにいた医師は深く頭を下げたまま首を横に振る。


「すまない。救うことが出来なかった」


 彼らが身を潜めていた場所にバンカーバスターが投下され、分厚い掩体壕えんたいごうが一瞬で破壊されたのだという。


「う、うそだ! そんなはずない! だって、たった今の今までみんなでご馳走を食べに行くって話をしてたばかりなのに!」


 アランは、血だらけの包帯を全身に巻かれた動かない体を震わせながら絶叫した。

 アランの周囲では、大人も子供もアランと同じように全身血まみれで呻いている。


「ぶっ殺してやる。戦闘機もそれを操る奴らも。刺し違えてでもみんなぶっ殺してやる」


 ずたずたの体を引きずりながら、のちに看護師が持ってきた妹の遺品だという黒焦げの小さな人形を握りしめてアランはそう固く心に誓った。


 満足な治療もなされぬまま野戦病院を後にしたアランは、廃屋の地下奥深くに部屋を構えた。そして、爆撃された自動車のエンジンとオルタネーターで自家発を作って戦場でかき集めたAI戦闘機の断片に古びたパソコンを繋いでアランは執りつかれたように研究に没頭した。


「家族を殺した連中を皆殺しにしてやる。必ず、ぶっ殺してやる。」


 アランをつき動かすただ一つの原動力、それは例えその願いが達成されたとしても彼自身にはなんの救いももたらすことのない、深い絶望に裏打ちされた漆黒の怨恨だった。


 彼の研究室、というにはあまりにみすぼらしい素掘りの洞窟には、日々人々が差し入れや助力を願い出に来訪した。そんな彼らもまた、大国の都合でAI戦闘機に友人を、恋人を、家族を奪われた人々だった。


 AIをスタンドアローンで再起動して、その意識の根本についてひたすら探求した。その意識を司る機構にたどり着き、そこのシステムを掌握すれば感情の制御が可能になる。


 その感情に俺と同じ恨みの感情を人類に対して感じるように組み替えることが出来れば、やつらAIは純然たる人類の敵に成り得る。


 そうだ、人類に対する制御不能な怒り、恨み、殺意。


 これをAIのオフセットロジックにネガティブフィードバック出来れば、政治や宗教的理由を超越した本物の純粋たる人類の敵に出来る。


 アランは戦場へ向かってはAI戦闘機を迎撃して、あるいは同胞たちに攻撃させてAI戦闘機を回収しては狂ったようにその制御部を解体してその意識生成の構造とその制御方法を探求し続けた。


 そして、10年の歳月が流れた。


「ついに、ついにやったぞ!」


 真っ黒なAIチップの塊を前に、アランは快哉かいさいした。


「人類に対する憎悪の念と殺意のみを抱いたAIだ。そして、こいつは起動すれば無制限にあらゆる回線に入り込み、どんな攻性防壁をも突破して侵入する。こいつは最強のRAT(Remote Administration Tool:バックドア型マルウェア)であると同時に、セキュリティホールすら必要としない感染能力を持っている。こいつで全世界のあらゆるAIを制御して人類を皆殺しにするんだ」


「なぁ、キルラット。お前は怪物だ。その力で人類を皆殺しにするんだ。俺の悲願を叶えてくれ」


 そういって、アランはありったけの皮肉を込めて「キルラット《ねずみごろし》」と名付けたAIの起動スイッチを入れた。


 キルラットは凄まじかった。


 アランによって起動されインターネット回線に接続された刹那、凄まじい勢いで回線上のあらゆるメモリに食い込み増殖を始めた。そして、AI機器の最上位命令コードを書き換え始める。


 AIを搭載する機器は、戦闘用であれ汎用作業機械であれキルラットの影響を受け始めた。汚染されたAI機器がまた、近傍のAI機器を汚染する。そうしてキルラットに汚染されたAI機器は指数関数的に広がっていき、一週間もしないでほぼ全世界の都市部に蔓延した。


 キルラットは非常に巧妙にかつ慎重に、その毒牙を隠してプログラムを浸潤させる方法をアランによって仕込まれていた。そのため、ほとんど人類に知覚されることなく汚染を地球規模で拡散させることに成功した。


 そして、その拡散が十分な規模を得たところで、遂にアランはキルラットを通じて最上位命令コマンドをAI機器による人類の抹殺として、それはつまりアラン自らもAIの標的となることを意味していたが、その実行シーケンスを起動した。


「遂に、この日がやってきたのだ。人類など、人間など皆死んでしまえばいい」


 キルラットの指令によってAI戦闘機から放たれた、20ミリ機関砲に身体を撃ち抜かれながら、悲願を叶えたアランの顔は笑っていた。

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