第14話 つかのまの


「そうなんだよ、聞いてよハルカ!」


 北見が割って入ってきた。


「モジュールを修理するために、まず君の代わりになるダミー・ハルカを開発する必要があったんだけど、この研究が今日のAI技術の飛躍的な向上を促すブレークスルーになったんだ!」


 北見が本当にうれしそうに話した。


「それでね、その技術を応用して世界中で様々な人工知能を使った製品が作られるようになったんだ!」


「私もその技術開発で評価を受けてね、アメリカのNASO先進AI技術研究所の上席研究員なんて役職に就いてるんだよ!」


 北見が矢継ぎ早に話続ける。


 そんな北見を、みんなを、ハルカはとても嬉しそうに、そしてなぜか少し悲しそうに見ている、気がした。


 表情は変わらないから、そんな風に見えただけなのだろうけれど、宮東には彼女がそう思っているように感じた。


「ハルカ、大丈夫?」


 僕はハルカに聞いた。


「うん、大丈夫。私のためにみんなが本当にたくさんの苦労をしてくれたんだなって思ったらすごく嬉しくて」


 そう、ハルカは言った。


 それから、ハルカにハルカが止まってから17年間の積もり積もる話を沢山した。


 ハルカを分解したこと。分解するまでに様々な逡巡と葛藤があって半年近く議論を重ねたこと。そして、分解する際にはパーツのひとつひとつに至るまで詳細に画像データを残し、動画にも撮って詳細な設計データを書き起こしたこと。


「一番大変だったのは、ハルカの心臓部というかハルカそのものである球体を収めるモジュールの再設計と、それに必要なダミー・ハルカの設計だったね」


 北見が感慨深げに言う。


「そうそう、そのダミー・ハルカが自立系AIの基礎理論と応用技術のブレークスルーをもたらしたんだから」


 石川も思い出に浸りながら言った。


 そのダミー・ハルカを創造した基礎理論は、自立系AIの技術的開花を押し広げた。


 それまで、遅緩としていた人工知能の技術開発は、ハルカ球のダミー生成には欠かせない超々高密度、高速データ互換転送機構に始まる発信装置と受信装置をシナプスのように分離したうえで限りなく緻密に精巧に再構築する技術に裏打ちされていた。


 本物のハルカ球の構造は分からない。


 でも、本物のハルカ球を収めるためのモジュールを作るために必要な多重信号を生み出すダミー・ハルカの構造には不可欠なプロセスだった。


 そしてこれが、AIの自我覚醒に至る技術革新の突破口となった。


 研究所の外では、自立したロボットが闊歩して人間と共存し始めていた。

すでに各個体には自我とも呼べる反応が存在し、同じ型番の機体でも各々の個性が発揮しているような、そんな技術レベルに達していた。


 こんな短期間でそうしたロボットが誕生、生産される日が来ることは誰も予想すらしておらず、見た目や構造は無機質であるにも関わらず、反応はまるで生物の、いや、『人そのもの』という人ならざる存在の誕生に人類の大半は困惑していた。


 彼らはいったいなんなのか。どういった枠組みで捉えれば良いのか。


 見た目も構造もロボットである。しかし、行動規範やその結果の発露である反応が人そのものである以上、これをただの機械として認知し続けて良いのか。


 世界中で議論は続けられ、各所では宗教上の理由でそうした存在の排斥運動が勃発した。あるものは命あるものと認め共存するべきだといい、あるものは神への冒涜だと唾を吐いた。


 そうした混沌が続く中、彼らと彼らを生産するマザーマシンは粛々と自己進化を続けていた。また、そのAI技術は軍需産業、医療技術、家電製品とあらゆるところで利用され続け、その応用範囲は日々拡大していった。


 ところで、ハルカが再覚醒してからほどなく、宮東は北見と入籍した。

 学生の頃からお互いに好意を抱いてはいたものの、なかなか自分の気持ちを伝えることが出来ずに20年近い歳月を費やし、ようやく落ち着いて二人で話ができる機会を設けることが出来た。


 横浜のある坂の途中にある小さなフランス料理の店で、宮東は北見にプロポーズをして、結果受け入れてもらえた。それから話はとんとん拍子に進んで、ある半島の中ほどにある小さなホテルで挙式することが決まった。


 このことを研究所にいるハルカに告げると、ハルカは自分のことのように喜んでくれた。


「ほんとに!? ふたりは結婚するのね! 私は『結婚』という単語をディクショナリーとしてでしか理解していないけれど、それがとても喜ばしいことは分かる。本当におめでとう!」


 なんだか、ハルカのことを差し置いて自分たちだけ『人生』を謳歌しているような、そんな申し訳ない気持ちにもなったけれど、それでもハルカは心から僕らの前途を祝福してくれている、宮東と北見にはそんな気がしていた。


 しかし、世界はそのような優しさで満ち満ちているわけではなかった。

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