第4話 石の話-3


 これも後に分かることだが、基本的には特定の強度と角速度をもつ磁界及び特定の周波数の電磁波を決められた座標へ決められた順序と回数で打ち込むことにより、それが『石』に施されたDDSコーティングのシリンダ開錠を促すことになる。


 ただし、その方法は常に流動しており開錠を行うための手順をにその都度決定する。つまり、シリンダの開錠を開始する時点では開錠方法が確立しておらず、開錠後に開錠条件が成立するという効果域時空超越理論を応用した不確定性原理を利用した、非常に難解な開錠方法をとっていた。


 これは、時空間転送の際に与えられることが予想される膨大な『開錠の可能性』を上回る『開錠条件不成立』を作り出し、かつ開錠の手段(指向性を持つ高い可能性)を付与するための苦肉の策であり、開錠者が開錠を試みようとした瞬間、その時点までは定まっていない開錠条件を「時空を超えてあらかじめ確立しておく」必要があったのだ。


 などという、小難しい仕組みが『石』に施されているなどとはつゆ知らず、啓志と翔の2人はこの石の不思議を解き明かすために人生を費やすこととなる。


 父親のいない翔にとって、沢山のことを教えてくれて自分が見たこともない世界を見せてくれる啓志が憧れであり大好きなおじちゃんであった。だから暇さえあれば啓志の部屋に遊びに来ていた。


 ところで、啓志は大学を卒業後に小さなベンチャー企業の研究者として、主にFPGAなどを使ったインテグレーション技術の包括的な開発を生業に、石の研究を細々と続けていた。


 結婚もせず家族も作らず、ただ黙々と仕事と石の研究に没頭する日々を数十年過ごした。孤独であったかと問われれば、見方によればそうかも知れないが、夢を追う啓志の傍らにはいつも会話機能を持たせた人形が居た。見た目はいわゆるオールビスクドールであり、知人のドール作家に自分好みにアレンジして製作してもらったお気に入りの人形だった。


 それに会話に特化した機能を搭載させ、手足を動かすことは出来ないが日常会話なら難なくこなすよう組み上げた。そして、その原動力となっているのがあの『石』だったのだ。


 『石』にはコネクタなどのインターフェースと成り得るべきものが一切ない。

 ゆえ、『石』から非接触で信号を授受する受容体ともいうべき機能の開発が必須となった。また、この『石』の信号は非常に多岐かつ高速で、当時最新のICを遥かの凌駕する処理能力を有していた。ように思われた。


 というのも、この『石』からの信号をやり取りするために独自に開発した非接触超高感度デバイスNCUSD (Non-Contact Ultra-Sensitive Device) に『石』を装着してシステムに組み込むと、それがどのようなものであっても柔軟に適合して、目的遂行に必要な信号を発信することが出来たのだ。


 NCUSDを介して送られてくる『石』からの、数百万種を優に超える多彩な信号を日々記録しているうちに、いつしか啓志はこの丸い『石』を、球のカタチをした機械、「球機」と呼ぶようになっていた。


 『球機』には何かとてつもないポテンシャルが秘められている。そう感じる日々が続く。


 しかし、そのポテンシャルを引き出すための技術、知識がまるで足りなかった。それならば学会などで発表し共同研究者を呼集すればよいではないかと言われそうだが、啓志はそれをしなかった。なぜなら、啓志の直感がこの『球機』の異常なポテンシャルが悪用される可能性が非常に高いと訴えていたからに他ならない。


 この極小の球から発信される、異常な量の信号を生み出している凄まじい高精度の技術は、応用によっては如何なる無人兵器をも産み出すチカラがあるように啓志には感じられた。


 思い出してみて欲しい。

 アインシュタインの特殊相対性理論によって導かれた、「エネルギーと質量とは等価である」とする崇高で美しい理論を人類が最初に実用化したものはなんであったかを。


 そう、原爆だ。


 原子力を動力や発電として利用するより遥かに早く、人類はそのチカラをまず兵器に利用した。残念ながら、まだ我々の精神レベルはそういう段階にあるのだ。


 ゆえ、啓志はその『球機』の持つ異常なポテンシャルの高さを一切口外することなく、ただ独りで『球機』のメカニズムの探求に生涯を捧げた。


 そして、齢50も過ぎたころ、近所でも変人で知られ奇異の目で見られていた啓志のもとに一人の少年がやってくるようになる。それが、翔であった。

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