第47話 翼竜アズダルコ

 

 魔王軍の刺客の攻撃を受け、腹にあいた穴から多量の血を流すリーチを見た翼竜アズダルコは必死で彼女を助けようと思った。


 だが、彼には何もできない。

 出来る力がない。


 彼は、漆黒の翼竜としてこの世に生を受けた。

 遥か東方の霧深い渓谷で生まれたが、幼い頃より迫害を受けてきた。


 漆黒の翼竜は『黒竜』と呼ばれ、死を司る存在として同族からは忌み嫌われ、魔王軍や魔術師からは死を呼ぶ呪詛の原料として、その血肉を得るための狩りの対象とされ執拗に狙われていたからだ。


 生まれ出でてからも兄弟たちとは隔離され、与えられる食事はいつも一番最後の一番少ないものばかり。同族の仲間も作れず、成獣となってからはいつも一匹で行動してきたが、それでも彼は懸命に生きていた。


 そんなある日、竜たちが住まう渓谷に魔王軍が大挙して来襲した。

 荷役と食肉のための翼竜を欲する魔王軍が、大軍で襲撃してきたのだ。


 渓谷の方々から悲鳴や大きな物音が鳴り響き、各所から火の手が上がった。

 次々と魔王軍に狩られ捕縛される兄弟や仲間たちを目にしながら、一度は攻撃を仕掛けたもののあっけなく片方の翼を引き裂かれてしまう。


「あの黒竜だ! あの黒竜を捕まえろ!!」


 そう叫び、ビュンビュンとこちらに矢を飛ばしてくる魔王軍から逃れ、うのていで渓谷から脱出した彼は、行く当てもなくひたすら飛び続けた。


 しかし、元来体の小さかったアズダルコはラウリスを過ぎたあたりにそびえていた、人間が『ナミヤマ山脈』と呼んでいた巨大な峰々が連なる山脈越えで体力を使い果たし、稜線に墜落した。


 死を覚悟した彼がちた先では……リーチがひとり幕営していた。


 その後彼女はちてきたその翼竜を助け、アズダルコという名前を与えてくれた。それ以来、寝食もどこかに出かけるときもずっと共に過ごしてきた。


 ところで、この世界の翼竜を含む人外は傍らに生きる者がある場合そのマナや魔力を吸い取って養分とすることが出来る、という不文律があった。


 いわゆる使役魔、使い魔である。


 しかし、リーチにはその魔力が決定的に欠けていた。

 魔力が全然ないのである。


 ゆえ、アズダルコはまったく大きくなることが出来なかった。

 ずっと一緒に居るのに、ずっと小さいままだった。


 それでも、いつも優しく言葉を掛けてくれるリーチが大好きだった。

 何を言っているのか、何を思っているのか。

 人間の言語は分からない。


――でも、大好きなお姉ちゃん

ぼくはこのひとが大好きなんだ――


 涙を流す機能がない瞳から、表皮と同じ黒い血を流して救いを乞う。


「ア……アズ、ご、ごめんね……」


 そう言って瞳から大粒の涙をこぼしながら、そっと腕を伸ばして頭を撫でてくれるお姉ちゃんの体温が、マナがどんどん無くなってゆく。


――だれか、お姉ちゃんを助けて! 僕の命をあげるから! だから助けて!


 そのとき、彼は気付いていなかった。

 自身の内なる想いが、言語化していることに。


――お姉ちゃんが死んじゃう!


 その時、ふっと気配を感じて顔をあげる。

 翼竜の見上げた視線の先には、ガットが抱き締めていたあの赤黒い肉塊が見えた。


 ただの肉塊のはずなのに。

 およそ受容体と思しき器官など皆無に見えるその肉塊から、明らかに視線を感じる。


 と、突然アズダルコの頭の中に声が響いた。


「喰らえ――」


 翼竜はぎょっとして肉塊を見る。

 肉塊の言葉は続く。


「我を喰え。ぬしの命と引き換えに、その者を救える機会を作ってやろう」


――ほ、ほんとうに? 本当にお姉ちゃんを救えるの?


 アズダルコは心から思う。


――お姉ちゃんを助けて!


「わ、わかった。ぼく、あなたを食べるよ」


 アズダルコが口を開く。


「我は、ぬしのぞ」


「うん。それでもお姉ちゃんを救えるんだったら、僕あなたを食べるよ」


「死を司る黒竜の分際で、忠義の大馬鹿者か」


「気に入った――」


 その言葉が聞こえたとき、アズタルコはその赤黒い肉塊が笑ったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る