第32話  虚偽の告発

 坑道、すなわち大迷宮パンドーラの入口に設けられた、鉱石などの搬送を担う工夫たちの為の待機所ではコシュカやアルパたちが待っていた。


「ホーホ様たち、遅いですね」


 アルパが言う。


「もう三日になります。予定を二日以上もオーバーしている」


 たまたま様子を見に来ていたデルニラも声を荒げる。


「よもや逃げ出したわけではあるまいな! 契約の魔女め!」


「その心配はないと思います、デルニラ様。入り組んではおりますが、パンドーラは基本的にですから」


 コシュカが答える。


「進むか戻るかのいずれしかありません」


「……ふむ」


 コシュカの言葉にデルニラが嘆息する。


「ファーストダイブは日帰りの様子見だと言っていたのに。いったい何をしているんだ」


 その頃、ガットは飲まず食わずで必死に歩いていた。


 認識阻害の魔法を阻害する、ホーホのコーティングの効果もとっくに切れた。ガットは彷徨さまよいながらも赤黒い肉塊を抱きしめて、グングニルを杖代わりに必死で歩いていた。


「は、早く、早く外に出ないとホーホたちが……」


 もつれる足を引きずりながら、ガットは懸命に歩き続けた。


 そして、幾日経っただろう。

 遂にガットは疲労と空腹で倒れてしまう。


 それは彼の想いが願望となって表れたのだろう。

 薄れゆく意識の中で、ガットはホーホたちと再会した。


「なんだよ! 全然元気じゃないか! みんな、どこに居たんだよ!」


「なにを寝ぼけたことを言う。ずっとずっと、ここに居たじゃないか」


 フォルティスがいつものように呆れた顔で答える。


「むしろ、お前がどこに居たんだ?」


「これだから、こやつはダメなんじゃ」


 ホーホも、何かを口に含みながら笑っている。


「寝ぼけたこと言ってるのはいつも兄貴だけどさ、なんで泣いてんだ?」


 テルアが不思議そうに尋ねる。

 ガットは涙を流していた。


「え? あ、いやこれは……」


「あんまりいじめてはだめですよ」


 そう言ってフロースも笑っている。

 心なしか、フロースに抱かれた幼子の表情も笑顔に見える。


――あぁ、俺はもうここでみんなと一緒に……


 そう思って目を閉じようとしたときに、どこからか声がして現実に引き摺り戻される。


「ぉぃ、おい! 眠るな! 動かせ、脚を! 進むんだ、前へ!」


「うぅ……」


 ガットが呻き声を上げると、その声は更に大きくなった。


「心が諦めても構わない。だが、身体を動かせ! 足を踏み出せ! 進め! 進むんだ!!」


 その声に、ガットは思う。


――そうだ、無心で構わない。……足だ。足を動かせ。


 ガットは己の肉体に声を掛ける。


「た、頼む。お、おれを前に進めてくれ」


――進むんだ、前に。


 そうして鉛のように重たい体を引き起こし、赤黒い肉塊とグングニルを掴んで再び歩き始めた。


 そうして数日が経った頃、ようやく坑道の入口が見えてきた。


「……や、やっと着いたぞ」


 ガットは赤黒い肉塊にそう声を掛けて、入口から坑道の外に出た。


 ようやく着いた坑道の外ではコシュカが待っていた。

 コシュカの顔を見たガットが、安堵のあまり腰を抜かして崩れ落ちる。


「あれ? あなた様だけですか? ホーホ様たちは?」


 そんなガットに、コシュカが声を掛けてきた。


 ガットが、ぶるぶると震える手で赤黒い肉塊を差し出す。


「こ、これをなんとかしてくれ……」


 涙があふれる。


――頼む、こいつらを何とかしてやってくれ。


 しかし、コシュカはその赤黒い肉塊を目にした瞬間、わずかに小さく頷いたのちにわざとらしく大声を上げた。


「あ、あなた! もしかしてホーホ様たちを!?」


 刹那、ピーッと鋭い警笛の音がしたかと思うと、あっという間にガットは重厚なプレートアーマーに身を固めた近衛兵に囲まれた。


「コ、コシュカ、こ、こいつらを……」


 乾いた唇でやっとの思いで出した声は、コシュカの号令にかき消される。


「この者を捕えよ! 仲間殺しの嫌疑でこの男を拘束する!」


「お、おいコシュ……」


 そう言いかけて、後頭部に強い衝撃を受けて卒倒する。


 どのくらい経ったのか、ガットが気が付くと薄暗い石牢に放り込まれていた。


 暗さに目が慣れて辺りを見渡すが、冷たく黒い感触以外なにもない。


 握り締めていたはずの、グングニルも赤黒い肉塊も。


 ガットは必死で周囲を探るが、無い。


「お、おお……!」


 ガットが鉄格子を掴んで叫ぶ。


「おおっ! おおおー!!」


 声が出ない。

 いや、正しくは言葉が紡げない。


 やがて、カツカツと足音がして……数人の兵士と共にデルニラがコシュカを連れてやってくる。


「おおっ! おおー!!」


 ガットは、必死でデルニラに赤黒い肉塊がホーホたちであることを伝えようとした。事の成り行きはわからない。だけど、ホーホたちが恐らく偏倚へんい魔法という得体の知れない術にやられたことを知らせようとする。


