第9話 ハルカ-2
宮東たちは、よく分からないものに対する畏怖の気持ちもあるにはあったが彼女とのやり取りや仲間との共同作業がとても楽しくて毎日時間を見つけては夢中で作業を続けた。
そして、ある程度身体機能が充実してくると、彼女は皆とよく出かけることを好むようになった。
公園に連れていけば野良猫と戯れる。川の流れる音が好き、風の吹く音が好き。人間の営みを見つめているのが大好き。彼女はそう言った。
見た目はロボットの女の子が、髪を風になびかせて遠い景色を眺めている。そんな光景を見ながら、片手にジンジャエールの缶を握った北見が言った。
「ハルカを動かしてるモジュールさ、たぶんこの時代のものじゃないと思うんだ。正直、あんなふうに完璧に姿勢制御をこなして感情を込めた応答をする技術は聞いたことないよ」
宮東もハルカと一緒にいて薄々感じていた。
――異常なまでの高機能を実現しているあのモジュール、あれはいったい誰が作ったのだろう。そして、彼女はどうしてこんなところにいるのだろう。
そんな怪訝を吹き飛ばすような彼女や彼女とのやり取りを心から楽しんでいる北見、石川たちの笑顔を見ていると、そんなことより今を大切にしたいと思うのだった。
それから数年が経って、皆高校を卒業して思い思いの進路へと進んだ。
石川は地元の企業に、北見は私立の工業大学に。
宮東も本当は就職するつもりだったのだけれど、ハルカに出会い、ハルカのために沢山の知識を得たことで、もっとロボット工学や様々な勉強をしてみたいと思うようになって地元の大学を受験した。
そのころには、ハルカの機体も相当の状態になっており、歩行はもちろん、走ったり座ったり、野原の花を摘んだりすることなどはごく普通にこなせるまでになっていた。
もちろん、メンテナンスや各種のアップデートにも余念がなく、ハルカの為に皆で費用を出し合って借りたおんぼろアパートに頻繁に集合してはお互いの近況を報告し合いつつ、ハルカの機体を強化していった。
特に、北見は大学で言語野を中心とした研究をしており、全身麻痺などで意思の疎通が出来ない患者などに対して直接脳波などから言語を導き出すシステムの開発などに没頭していたこともあって、今の技術では引き出せないハルカのスペックをより効率的に引き出すための研究も並行して行っていた。
「まずは、もっともっとみんなとたくさんお話しできるようになりたい」
というハルカ自身の要望もあって、会話機能を中心にずんずんスペックが向上していった。
「もう、ここまで高速かつ滑らかに会話できるようになると、目をつぶったらロボットと会話してるなんて誰も思わないよね」
そう言って、北見はいつものように酒で赤くなった顔を向けながら感慨に浸っている。
「たしかに。でもさ、俺らがやったことっていえば聞き取り機能と発声機能の強化くらいなんだよな。入出力データを処理してるプロセッサ? か分かんないけど、それに関してはハルカのポテンシャルまんまで未だによくわかんねーもんな」
石川もモニタに張り付きながらそうぼやく。
「そうなんだよなぁ。絶対、あの水晶発振器みたいなやつがそれなんだよ。あれがどういうメカニズムなのかさっぱりだけどさ」
宮東も、そうつぶやきながら染みだらけの天井を見上げた。
――そうなのだ、このハルカの異常な身体能力や言語機能の原動力はあの処理能力の高さにこそあるのだ。おそらく我々の推測通り、あの水晶発振器のようなユニットに秘密がある。
前の持ち主、堤防で行き倒れていた翔という人、あの人がもしかしたら何か知っているかもしれない。そう思って意を決し、そのユニットの写真を見せながらハルカに聞いてみた。
「ねぇ、ハルカさ、キミの機体に組んであるこのユニットなんだけど、もしかして前の持ち主だった翔って人が作ったの?」
「そう。あの人が、私のポテンシャル発現に至る機能を付与してくれた最初の人」
ふっとエメラルド色の瞳をこちらに向けて、ハルカが答えた。
「でも、そのずっとずっと前から、色々な人たちが私を見つけてくれたの。この星、地球時間で450年くらい前からね」
「え!?」
皆が驚いてハルカを見た。
「私が地球に届いたのは、西暦に照らし合わせると恐らく1500年代後半頃のことだと思うの。私はある星から送られてきた、あなたたちの言葉で表現するならパラドックスギフトってところかな」
「ちょ、ちょっとまって。ハルカが宇宙人だってこと!?」
北見が、わざと驚いたような声を出す。
ハルカは、そんな北見に少し頭を傾けて話をつづけた。
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