第45話 目覚め
「うぅ、なんだか凄い夢を見……た?」
『空飛ぶきつね亭』の最上階に位置する、特別な来賓にのみ入室を許される小さなカウンター付きのバーで、瞑想夢魔法フローラル・ライラから目覚めたリーチは、頭を押さえながら周囲を見渡した。
「おかえりなさい」
そう言って、微笑むフェルメーナの顔が最初に視界に入る。
続いて、その後ろにはライズ・リーチから行動を共にしてきた商人たちやラウリスの領主ランゲルドたちがこちらを見つめていた。
「そうだ、思い出した。私たち、ここでフェルメーナさんの魔法で……」
そう言いながら、右肩でクゥクゥと鳴く黒い翼竜アズダルコをひと撫でしたのちに、ふと足元に横たわる人影に気づく。
「……ガットさん?」
皆がフローラルライラから目を覚まして思い思いの言葉を交わすなか、ガットだけが赤黒い肉塊を抱いたまま昏睡から覚めずにいた。小さく丸くなって、その中心に肉塊を抱きしめて小刻みに呼吸している。
「彼が起きてないよ!」
あんなに凄い旅をしてきたのに! あなたの願いがもう少しで叶うかも知れないのに! と思わずリーチが叫ぶ。それとほぼ同時に、猛烈な力を頭上に感じてその場に居たもの皆が天を仰ぐ。
「きた」
頭上を見上げながら、フェルメーナが呟いた。
「万一にもあれが飛来しない世界線の構築も成し得たのだけれど……、間に合わなかったわね」
フェルメーナが見上げた視線の先に広がる、月明かりに照らし出された雲海のはるか高空を、白い尾を引いて虹色に輝く光球がこちらに向かって飛行してくるのが見えた。
同時に
その光の筋は皆、高空の光球に向かって一斉に走ってゆく。
あらかじめ各所に配置されていたラウリス中の魔法使いや魔導士たちが、最大出力で魔砲を放ちはじめたのだ。いわゆる、この世界における対空砲火のような迎撃手段である。
しかし、アカバドーラに届かない。アカバドーラの飛翔する高度にほとんどの魔砲がまるで届いていない。数百のうち一つか二つはアカバドーラ近傍まで接近するが、それに触れる前に花火のように散ってしまう。
それでも、魔法使いたちは諦めずに必死で魔砲を放ち続けた。
そして、何も知らずに宴を続けているのか、下の階からはタナトスはじめ冒険者たちの騒がしい喧噪が聞こえていた。
「……ア、アカバドーラだ」
リーチが
「フェルメーナ様の言われるように、この人たちが、この街がこれで終わるの?」
いやだ、いやだ、いやだ――――
呆然と傍らのガットを見つめるが、未だ彼は昏睡している。
あのホーホやフォルティス、フロースやテルアが変性された赤黒い肉塊をしっかりと抱きしめて。
――名誉も栄誉もない。
――この人は彼女たちを取り戻したかったんだ。
ただ、それだけの想いでここまで……――
夢を見て経験を追って、そしてその姿を見てガットの想いに気付いたリーチの目から、一筋の涙がこぼれる。アズダルコがそれを不思議そうに見つめている。
――どうしてマウソリウムの底にグングニルを置いてきたのか、今ならよく分かる。
だって、大事な人たちを取り戻すことすら叶わない槍の、何が無敵なのかという彼の叫びが、
「ごめんなさい。だけど、私にはどうすることも出来ない」
彼女が最後にアマリリスの声を聞いたのが魔物の村を救った時。それ以後は声を聞いていない。一切の魔法が使えていない。当然、今も使えない。
こんな時なのに、内なるチカラを微塵も感じない。使える気がまるでしない。
――私はやっぱり駄目なんだ。
うなだれるリーチを見て、翼竜がクウクウと心配そうな声をあげる。
「少しでも、どうにかならんのか?」
アカバドーラの猛烈な魔力発光に照らし出されたカウンターに座っていた、ランゲルドがフェルメーナに問う。
ランゲルドは、フェルメーナに呼ばれて密かに『空飛ぶきつね亭』に来ていた。
そう、「あの者たち」に出会えるという言葉を信じて。
そして、フェルメーナはここに役者を揃えることで変えられる世界線が
彼女は、魔王軍や魔王軍のアガバドーラなど自分がコントロール出来ない範疇における最大公約数的な救いが
その賭けに負ければ、居合わせた役者を含め全てを失う
しかし、最期の希望だった槍は今ここに無く、その持ち主も目覚めない。
すなわち、無敵の槍グングニルにとって今、ここが在るべき場所ではないということだ。賭けに負けたということだ。
「申し訳ありません、ランゲルド様。もう、私ではどうすることも……」
必死にガットを起こそうとしているリーチの姿を見つめながら、フェルメーナが呟く。
「ですが、出来る限りのことはやってみます。私も魔女の端くれ、ましてやノベリストなのですから」
「……頼むばかりで、すまないな」
そう言って頭を下げるランゲルドを、憂いを帯びた目で見つめながらフェルメーナはふわりとほうきに乗って窓から飛び出した。
窓から出ていくフェルメーナや魔女たちの後姿に頭を下げたあと、ランゲルドは改めてリーチを見つめた。
「そうか、彼女があの時の魔女だったのか」
ランゲルドはリーチにゆっくりと近づいた。
そして深々と頭を下げた。
「何時ぞやの魔王軍襲来の際に街を、国を救ってくれてありがとう」
「ラウリスを預かる者として、君に心からの感謝を述べたいと思う」
その言葉にはっとして、リーチがランゲルドの顔を見る。
そのとき、リーチの背後から何かが高速で迫る光景がランゲルドの目に映った。
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