「とんでもない男を連れ込んだものだ」


 ハンカチで鼻を覆いながら、デルニラが言う。


「これで『契約の魔女』に、この街の呪いを解いてもらうことも叶わなくなった」


「それに……」


 まあいい。そう言ってデルニラはガットに背を向けた。


「手段は問わぬ。デーデキント様からの厳令だ。この男から何があったのかを、何が目的でこの街に侵入したのかを吐かせるのだ」


 コシュカも冷たい視線を向ける。


 それでも、ガットは声を出し続けた。

 真実を伝えるために。


 しかし、その声は醜い音となって牢獄にむなしく響くのみだった。


 去り際にデルニラたちの声が聞こえた。


「あの薄気味の悪い肉塊はどうした」


 コシュカが答える。


「はい。ホーホ様たちの血肉である可能性がありますので、城の宝物庫にて厳重に保管しております」


 そのうち、バタンという重い鉄扉の閉まる音がして、入れ替わりで薄汚れた衣服に身を包んだ拷問官がやってきた。


「うぅう……」


 あれから幾日が経ったのだろう。

 ガットは凄まじい拷問によって全身を殴打され切り刻まれて、それでも息も絶え絶えに生きながらえていた。


 肉体の痛みより、精神の辛苦が遥かに勝っていた。


 繰り返される数多の殴打で薄れゆく意識のなか、ホーホやフォルティス、フロースやテルアにあの幼子の笑い声が聞こえる。


「お、俺がここでし、死んだらほんとうにた、旅が終わってしまう」


 うっすらと星空の見える鉄格子を腫れあがった顔で見上げながら、ガットは涙を流す。


「こ、このまま……お、俺は……」


 そう呟いて、バタリとガットが倒れる。


 凄まじい絶望と激しい拷問による肉体のダメージによって、ガットの命は風前の灯となっていた。


 薄れゆく意識の中で石牢に横たわる。

 

