第37話 便所壺
「ゔゔっ……」
「お、目覚めたぞ!」
ガットが目を開けると、そこは周りに見たこともない醜い造形の
「ゔぁあ゙あ゙あ゙あ゙―!!!」
ガットが手元にある赤黒い肉塊を確認したあと、ぜえぜえと荒い息をたてながらグングニルを構える。
「だ、大丈夫だ! 大丈夫! 何もしねぇよ!」
腕の無い男が必死でガットをなだめる。
「お、俺ぁタンバリンってんだよ。腕が無いのにタンバリン。皮肉が効いてるだろ?」
そう言って体をゆする。
ガットが少し落ち着いて、その奇妙な動きをしている男を見る。
「俺ぁ、俺たちぁ全部見てた。見てたんだよ! あんた、強ぇえな!」
小さな
ふと、強い気配を感じてガットが振り向くと、暗がりの奥に大きな何かが居るのが分かった。
だが、暗すぎてよく見えない。
「おまえが持っているその棒からは禍々しい気配を感じる。お前は何者だ?」
そう問われて、ガットは改めて手にした鉄の棒と肉の塊を見つめる。
――懐かしくて大切なもの……だったもの。
――……あれ、なんだっけ?
言葉にならない言葉が口から放たれる。
「おおぉお……」
次の瞬間には、極度の疲労と空腹でガットは地べたに倒れこむ。
しかし、意識が飛ばない。苦痛だけがはっきりと全身を駆け巡り続ける。
普通なら失神するレベルの感覚だろう。
それなのに、むしろ意識が覚醒する。苦痛が増大する。
「そのうち慣れるさ。ここは、便所壺はそういうところなんだ」
そう言って、タンバリンが濁った水をたたえた小さな小さな器を持ってくる。
ガットの顔の前にそれを突き出すと、それを飲めと言う。
その泥水からは凄まじい悪臭がしていた。
「ここではそんな水しか手に入らねぇんだ。どんなに乾いても苦しくても死ねねぇし、あの岩の向うに出ることも叶わねぇ」
暗い洞の上をタンバリンが見上げて言う。
「俺もここに
ガットも上を見上げる。
真っ黒い巨大な岩が遥か上方に在る。
「あれはピックレッドだ。漬物石と呼ばれている」
トロールが言う。
「墓標都市マウソリウムの地下深くに掘られた絶対に出ることの出来ない呪いの便所壺、チャンバーポットの上に蓋する漬物石ピックレッド。おまえはそういう場所に
ガットは唸り声をあげて、頭を上下させながら嗚咽する。
「ま、まあほら、これから永い付き合いだ。よろしくな!」
タンバリンがそう言ってガットに体当たりする。
と、ガットのボロボロの上着のポケットからコロンと何かが地面に落ちた。
それをトロールが指でつまんで目の前にもってゆく。
「……懐かしいな。ガムラン坊か。」
その声に、ガットが顔を上げてトロールを見る。
「こいつは物の怪、
そう言って便所壺の奥に居た、ゴボウのような姿の
「さて」
そういってトロールがガットの横に座る。
「おまえはいったい何者なんだ? あの身のこなし、そしてバルバライゾやマウソリウムの王たちに目をつけられている。その理由はなんなんだ?」
タンバリンや他の
「お、おれぁ、ばっさばっさと兵どもがぶん投げられてんの見てなぁ! スカッとしたさ!」
「き、聞かせてくれよ! あ、あんたの歩んできた冒険を!」
気付けば、ガットの周りには沢山の
先ほどのガットの槍さばきを真似するもの、パニバルの魔法を放つ格好を真似して笑うもの。そんな彼らをじっと見つめていたトロールがガットに言う。
「三百年。いや、それ以上だ」
皆が頷く。
ガットは呆然としてその姿を見る。
「さぁ、聞かせてくれ」
トロールは言った。
「俺たちはずっとずっとここに居た。手も足も出ないのに、上で起きていることを全て認識させられて。この便所壺の底にずっと居たんだ」
壁に開けられた無数の穴を見上げながら、トロールが繰り返す。
その穴は、かつてここからの脱出を試みた者たちの命を懸けた挑戦の痕跡なのだという。
「さぁ、聞かせてくれ」
ふたたびトロールが言う。
「俺たちは飢えているんだ、冒険に!」
暗闇でよくは見えないが、しかしトロールが確かに笑った気がした。
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