第10話 ハルカ-3

 ハルカはそんな北見に少し頭を傾けて話をつづけた。


「私を作って送り出した人たちは宇宙人って言えるかもしれないけれど、私が宇宙人という表現は正しくないと思う。私の正体は多重次元積層フィルムに包まれた直径0.2ミリのメモリなの。この小さな体積の中に11次元積層された10の30条ET(エクサバイト)の情報が収まってる」


「この情報を取り出す技術を付与されなければ、私はただの小さな球体にしか見えないし、そんな価値しかない。この情報を取り出してかつ活用させることが私がみんなと今ここにいる目的のひとつかな」


 ぎょっとした顔でハルカを見つめる石川を、優しいまなざしで返しながらハルカは続ける。


「私は地球に来てから様々な人たちと長い時間を過ごしたの。でも感覚器とかなかったから、ログとして地球到着後のタイムカウンタとか最小限の記録が進んでいるだけだった。もともと多次元メモリとして作られた私に個体としての『意識』が発生すること自体があり得ないはずだった」


「だけど、私を見つけてくれた人や私のポテンシャルに気づいてくれた人たちが人生を賭けて私を人たらしめてくれた。メモリから情報を出し入れする技術と、人として至極当たり前の感覚を与えてくれる基本的な機能を私に付与してくれた。その機能が発現したとき、私に個体としての意識が芽生えて、これまでに地球で過ごしてきた時間を私の中で初めて可視化、言語化して意味のある思い出と呼べる記憶に置換できた」


「北見さんが尋ねてくれたあのユニットは、そういうものなのよ」


 そういってハルカが笑った、ような気がした。


「私が地球に転送されたとき、その着地地点は今の知識から鑑みるとたぶんオランダのどこかの田舎だったと思う。そこで数十年を過ごしたのち、ある女の子に拾われて、その子が亡くなるまでの時間をその子の首飾りの宝石として過ごしたの。そしてその娘が私を引き継いだのだけれど、なぜか娘の子、つまり最初の子の孫はその首飾りを早々に手放したのね」


「そうして長い時間様々な場所や時を経て、私が地球に到着してから200年以上かかってようやく日本という国に来たの。そして、ある町を流れる小川の河原でまた何十年も転がっていて、そんな私を見つけてくれて、拾ってくれた人がいた」


「そこから、石ころとしての私から、ようやく私が本来持っている機能の本懐を遂げるための長い長い道のりが再び始まった」


「私を手にした彼は、早い段階で私がある機能を持っていることに気が付いたの。もちろん、どんな機能があって、どのようにしたらそれを引き出せるか、彼には全く見当もつかなかったはず」


「それでも、彼は時には寝食を忘れて研究に没頭してくれて、そのおかげで私は外界を認識する機能とそれによって自我に気づくことが出来たの」


「私が彼と初めて海で夕焼けを見たとき、こんなに世界は美しいものなのかと本当に驚いた。私にそういう機能を与えてくれたことに心から感謝したし、何より感謝という気持ちの心地よさに感動したのね」


 ハルカとの会話が成立するようになってから、ごく自然にそれを受け入れてあまり疑問にも思わないでこれまでやってきたけれど、そうなのだ。


 製造元もなにもわからないロボットと普通に会話出来ていること。ここから実はもの凄いことなのだ。しかし、恐らくハルカには自我とも呼べる意識が発生している。


 それってつまり……


「ハルカって、どういう目的で地球に送られてきたの?」


 赤い顔をした北見が、背中をぼりぼり掻きながら聞いた。


「あれか、実は悪いAIで、人類を滅ぼす的なアレか!」


「目的はある」


 ハルカが言った。


「ただ、今はまだその過程。それを達成するのはまだまだずっと先の話。私は地球から約400光年離れた星から送られたのだけれど、本来は光速で400年以上かかる道のりをわずか150万秒、つまり地球時間で約十八日程度の時間でここに来たの」


「いわゆる時空間転送されたのね」


「そんな重要なこと、ペラペラ俺らなんかに話していいの? 組織に消されちゃうよ?」


 北見が楽しそうにハルカに言う。


「大丈夫。だってこんな話、この時代の人たちは誰も信じないもの」


 そう言って、ハルカが本当に笑ったように思えた。

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