第3話 石の話-2


「さぁ、ひと仕事終えたらデータ整理でもしますかぁ」


 帰宅後、啓志はそんな独り言を呟きながら、洗濯物をしまい込んで夕食のどんぶりをレンジでチンした。


 どんぶり、と言っても炊き立てのご飯に煮干し粉と七味をベースに様々な具を混ぜたものをラップで丸めて冷凍庫に放り込み、これをレンジに投げ込む前にどんぶりに入れていたから便宜的に『どんぶり』と呼んでいたものだったが、この無機質でコンビニエントな食べ方が自分にはお似合いのような気がして好きだった。


 そのどんぶりを発泡酒で流し込みながら、改めてもらった『石』を眺めてみる。


 深い虹色、というか反射光ではなく自ら発光しているような不思議な色合いで、しっかりとつまんでいるはずなのに、なんだかつまんでいる感触がまるでない。


 いうなれば、その石はそこに在るのではなく、あるように見えているかの如く可視光が歪んでいる。あるいは実在しているが指には触れておらず、つまもうとしている指と指の間を浮遊しているような、そんな不思議な感覚に陥った。


「本当に不思議な石だなぁ」


 アルコールの回った頭でふわふわとそう思いつつ、はたと布団に倒れ込んだ。


 その後、その石が保管されているケースをラジオの近くに置くと、ノイズで音声が聞き取れなくなることが分かった。


 というのは、たまたま手作りラジオの動作確認をしていて気づいたのだけれど、お気に入りの番組を聞きながらチューニングをしていたら、机に飾っていたケースが落ちてきた。


 その瞬間、ノイズで音声がまったく拾えなくなったのだ。


「???」


 最初は原因が分からなかったけれど、検証を繰り返すうちにそのケースに収められた石から、なにか一定のリズムで電磁波と思しきものが放射されていて、それがラジオ電波に干渉しているようだと分かった。


 だが、よくわからないので休み明けに大学の研究室に持ち込み、仲間たちと一緒に調べてみることにした。


 何かが放射されていることは分かるのに、どんなプローブを使ってもオシロスコープやアナライザといった類の計測器ではそれを計測することが出来ず、また、サンプルとして資料を削り取ろうとしても、その丸い石は研究室のあらゆる刃物をはね返して傷一つつけることが出来なかった。


「まぁ、そのうち分かるんじゃない?」


 教授に尋ねてみても、多忙を極める身であることに加えて出来の悪い生徒からの質問というバイアスもあってなのか、あまり興味がないようでそっけない返事が返ってくるばかりだった。


「私を割る? うーん、難しいかな。だって、表面はDDS(Different Dimension Shield)コーティングが施されているからね。シリンダを開錠しないで、切るとか割るとか物理的なアプローチでアクセスしようとするのは難しいと思う。球の中身は、現代の人類でも概要の理解は出来得るレベルの汎用技術だけれど」


 などと後世の人々が指摘されるのはずっとずっと後になってからで、もちろん啓志はそれを知らぬまま世を去ることになのだけれど、それならそうと汎用的な方法で閲覧できる手段または不可能だと知らしめる取説でもチュートリアルとして添えておいて欲しいと心から思うよ。



◇◇◇



しょうをここに呼んでほしい」


 謎の丸い石を譲り受けてから数十年後、啓志は病床から最期の言葉を伝えるために近所に住んでいた青年を呼んだ。啓志はその青年に、あの小さな石の研究を引き継ぐことにしていた。


 翔は、とても貧しい家庭に育った子だったがいつも親兄弟の面倒を見ている心根の優しい少年で、啓志の荒唐無稽な話を真剣に聞いてくれ、研究も沢山手伝ってくれた。


 石については片手間的ではあったけれど長年研究を続け、表面的なアプローチから更に踏み込んだ研究へ移行しようとしたまさにその時、啓志は病にしてしまったのだ。


 まだまだやりたいことは沢山あったけれど、自分の余命を悟り、彼に最後の引継ぎを行おうと啓志は決意した。


――重荷には違いないが、どうしてもやり切って欲しい。


 本当に自分勝手な思いだが、啓志はその気持ちを抑えることが出来なかった。

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