第50話 V1 (離陸決心速度)


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ああああぁああああああ゙あ゙あ゙ーーーーーーーー!!!!!!!」


 突如発せられた凄まじい絶叫に、その場に居合わせた者が皆驚いてガットを見る。


 バリバリと音を立てて、ガットを包む空気が小さな稲妻を無数に発生している。

 凄まじい魔力がガットから発散し始める。


 とたん、骨と皮だけだったはずのホーホが「ボン」という音とともに戻った。


「えっ!!?」


 フロースが驚いていると、目をかっと見開いたホーホも突如絶叫した。


「ッ!! マズい!!!」


「アルペタルニコチ(壁魔法)、防御魔法!! なんでもいいから全開出力じゃあーーー!!!」


 リーチがホーホに視線を移すと、すでに彼女は凄まじい強度のアルペタルニコチをガットの足元に構築し始めている。


「!!?」


 一瞬の逡巡を見せるリーチやリーチを介抱していた魔法使いたちにホーホが叫ぶ。


が来るぞ!!!」


 唖然とする皆に、ホーホが続けて絶叫する。


「このバカが今アレを呼ぶ!! そしたらこの城が!! いや街が消し飛ぶぞ!!!」


 いつくばっていたリーチたちが間髪を入れずにガットを見上げると、彼は眼球が飛びだすのではないかと思うほど目を見開きながら、再び凄まじい咆哮を上げた。


――帰ってきた!!!!!!!! みんなが帰ってきた!!!!!!


 同時に、頭上に飛来するものが誘う『未来』を瞬時に理解する。

 なにがなんだか知らないが、このままではみんな死んでしまう。


 ここで死ねば、またみんなと別れることになる。

 次の無い、永劫の別れがやってくる。


――破壊するんだ。進路を阻むもの全て破壊しろ。


呼べ、あの槍を!!! グングニルを!!!!!――――


「俺はここにいる!!!!! 来い!!! グァングァニールッ!!!!!!!」


 絶叫し投擲の体勢をとるガットの手に、あの鉄の棒はない。


 しかし、リーチは一瞬で理解する。

 いや、もう知っている。


「帰ってくる!!!」


 事情も事象も飲み込めない。

 だが、解る。


「魔法弾炸裂まであと二鋲びょう!!!」


 悲壮な絶叫が屋根上から聞こえる。


「お願い、アマリリス!! 私の想いに応えてッ!!!」


 腹の刺し傷の痛みに耐えながら、絶叫する。


「この街を、みんなをッ!!」


 万感の想いでリーチが両手を空に向ける。


「May my wish rea……!」


 そのとき、とても優しく懐かしい声が聞こえた。


 もう、だいじょうぶ――――


 途端、両手を頭上にかざしたリーチの全身が凄まじい輝度の光に包まれる。

 その光が両の掌に爆縮してゆく。


「魔法弾が炸……!!!」


 魔法使いの絶叫が聞こえるや否や、リーチの手から想像を絶する輝度の轟光を放つ光輪が部屋に居た者たちを、壁を、天井をぶち抜いて上空に向かって超速で発散する。


 そして轟光の光輪は凄まじい輝度を保持したまま、その直径を爆発的に拡大して炸裂する光の球に体当たりをしようとしていた翼竜を、その命を賭して極限魔法を詠唱していた魔法使いたちをぶち抜いた。


 光に撃ち抜かれた彼らが目を見張る。

 全身を貫く、経験したことのない大魔力。


 内なる魔力が幾百倍に爆増する!


 その効果により、彼らが懸命に展開していた多層防御魔法結界シールド・プロテクションの厚みが、一瞬を遥かに下回る刹那の間に白銀の巨大な円柱となって全天を覆う。


 そしてアズダルコは……。


 次の瞬間、アカバドーラの炸裂が一斉に始まる。

 ラウリスの街は一瞬だけ光の中に消えたが、すぐに周囲は暗くなった。


 凄まじい轟音……もしなければ、衝撃もない。


 街の人々が、『空飛ぶきつね亭』の屋根に陣取る魔法使いたちが皆恐る恐る顔を上げ天空を見上げる。


「……ま、魔法弾さ、炸裂……しましたか?」


 先ほどまでカウントダウンをしていた魔法使いが恐々と尋ねながら周囲を見渡すと、それまで魔法結界を展開していたフェルメーナとライラが真っ暗な夜空を見上げて立ちすくんでいる。


