第8話 ハルカ-1

 元の持ち主はいったいこれで何をしていたのだろう?――


 怪訝そうな顔をしている宮東を見て、北見がにやりと言った。


「いずれにしてもサウンドセンサーモジュールはそのまま交換できるから、もう一度組み上げ直して電源ONしてみるんだな。そうすりゃ、なんか分かるかも」


 そんな会話をしながらも、北見は手を休めずに作業を進めてモジュールを交換や電源電圧の調整を念入りにしたところで、電池を入れてスイッチをONしてみた。


 キューンという高周波な音が聞こえて……何も起こらない。やっぱり無理か、と少しがっかりしていると、


「そんな時はコレコレ!」


 といって北見が某万能ロボットの物マネをしながら基盤にスプレーをぶっかけた。


「接点復活スプレー!」


 と、小刻みにコクンコクンと人形の首が動き出した。


「おぉ! やった!」


 高揚した声で北見が人形に話しかける。


「あー! あー! こんにちは! こんにちは!!」


 声を掛けると、ゆっくりと人形の顔が僕の方を向いた。

 虹色の目がじっとこちらを見つめている。


「なんだ、かわいいな!」


 不謹慎ながら、そして人形に向かって思わず声を上げる。

 いつもの頭の悪さが恨めしい。


 そうしているうちに、少し間をおいて人形が周囲を見渡して、机のパソコンに目をやった。キーンという高い音がして、OFFだったパソコンが起動する。


「なんだ、同期させたのか!?」


 北見が楽しそうな顔をする。

 Bluetooth? いやいや、えぇ? などと宮東が驚愕しつつもパソコンの画面を見つめていると、テキストエディタが起動して文字が入力されだした。


「英文じゃねーか!」


 と叫びながら、北見がカチャカチャと翻訳アプリを立ち上げていく。


「この人形、なんか出してんな。これきっとこいつが書き込んでんだ。wifiかBluetoothなんだか分かんねーけどさ。つかこのままじゃ何書いてあるか分かんねーから、テキストから一度こっちのノートに自動で書き起こして翻訳ソフトで読んでくべ」


 とEnterキーをポンと押すと翻訳ソフトのページに日本語が表れだした。


「今は何年何月何日ですか? ここはどこですか? あなたたちの名前を教えて下さい」


 おぉ! と思わず声が上がる。


「すげぇよ、ホントに応答してる!」


 北見が感嘆しながら、翻訳ソフトで英文化した文字をテキストエディタに書き込んでいく。


「2020年12月8日、神茄川県縦浜市夕日区っと。名前は、北見、宮東っと」


 再び人形がこちらを向いて、じっと視線を合わせてくる。


「……どうしたの?」


 その不思議な挙動に北見と顔を合わせると、人形が少し顔を傾ける。


「マジでかわいいな!」


 ちょっと頭の弱いところがある宮東は、心からそう思った。


 しばらくPC越しに人形と会話したなかで、少し分かったことがあった。

 それはセンサーモジュールでこちらの言葉は音声として認識できていること、逆に発声して返すための機能が破損しているためにテキストへ書き込んでいること、彼女は相当長い時間覚醒していたこと、そのために言語は実用レベルで習得していること。


 色々と会話を交わす中で重要なことを聞いてみた。


「君の名前は? どこから来たの? 誰に作ってもらったの?」


 少しだけ間を置いて、彼女は答える。


「こちらの言葉で表現するなら、私はknotみたいなもの。作られたのはずっと昔。」


「ノット?」


 北見が首をかしげる。


「ノットって?」


 かちゃかちゃとネット検索して不思議な顔をする。


「……結び目?」


「そう。わたしは、時空を超えて結ばれた糸の結び目みたなものなの」


 そう言って人形が窓に目をやる。


「それがわたしの役目。そのためにわたしは生み出された。遠い遠い所から来たの」


 そう呟く人形が、少し寂しそうに見えた。


――彼女はいったいどこからやってきたのだろう。


 彼女を作った人はどんな想いを込めて彼女を生み出したのだろう――


 そんなセンチメンタルな気持ちになったとき、北見も呟いた。


「テキスト翻訳めんどくせえな!」


 僕らは彼女に発声機能を付与してやることにして、その日は解散となった。


 それから電気街やネットを駆使して色々と機材を買い込み、石川にも話をしてその人形にどんどんと詰め込んでいった。発声機能に二足歩行機能。四足にサーボモータを組み込んでやってその制御プログラムを書き込んだICを接続する。


 本当によく分からないのだが、水晶発振器に似た素子から指令コマンドが送信されているのか、苦も無くどんどんと組んでいくことが出来る。彼女の意のままに体を動かすことが出来るようになっていく。


 途中からは彼女が欲しいパーツを具体的に指示するようになっていた。

 勿論、いぶかしげな気もしていたがとにかく組み上げて意思の疎通が出来るようになってから改めて詳しく身上を聞こうぜ、という暗黙の了解のもと、彼女の体はそれっぽくなっていった。


「ここまでしてもらってなんだけれど、ハード的なインタフェースはあまり重要じゃなくて、私のメモリに書き込まれたコードがとても重要なの。今はまだそれを実行できないのだけれど。」


 などと話す人形を横目に、そのボディに色々と細工を施していく。


「イメージはBON君。でもこれは女の子設定♪」


「まぁ正直、趣味だよね?」


 などと言いながら、北見もうれしそうに服を着せている。


「そもそも、人形が女の子かどうかも分からんじゃん。でも、女の子であることがあたしらには重要なのよ。まぁ、一応こういうのが通過儀礼ってことでさ」


「てかさ、マンドレールって呼びにくくね? 遥か遠くから来たんなら、『ハルカ』でよくね?」


 北見がそう言うと、ハルカが驚いたように北見の方へコクンと顔を向けた。


「な、なに?」


「なんでもないの」


 そういってハルカが微笑んだ、ような気がした。

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