第11話 バッド・ブレイクスルー1
ある時、いつものようにボロアパートに集まってワイワイやっていると、ハルカが沈黙していることに気づいた。
「どうした、ハルハル?」
北見がハルカの顔をのぞき込むが、うんともすんとも言わなくなっていた。
「こりゃ、どっか壊れたんかもしれんな」
北見が言う。
「ちょっと色々試してみるよ」
石川もわらわらとコネクタを接続して自己診断ツールの立ち上げを始めた。
たぶん、故障だろう。でも、汎用パーツならなんとかなるけど、あの水晶発振器もどきが原因だったらヤベーぞ、などと焦る気持ちを誤魔化す様に皆が軽口を叩く。
が、宮東は内心嫌な予感がしてたまらない。
――そうだ、何年も前だけどハルカを拾った時の自転車の荷物の中に何か資料はないか?
「なんで忘れてた、おれ!」
ちょっと家に戻る。そう言って、宮東はひとり雨の中を飛び出した。
数年ぶりに引っ張り出したあの時の自転車とその荷物。引き取ったときに一度だけひっくり返してみたことがあるけれど、意味の分からない文章が羅列してある汚いノートがあるくらいで目ぼしい資料はなにひとつ無かったはずだ。だけど、もう一度見てみよう。
そう思い直して改めて荷物を広げてみる。真っ黒に煤けた鍋にヤカン、それからコンロにカリカリに乾燥した干物……これはカマスか? ついでに汗で醤油色に染まったタオルや下着に交じって小さなブリキの箱が出てきた。
こんなのあったっけ? そう思って錆びて動かなくなったそのブリキの箱の蓋をこじ開けると、中にティッシュにくるまれた小さなUSBメモリが入っていた。
他には、特に資料と思しきものは見つけられない。
とりあえず、そのUSBメモリを持って宮東はアパートに引き返した。
アパートでは相変わらず、わらわらと北見や石川がモニタや計測器を睨んで唸っている。
「ちょっと、このUSBメモリを確認してくれないか?」
そう言って石川にUSBを手渡す。
そのUSBメモリには、ワードの文章がいくつかとPDFが保存されていた。
ワード文章のひとつには、ハルカの元(原動力)となっている小さな球体を手に入れてからこれまでの簡単な経緯が掛かれていた。
また、球体から情報を出力するためのシステムのことや、その為に必要な技術、知識についてこと細かく記述された論文形式の文章もあった。
「これって、あの水晶発振器もどきについての情報じゃん!」
図面が描かれたPDFを見つめながら、北見が嬉しそうに叫ぶ。
「ハルカが活動停止に陥った原因はまだ分からないけど、これならあの水晶発振器もどきについての知見を深めることが出来る。」
石川も嬉しそうだ。
――しかし、なんだってこんな重要な情報が収められているUSBメモリの存在に気付かなかったんだろう? というか、そうしたものがあるかもと思わなかったんだろう?
宮東はそう考えて、ふと思う。
――そうか。今までが信じられないくらいに順調だったから、必要なかったんだな
たぶん、ハルカの高度な機能を生み出しているのはあの水晶発振器もどきの中にある球体だ。だから、いくらモジュールを調べても、あの球体を調べない限りハルカの機能生成アルゴリズムを理解することは不可能だろう。
USBメモリの中をいくら探しても、その水晶発振器もどきの中に納まってるという球体についての技術的な記述は存在しなかった。
そのメモリの中にある膨大な情報を読み解いていくなかでひたすら感じるのは、いくら探求のための努力を費やしても決してその謎には手が届かないだろうという、モジュールを製作した彼の、技術者としての深い深い絶望感だった。
おそらく彼も、この球体が現代人類が理解できないものであろうことは容易に推測できたのであろう。ゆえ、早い段階で球体自体の謎に迫るより、まずは球体から情報を引き出すためのアプローチへと目的をシフトしたのだ。
ひとりUSBメモリのデータ群と向き合っていると、そうした彼の煩悶や逡巡が手に取るように分かった。
そして、最後には研究費用や生活費にすら事欠くありさまとなり、這う這うの体であの堤防にやってきたのだろう。
それでも、彼が、『彼女』を、ハルカを諦めなかったから僕らは彼女と出会えたんだ。
宮東は、目的だった球体のことが分からなかったことは少し残念だったけれど、しかし改めてハルカについて知ることが出来る機会を与えられてなんだか嬉しかった。
「おいおい、センチに浸ってたってハルハルは動かねぇぞ!」
そう北見に言われて目を覚ます。
――そうだ、感傷に浸っている場合じゃない。
どうしたらあのモジュールを再起動させることができるんだ――
宮東たちは、改めて技術的視点で資料と向き合った。
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