「え? 魔法弾は? 防御に成功したんですか!?」


 魔法使いたちも、ぞろぞろと立ち上がって夜空を見上げて絶句する。


 夜空全体が動いている。


「そ、空が動いてる?」


「い、いや。ありゃ巨大な竜だ!」


 ライラが、唾を飲み込みながら絞り出すような声で言う。


「あんなデケェ竜は見たことも聞いたこともねぇぞ」


「あ、あいつ、一匹で魔法弾全部吸収しちまったってのか?」


「それどころか、私たちの防御魔法もね。あんな見事な大竜が夢に出てこないなんて、私ももう潮時なのかしら」


 フェルメーナも、額の汗を拭きながらそう言って笑う。


 それは、ラウリスを覆ってもまだ余りある大きさの巨大な翼竜に変化へんげしたアズダルコの姿だった。


 その世界のどんな伝承にも記述がないような、巨大で真っ黒な漆黒の翼竜。

 そしてその内に秘めたる魔力は、尋常でない様相を呈していた。


 だが、その竜の腹の中で『アカバドーラ』が再び収斂しゅうれん、炸裂しようとしていた。

 


「な、なんだあの巨大な竜は!?」


 ラウリスの西方に位置する小高い丘に陣取った、悪魔大元帥レスルゴ率いる魔王軍第六軍はアカバドーラの炸裂を今か今かと待ちわびていた。


 しかし、アカバドーラは炸裂せず、代わりに巨大な黒竜がラウリス上空に突如現れた。


「ど、どうなっている!?」


 慌てふためくレスルゴたちに、千里眼で状況を観察していた『魔法武力研究所』所長のイトカ・アントワーヌが言う。


「ご安心ください、レスルゴ様。なにも問題ありません」


「な、なぜだ? アカバドーラが竜に化けたぞ!」


 そう叫び、動揺しているレスルゴたちにイトカが続ける。


「無論、アカバドーラにはこの世界で有効な、あらゆる魔法防御を想定した対策を講じております」


 このために幾つもの人外どもや人間の居住区で実験を繰り返したのですから、と満面の笑みを浮かべて口上を述べるイトカ。


 多重外装コーティングの多弾頭方式『壱理玉』。

 魔王軍武力研究所が誇る、擬装技術の粋を極めた技のひとつ。


 魔法物質を含む地上の大半の物質の次元輪郭を曖昧にして、かわり玉のように複数の弾頭を重畳させる。


 これは複数の弾頭をひとつに見せる擬装効果に加え、もし一発目が防がれても重畳する残りの弾頭を出現させることで攻撃を継続できる、迎撃をレーダーや熱源探知に頼らずに目視や魔力探知に依存するこの世界では非常に効率的な技術であった。


「どうぞご覧ください、レスルゴ様。今に大輪の花が咲きますよ」


 そう言って、ラウリスの上空に浮かぶ巨大な黒竜をてのひらで指し示しながら、イトカはにやりと笑みを浮かべた。



 上空を飛翔していたアズダルコに、そんな理屈や仕掛けは知る由もない。

 だが、彼は理解していた。


自身に最期の時が迫っていることを――


「ごめんね、おねえちゃん。でも、いままでありがとうね」


 眼下のまっくらなラウリスの街並みを見下ろしながら、アズダルコはそう小さく呟いて大きく羽ばたく。


「お腹が破裂するまえに、少しでも遠くに行くんだ」


 そうしてラウリスに背を向けたとき、視界の遥か下方、左前方からリーチたちのいる城、『空飛ぶきつね亭』に向かって凄まじい勢いでぶっ飛んでいくのが見えた。


 少しの間を置いて、空気を切り裂く轟音が大気を震わせる。

 それが魔王軍の攻撃と悟ったアズダルコは、悲しみの咆哮をあげる。


「おねいちゃん! ぼくのおねいちゃん!!」


 アズダルコの後方で、何かが大爆発したような轟音と強い光を感じる。

 

 お腹のなかのアカバドーラも、もう炸裂しはじめた。

 猛烈な熱と光と圧力を腹に感じる。


「おねいちゃん!!!」


 大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべたアズダルコ。

 だが、今の彼にリーチのところへ戻る選択肢はなかった。戻れば、少しでも街に近づけば、腹に抱えたアカバドーラもろともみんな消し飛んでしまうからだ。


 歯を食いしばり、ラウリスから遠ざかるために全速力で飛翔を続けるアズダルコの後方で凄まじい閃光が走り、間をおいて轟音が響き渡る。


 そして数秒ののち、アズダルコの背中にどしんと衝撃が走った。

 彼が、首を振り向けて背中を見ると……


 全身を無数の稲妻と、生成と消滅を超速で繰り返す膨大な数の魔方陣に覆われた怒髪天のガットが、リーチを背負いながら凄まじい形相で鉄の棒、グングニルを握りしめてアズダルコの背中に聳立しょうりつしていた。

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