第34話 墓標都市マウソリウムにて
「遠路、ご苦労であった」
コシュカ一行は、城内に入るとすぐにマウソリウム王ヴォルグの下へと案内された。
ガットもすぐさま馬車から降ろされ、マウソリウムが誇る地下牢、通称アリジゴクへと連行される。
連行される最中も万力の如く凄まじい力でグングニルを握り締め、ぼろ布に巻かれた肉塊を手放さないガットに対して、兵長から腕を切り落とせとの号令もかかるが、ヴォルグがそれを制した。
「構わん。どうせ、これから処刑される哀れな身だ。せめて好きにさせてやれ」
ガットがうつろな表情に浮かぶ血走った目で、ヴォルグを凝視する。
バルバライゾでの激しい拷問やここに至る道程で傷ついてきたであろう、垢だらけでボロボロの目の前の男を見て、これまで彼の辿ってきた険しい道のりを察したヴォルグの何気ないこの心遣いが、のちにマウソリウムや自身の運命を大きく変えることになるとは、この時のヴォルグは知る由もなかった。
両腕を兵士に抱き抱えられながら、ズルズルと地下牢に引きずられてゆくガットの後姿を見つめつつ、ヴォルグはコシュカたちの待つ応接間へと足を向けた。
「さて、デーデキント殿からの書状を拝読したのだが、奴の罪状は……殺人か?」
ヴォルグがコシュカに尋ねる。
「はい。その通りでございます」
コシュカが恭しく頭を垂れる。
「して、事の詳細を知りたい」
ヴォルグの問いに、あらたかしこまってコシュカが答える。
「具体的な内容につきましては、先にお送りした書簡に書かれた通りです」
「……ふむ」
「なにかご不明な点でも?」
コシュカが尋ねると、ヴォルグが答える。
「おまえたちが入城してからここに至るまでの間に、我が国が誇る魔法使いたちに奴を透視させたが、どうもその記憶が無いそうだ。加えて、人を殺める際には必ず発生するという特有の感情痕跡すら微塵も無いという」
「と、仰いますと?」
そう尋ねるコシュカの目をじっと見つめて、なんとなく事情を察したヴォルグは両の手を軽く上げた。
「いや、すまぬ。人の上に立つと疑い深くなってかなわん」
「……はい」
ふぅ、と小さく嘆息すると、ヴォルグはコシュカたちに労いの言葉を掛けた。
「なにはともあれ、バルバライゾから遠路ご苦労であった。食事や酒を用意させてある。今宵はゆっくりとするがよい」
そう言って手を挙げると、部下たちがコシュカたちを大広間へと案内させる。大広間には色とりどりの料理がテーブルいっぱいに並べられていた。
「う、美味そうだ!」
「の、喉がカラカラだったんだ!」
そう言って兵士や特別に招待された
ヴォルグもコシュカにグラスを渡して白ワインを注がせると、グラスをくいっと目の前に上げてから軽やかに言った。
「さぁ、バルバライゾの話を聞かせてくれ」
数日後、コシュカたち一行はガットの身元引き取り証の発行を待って、マウソリウムを出立した。
ガットの刑の執行に際して、いくつかの手順を踏む必要があることに加えて処刑場の手配等で数日を要する、との申し出を受けたからだった。
「と、マウソリウムの外交官が申しておりますが如何致しましょう?」
コシュカの問いに対するデーデキントの回答は、最低限の必要手続きを済ませたのち速やかにバルバライゾへ帰還せよとの命令だった。
「この場合、やつの処刑を見届けるべきでは?」
と、首を傾げる兵たちにコシュカが言う。
「確かにそうだが、ここはマウソリウムだ。奴の処刑前に帰還することで、我々がヴォルグ様を信用していることを示せというデーデキント様のご意向なのだろう」
「なるほど。そういうことか!」
「それならさっさと帰ろう。早くバルバライゾに戻って酒を飲みてぇ!」
そういって納得する彼らを横目に、コシュカはマウソリウムの城壁を見上げる。
「……確かに彼を届けましたよ。これでいいんですよね、フェルメーナ様」
そう小さく呟いて、コシュカたちはマウソリウムを後にした。
それから十日ほど経ったある日、ガットの処刑が決まった。
「まぁ、手続きと言っても形式的なものにすぎん。バルバライゾの調書を見る限りお前はただの農奴、加えて家族はおろか、身元引受人も弁護人も何もかも確認出来ないのだからな」
アリジゴクと呼ばれる、マウソリウムの街の地下深くにある地下牢の前で、死刑執行人がガットにバルバライゾにおける罪状と刑の内容について簡単に口上する。
ガットは赤黒い肉塊を抱きかかえ、薄汚れた鉄の棒、グングニルをぐっと握ったまま、黙って話を聞いていた。
「さぁ、出ろ」
そう言って二人の兵士がガットを牢屋から引きずり出す。
ガットは特に抵抗するでもなく、ずるずると引き連られていった。
ガットの真っ黒な足とグングニルが床に擦れる音が地下牢の暗闇に溶けてゆく。
ガットが処刑される刑場は、やはりマウソリウムの地下深くにある大聖堂の手前にあった。
この大聖堂は、数百年前に呪いの穴が形成されて沢山の人々がその中に封印されたあと、彼らを弔う目的で建立された荘厳な建築物である。
建立以来、罪人たちはこの大聖堂を前に最後の祈りをささげたのち首を
「ヴォルグ様! なぜ、このようなところに!?」
処刑場が一望できるバルコニーに突如現れたヴォルグに、刑の執行を見届けるために佇んでいた側近のバドラが声を掛ける。
「一応、デーデキントからの依頼ということもあるからな。私も見届けようと思ったのだ」
「は、はぁ。なるほど」
例え他国の重鎮の処刑であっても、よほどのことがなければ刑の執行などに王が立ち会うことなど無いのに。
珍しいことだと思いながら、バドラが視線をガットたちに戻したそのとき。
「ウガァあああー!!」
処刑場に引きずり出されたガットが、突然暴れ出した。
全身傷だらけでやせ細った男が獣の様な咆哮をあげながら細い鉄の棒を振り回し、ただでさえ体躯で勝っているうえに分厚い甲冑を着衣し様々な武器を装備した重装歩兵たちが幾人も吹き飛ばされるという、信じがたい光景がヴォルグとバドラの視界に飛び込んできた。
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