第44話 希望の槍

 アルドコル率いる旅団ブラックモスの兵士たちは、『エル・カミニート・デル・レイ(王の小道)』で短絡された道のりを一路駆け抜けてマウソリウムへと到着したが、魔王軍の索敵網から逃れるため、マウソリウムから二十キロガル(約二十キロメートル)ほど離れた盆地に逗留とうりゅうした。


 そこから毎日のように偵察隊を繰り出して、マウソリウム周辺の状況の把握や城内へ潜入するための侵入経路の模索に奔走した。


 しかし、マウソリウムを取り囲むように建設されてる城壁周辺には魔王軍の残党のような者たちしか確認できない。


 斥候せっこうを送るが、強力な局所結界が各所に網の目のように張り巡らされ、城内へ侵入することがまるで出来ないと言う。


「まるで物理障壁のような硬さです。フェルメーナ様や街の魔術師から供与された魔道具も一切受け付けません」


 ランゲルドも城壁の壁や各所の地上に口を開いた地下水路からの侵入を試みるも、やはり城内へ通じる穴と言う穴に強力な結界が張られてる。


「なんだ、これは。ヒトに対して異常に感度の高い防御魔法が構築されている。恐らく魔王軍の仕業に違いない。だが、だとすれば魔王軍はどこだ?」


「おそらく、城内です」


 使役している鷲を使った偵察を担っている、随伴魔法使い《エスコート・ウィッチ》のイライザが報告する。


「幾重にも結界が張り巡らされているために城内の様子がよく把握できませんが、間違いなく魔王軍は城内の、それも市街地に集結している模様です」


「そうだとするならば、この結界は魔王軍が展開していると考えるのが妥当だな」


「はい。恐らく、マウソリウムへの援軍を阻止するために内側から力場を与えて結界を増強していると私も思います」


「……破れるか?」


 ランゲルドの問いに、逡巡しゅんじゅんしたのちイライザが答える。


「出来る限りのことはやってみます」


 しかし結局、マウソリウムを覆う結界は一年以上も破ることが出来なかった。

 それは、パニバルによる自らの命を懸けた臨界魔力を投入して展開している捧血ほうけつ魔法により力場を構築、安定させている結界だったからだ。


 これまで、ヒトに仇なす者に対して効果域を振っていた結界のベクトルを対人に置換した結界を全力展開させられていた。


「いいぞ、その調子だ」


 血を吐いて唸りながら結界を展開し続けるパニバルを、にやにやと嬉しそうにデゥたちが見つめている。


「お前がその結界を構築している間は、街の人間どもに手を出すのは止めてやる。だが、その結界が破れたら人間どもは皆殺しだ」


 限界を超える魔力の出力の連続で息も絶え絶えのパニバルが、うつろな目で、しかし意思のこもる目でデゥを睨む。


 その表情を見て、参謀長のゲルゲや攻撃隊長ブルデンたちが笑う。


「はっはっはっは! いいぞ、その意気だ!」


 そう言って、腹の底から吐き気を催されるような顔と声で、パニバルの耳元に口を寄せて言う。


「お前の愛しい男は、たしか便所壺の中にいるんだな」


「聞いた話だ。こいつはその昔、人間の魔術師だかに騙されて、惚れた男と街を守るつもりで愛する男を便所壺のなかに放り込んだんだ」


「もう二度と生きては会えない、呪いの糞溜めになぁ!」


「ぎゃっはっは! そりゃあいい! 傑作だ!」


 ゲルゲがパニバルの耳元に口を寄せて、禍々しい声で呟く。


「数百年愛する男に触れられず、何があっても死ぬことも出来ず」


「まったく幸せな女だ!」


 魔王軍たちから、どっと笑い声と奇声が飛び交う。


「まったくだ!」


「あぁ、まったく人間の不幸は気持ちがいいなぁ。はっはっは!」


 パニバルは血が出るほどに唇を噛みしめ、魔王軍を睨み続けた。



「恐らく、連中は地下水路のいずれかを使って城内へ侵入したのち、パニバル様を捕らえて大結界を解かせたのちに再び今ある結界を展開させたものと思われます」


 アルドコルたちがマウソリウムへ到着してから十五ヶ月ほど経ったころ、バルバライゾから急遽派遣されたコシュカも合流して、イライザと共に千里眼や掘削系の穿孔魔法を駆使した聴知ちょうち活動も行われた結果、おぼろげながらも城内の状況が分かってきた。


