第13話 ハルカの目覚め

「いよいよだな」


 北見が万感の思いを吐露する。


「この日のために、死に物狂いで研究に没頭してきた。いや、研究に没頭できる環境を与えてもらったという言い方が正しいかな。しかし、でも、本当に長かった」


 一辺が8㎜四方ほどの小さなモジュールを見つめながら石川も言う。


「今日を迎えられるとは正直思わなかったよ」


「ほんとにそうだ。長かった」


 宮東も、これまでの道程に思いを馳せながら改めて思う。


「この球を、ハルカの素を転送してくれた人、それを見つけて拾った人、そしてその球に意味を見出して人知れず人生を研究に懸けた人。このめぐり逢いには本当に感謝しかない」


 厳重に管理された保管庫の中から小さな箱を持って北見がやってきた。

 小箱の蓋を開けるとさらに小さな玉虫色の玉が現れる。


「久しぶり、ハルカ」


 思わず皆が声をかけた。


「さぁ、はじめるぞ」


 北見が皆に声をかける。


 机に置かれた実体顕微鏡にセットされたメカニカルステージの上に、先ほどのモジュールが固定されている。


 宮東は、慎重にピンセットでハルカだった球をやさしく摘まみ上げた。

 そして、接眼レンズの向こう側でその球をモジュールのプラグへとセットした。


 チチチッと小さな音がして無数の針が球を包み込んでいく。

 そして、球をプラグにセットした約一秒後にはカチン、とモジュールのはこが閉じた。


「ふう、できた」


 変な汗をかいた宮東の額を、北見が拭いてくれる。


「お疲れさま。さぁさぁ、こんどはこいつを回路に組み込むよ!」


 そういいながら、北見が小躍りしている。


「回路は昔使ってたものの改良版だし、なにより汎用技術の塊だからあとはこのモジュールがうまく球からハルカを引っ張り出してくれたら絶対に成功するよ」


 石川も感慨深げに言う。


「そのために、こんな高機能のハルカ専用義体を作り上げてきたんですから」


 研究の途中からプロジェクトに参加した、大学で同じゼミだった後輩の磯崎優斗と相沢奈々も言った。


 彼らの前には白銀の少女、を模した高機能な義体が眠るように座っていた。

 磯崎が後頭部に触れると、カシャっと音がしてパッと見はCPUソケットのような基盤が飛び出してきた。


「こいつがソケットもどきのゲテモノですよね」


 感慨深そうに相沢が言う。


「宮東君が、既存のCPUソケットじゃピンの数が足りないからってんで、非接触の多重ソケットを作ろうなんて言い出すから」


 北見も思い出し笑いをした。


「基盤とモジュールの接続面は二次元構成なのに、情報のやり取りは四次元を想定したインターフェースなんて、信号の重畳と相互作用の複雑さを考慮したらふつうはやめとくよね」


 石川も呆れたように笑う。


「でも、それをやってのけるんですからさすがというか、なんというか」


 相沢も笑いながら言う。


「褒めてくれてありがとう」


 と、宮東はエスコートポーズを取りながら言った。


 ハルカを収めたモジュールをやさしくそのソケットに収める。

 ふわっとした感触があって、モジュールが基板に固定される。


「さぁ、いよいよだ」


 北見が言う。


「それじゃ、電源を投入します」


 生唾を飲みながら、磯崎が電源スイッチをONにした。


 キーンという高い音がして、がくんと義体が揺れた。

 と、義体がゆっくりと顔を上げる。人工虹彩がゆっくりと起動して瞳孔が絞られていくのが分かる。


「たのむ、ハルカ。戻ってきてくれ!」


 北見が叫んだ。


 義体の頭がゆっくりと動きだし、周囲を見渡す。


 と、義体に表情を変える機能は搭載していないが、彼女が優しくほほえんだ、ように見えた。


「お久しぶり、みんな」


 ハルカが声をあげた。


「今は何年何月何日ですか? ここはどこですか? みんな、少し外見が変化しましたね」


 ハルカが皆に話しかけた。


 20年以上前、はじめてハルカと会話をした光景が鮮明に脳裏に浮かぶ。


「やったー!! やっと、やっとウチらの技術がハルカに届いた! お帰り、ハルカ!!」


 北見がハルカに抱き着いて号泣した。


 石川もその光景を満足そうに見ている。


「ほんとに時間かかったなぁ。でも、やってきて、諦めないで本当に良かった」


 磯崎も相沢も直立不動でじっとハルカを見ていた。


「そうか、君らはハルカが動いてるところを見るのは初めてなんだよな」


 宮東が2人に声を掛けた。


「あ、はい。その、ハルカさんが動いてるの、動画以外で見たことなかったので」


 磯崎がハルカをじっと見つめながら答えた。


「でもでも、本当によかったです」


 ハルカに抱き着いたまま号泣している北見を見て、もらい泣きしていた相沢も頷きながらそう答えた。


 僕は北見を落ち着かせて、改めてハルカに話かけた。


「お久しぶり、ハルカ。意識の無かった君にとっては一瞬の時間だったかもだけど」


「ほんとね。私が外界と繋がる唯一の手段だったモジュールが破損してから17年が経っていたなんて」


 ハルカは憂いを帯びた目つきで僕を見た。


「それでも、このモジュールを完成させてくれて本当にありがとう。そして、本当に長い間お疲れさまでした」


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