第43話 ノベリスト

「これをどうぞ、ランゲルド様」


 フェルメーナがそう言ってれたての紅茶を差し出す。


「ありがとう」


 カップを受け取って、立ち上る湯気をじっと見つめる。

 湯気は、紅茶の表面より生じてしばらく漂ったのち音もなく虚空に消えてゆく。


「私のたゆたう気持ちは、まるでこの湯気のようだな」


 そう呟くランゲルドに、フェルメーナが静かに言う。


「ランゲルド様は、私の魔法をご存じですか?」


「お前の魔法? 予知魔法ではないのか?」


 ランゲルドが、何を今更と不思議そうな顔をする。


「はい」


 そう言って、フェルメーナが自分に淹れた紅茶を一口飲んで言葉を続ける。


「ランゲルド様は、『ノベリスト』という魔法をご存じですか?」


「ノベリスト?」


「はい。私の本当の能力は予知夢ではなく、『筋書きそのものを自由に書き換えることが出来る』というものなのです」


「……筋書きを書き換える?」


 怪訝けげんそうな顔をするランゲルドに、紅茶の入ったカップを手にしたままフェルメーナが静かに近づいて言う。


「『ノベリスト』とはいにしえの魔法で、術者の希望や都合に合わせてこれから始まる出来事を体系的に変化させることが出来る魔法なのです」


「つまり、私が予知していた未来はこれから起きる出来事を予知していたのではなく、私がのです」


「み、未来をつくる!?」


 ランゲルドが声を上げる。


「そ、そんな魔法! なんでもありではないか!?」


――未来を好きに変えられるなんて、そんな魔法があってたまるか!


「それでは、我々がこれまで必死になって戦ってきた意味が……」


「しかしながら、この魔法が改変出来るのは術者、すなわち私が今現在持っている知識や経験、更に常識に基づいた範疇はんちゅうなのです」


 そう言って、フェルメーナがカップをコトリと置く。


「私の操る魔法ノベリストはある意味で万能魔法です。ですが、術者が知り得ている情報や感じている実現可能性、それに持ち合わせた常識によっては効果域が逆にしまう、諸刃の剣でもあります」


「つまり、なにが言いたい?」


 フェルメーナの言葉に彼女の真意を汲み取ったランゲルドが、それを確かめるためにフェルメーナに尋ねる。


「はい。単直に申し上げます。我が軍をマウソリウムへお送り下さい」


「……大丈夫なのか?」


「大丈夫です。大丈夫だと、そう確信するに至る出来事が、この世界を覆う暗澹あんたんを払拭するきっかけとなる小さな出来事が間もなく起こります」


「何を根拠にそのような話をしている?」


 ランゲルドが尋ねる。


「お前の言っていることがもし間違っていたら、この国の存亡に関わるような事態におちいるようなことがあれば私は……」


「彼らが現れます」


 フェルメーナが、ランゲルドを見つめて言う。


「彼ら?」


「はい。ランゲルド様が探していた者たちが、再びこの街に現れます」


 その言葉に、ランゲルドの動きが止まる。


「私が探していた者だと? まさか、あの魔王軍を退けた大魔法を使った者か!?」


 フェルメーナが静かに頷く。


「そ、それは素晴らしいぞ! い、いつ来るのだ!?」


 ランゲルドが身を乗り出す。


「まだ少し先ですが、数年のうちに必ず現れます。そして、マウソリウムはもちろん、ラウリスも彼らに救われる日が訪れます」


「そうか、そうか!」


 ランゲルドはそう叫ぶと、何度も深く頷いた。


――現実だった! フェルメーナは知っている!


――やはり、あの体験は夢や幻ではなかったのだ!


「よし、マウソリウムへ派兵しよう。全責任は私が取る」


 そう言ってきびすを返そうとして、ふっとフェルメーナに尋ねる。


「そう言えば、おまえはあの魔王軍が大挙して進軍してきた日のことを覚えているのか?」


 そう聞かれたフェルメーナは首を横にふる。


「それでは、なぜ……?」


「私はそのことを覚えていないのですが、魔王軍が攻めてきた日のことを克明に記述したメモリーピアを読んだのです。また、大魔法発動の際に私の自動記憶魔法フラッシュ・マンドレールが発動して、大魔法の痕跡を保存したのです」


「……なるほど。まったく、魔法使いというものは凄まじいな」


 そう言って心底感嘆するランゲルドを、笑顔で見つめるフェルメーナであった。


 翌朝、さっそく参謀長のアルドコルを呼び寄せ、マウソリウムへの魔王軍討伐のための進軍を命令下達する。


 アルドコルはすぐさま主力部隊を編成し、『エル・カミニート・デル・レイ(王の小道)』の使用許可申請手続きを行った。


この『エル・カミニート・デル・レイ(王の小道)』とは、目的の座標距離を十分の一以下に短縮できる強力な空間転移魔法で、王族や王族に許された者のみが、同盟を締結した国間を移動する際に使用していた。


「ランゲルド様、それでは出立致します」


 全身をプレートアーマーで覆われたアルドコルが、バイザーを上げて一礼する。

 志願兵を中心に約千名の旅団を率いてマウソリウムへ向かうこととなった。


「おそらく時間はかかるだろうが、必ずマウソリウムの人々を救ってやってくれ」


「はっ!!」


 ひざまずくアルドコルの肩にランゲルドが宝剣で触れ、簡単な臣従儀礼しんじゅうぎれいを済ます。


 こうして、アルドコルと彼が率いる旅団ブラックモス(黒蛾)は進軍を開始し、『エル・カミニート・デル・レイ(王の小道)』を使い、ガットが五年かかった道のりをわずか二週間ほどで踏破してマウソリウムへと到達したのだった。

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