「パニバルの魔法はそんなに強力なのか?」


 アルドコルが尋ねると、コシュカが答える。


「はい。もともと、パニバル様は私など足元にも及ばない魔力を持ち数十万の魔法を使いこなす天才魔法使いでした。それがある日、マウソリウムにやってきた魔導士にそそのかされて街の地下深くにチャンバーポット、便所壺と呼ばれる得体の知れない結界域を構築してその維持に心血を注ぐようになった、と言われています」


「便所壺? それと? パニバルに聞いたわけではないのか?」


「パニバル様は何があったかをお話になりません。私も何度かお会いする機会に恵まれましたが、いつもはぐらかされてしまいました」


 アルドコルが首を傾げながら、再びコシュカに尋ねる。


「しかし、いくら強力で魔力や機智に富んだ魔女でも所詮は人だ。限界があるだろう。なぜこんな長期に渡ってこれほどの結界が結べるのだ?」


「彼女は不老不死だからです」


 イライザが言う。


「我々普通の魔女が自身の能力いっぱいの最大出力で魔法を繰り出せば、たとえ最も得意とする属性の魔法でも一瞬で疲労困憊して動けなくなります。そして、そのようなことを繰り返せば体内のマナの生成が追いつかなくなり、やがて死に至ります」


「ですが、パニバル様はそのような魔力の使い方を続けても死なない、いや死ねないのです」


 怪訝けげんそうな顔をするアルドコルに、コシュカが続ける。


「その便所壺を永劫維持し守るために、不老不死の呪いを受けたと言われています」


「そんな理由で、不老不死を?」


 驚くアルドコルの言葉に、コシュカが頷く。


「しかし、私はパニバル様をたぶらかしたという魔導士が、何か別の恐ろしい理由があってこのようなことを成しているのではないかと考えています」


 コシュカの話を聞いて、アルドコルが頷く。


「それならば、なおさらパニバルも街の人々も、そして便所壺に封印された人々も皆救い出してやりたいな」


「……はい」


「しかし、その魔導士の目的はなんなのだ? そのような話は聞いたことが……」


 アルドコルがそこまで話しかけたとき、ズシンとはらわたに響く轟音と共に大地が揺れた。


「地震か!?」


 そう呟いたアルドコルの目に、膨大な土砂を噴き上げながら凄まじい速度で上空に飛んでゆく何かが目に入る。


 地上の射点は城壁で確認できないが、それは地面を突き抜けてマウソリウムの上空を超え、垂れ込めていた暗雲を吹き飛ばしてベイパーコーンを形成しながらあっという間に地平線の彼方へ消えていった。


 まだ、地響きだけで音はしない。


「大気の一撃がくるぞ! 伏せろー!!」


 誰かの叫び声がしたかと思ったとたん――


「ズッドーーーーーーン!!!!!!」


 という大音響と衝撃がマウソリウムを包む大気全体に響き渡り皆吹き飛ばされて……。


 気付けば、天に地にと張り詰めてあったはずの対人結界がことごとく破壊されていた。


「こ、これがか!?」


 それが飛び去った方角を見つめながら、アルドコルが叫ぶ。


「……槍?」


 衝撃波に吹き飛ばされていたコシュカとイライザがやっと起き上がり、アルドコルに尋ねる。


「そうだ! フェルメーナ様がおっしゃっていたのだ」


 そう言って、アルドコルが全軍突撃の号令を出す。


 怪訝けげんそうな顔を並べる兵士らに、アルドコルが咆哮ほうこうした。


「必勝の槍グングニルが! 我らがラウリスへ帰る!! 時は来た!!!」


「グングニル?」


 コシュカが呟く。


「全軍、突撃する! 魔王軍からマウソリウムを奪還するぞ!!!」


「おぉおおーーー!!!」


 そうして突撃ラッパを打ち鳴らし、時の声を上げながらアルドコル以下旅団ブラックモスの兵士たちはマウソリウムの城内へと突入していった。

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