 頭上の小さな隙間から月光がやさしく差し込んでいる。

 遠くからリーン、リーンと涼し気な虫の音も聞こえている。


 口から泡を吹きながら、ガットが意識を失いかけたそのとき……

 坑道の中で聞こえた声とはまた違う声が聞こえた。


「ぉぃ。……おい! 起きろ!」


「うぅ……」


 ガットが薄目を開けると、そこには握りこぶしより少し小さいくらいの醜い魔物? を思わせる風貌の丸いもの、が立っていた。


 それが言う。


「起きるんだ! がここから出してやる!」


 そう言って、小さな羊の胃袋に入った白く酸っぱい液体と熟れて崩れた果実をガットに渡す。


「これを食え! 食ったら呼ぶんだ!」


 ガットは、が手渡した飲み物と果実を一気にむさぼり食う。飢餓の頂点にあったガットには、それらは甘露の味がした。少しだけ元気と正気を取り戻す。


 落ち着くと、目の前のに尋ねる。


「お、おまえは……?」


「オリか? オリはあれだ! お前が拾った『ガムラン坊』だ!」


「ガ、ガムラン坊……あぁ、あの球か……」


「そうだ! オリは何百年か前にライラ様たちに造ってもらったあやかしだ!」


「あ、あやかし?」


あやかしだ! ガムラン坊! むかし、そう呼ばれてた!」


「そ、それがなんでおれを……?」


「オリの命の恩人だ! だから助ける!」


「?」


 と、ガットが閉じ込められている石牢の前からコツコツと見回りの足音がした。

 横たわるガットの腹の下にガムラン坊やが隠れる。


 見回りは、石牢を覗き込んですぐに離れていく。


 ガットはガムラン坊に尋ねる。


「さ、さっき呼べと言っていたが、いったい何を……?」


「あの棒だ!」


 ガムラン坊が言う。


「おまえに拾われてオリが目を覚ましたとき、あの棒からすんげー力を感じた! あの棒の力があればきっと何とかなる気がする!」


「グ、グングニルか」


 ガットが呟くと、ガムラン坊が目を見張る。


「グングニル!」


 ガットが、何か知っているのかと尋ねるとガムラン坊が体を横に振りながら、名前がかっこいい! と答えた。


「とにかく、あの肉の塊を取り戻さないと! ホーホ様たちが燃やされちまう!」


 ガムラン坊の言葉に、今度はガットが目を見張る。


「お、おまえ、あの赤黒い肉塊がホーホたちだって知ってるのか?」


 ガットの問いに、ガムラン坊が深く深く頷く。


「あぁ! よ!」


 ガットは、思わず上半身を起こして前のめりになる。


「み、見たのか!? ど、どんなだったんだ?」


「そんなことより今は!」


 ガムラン坊がガットを制す。


「あの猫の魔法使いが! ホーホ様たちを燃やそうとしてる! 取り戻すんだ!」


 その言葉にガットは動揺する。


「も、燃やす? あの肉塊を?」


「この街には昔から、何でも灰に出来る聖なる炎『ゴッドファイヤー』の種火がある!」


 ガムラン坊が、地面に積もる砂ぼこりを使って絵を描く。


「そいつはあの城の地下深くにあって、オリの聞いた話では明日の朝にはホーホ様たちを燃やすって言ってた!」


「それでオリはあんたを……」


 そこまで言いかけて、突然ガムラン坊がガットの眼前から消える。


「!?」


 よく見ると、今までガムラン坊が喋っていた場所に甲冑に覆われた脚が見える。


 ガットがその脚を追って見上げると、目の前に大きな黒い兵士が立っていた。


 ガムラン坊を踏みつぶしたまま、その兵士が声を上げる。


「貴様、を知ったからには今ここで死んでもらう」


 そう言って、兵士が大きな剣をガットの頭上に振りかざす。


「ま、まってく……」


 ガットが声を上げようとするや否や、その兵士は剣を振り下ろした。


 ガットが必死で身をかわすが、左腕の肉をごっそり切り落とされる。


 兵士は振り下ろした剣を回転させながらそのまま地面に強く打撃し、その反動を利用して二撃目をガットの股間めがけて走らせる。


――避けきれない!


 ガットがそう思った時、ガムラン坊やが放った言葉を思い出す。


「あのを呼べ!」


――そうだ、グングニルを呼ぶんだ。


――ホーホたちのためにも、俺はここで死ぬわけにはいかない!


 兵士の切っ先がガットの股間に接触する直前、ガットは咆哮ほうこうした。


「グングニーーールっ!!」


 ガットの声が終わらぬうちに、ズドーン!!! という大音響とともに凄まじい地響きが一瞬で到達し、その衝撃に剣を振るう兵士もひっくり返る。


 城内地下深くの廃棄物行き場にうち捨てられていたグングニルが、ドーラの砲弾が爆出されたかような恐ろしいエネルギーの塊となって、轟音を立てて在るべき場所に戻る。


 廃棄場の入口で、石牢の入口で立哨りっしょうしていた門番たちが衝撃で吹き飛ばされる。


 ガットに呼応して、壁を破り岩盤を突き抜けて、ガットの収監されていた石牢をもぶち抜いて、グングニルがぶっ飛んでゆく。


 如何なる障害障壁をもぶち抜いて、槍が返ってくる。

 その衝撃で兵士は更に吹き飛ばされ、もんどりうって遥か彼方へ転がってゆく。


 グングニルが進行した道筋には、巨大な竜の爪痕のようなわだちが残されて白煙が上がっている。


 戻ってきたグングニルをむんずと掴み、踏み潰されてぺちゃんこになったガムランボールをそっと拾って懐にしまうと、ガットは股間の無事を確認したのち城に向かって走り始めた。


 グングニルが起こした騒ぎで一気に城内が騒がしくなり、やがてガットのもとに沢山の重装した兵士が集まってくる。


 ガットは、ふしゅーふしゅーと荒い呼吸を立てながらグングニルを振り回して兵士たちをなぎ倒し、、牢塔を破壊しながら城にむかって猪突猛進した。


「まるで、東方の伝説に聞く韋駄天のようだな」


 並みいる兵士をなぎ倒し、城に向かって全力で疾走するガットを眼下にコシュカが呟く。


「あの男を決してこの城に入れるな!」


 デルニラの号令で重厚な甲冑に身を固めた兵士たちがガットに突進するが、ガットの勢いはまるで衰えることなく、やがて分厚い鋼鉄で出来た城門をも吹き飛ばして城内へと侵入する。


「ど、どこだ! ホーホたちはどこにいる!」


 ガットは必死になって目を凝らすが、あの赤黒い肉塊がどこにあるのか分からない。


 ふと、ガムラン坊が言っていたことを思い出す。


「そ、そうだ、地下だ! 地下にあると言っていた!」


 そう言うと、ガットは地下に続く通路を探すために再び動き出す。

 と、頭上から声がした。


「探し物はこれか!」


 ガットが見上げると、赤黒い肉塊を掲げたコシュカが城塔の上に居た。


「これが欲しくば武器を置け!」


 ガットが歯ぎしりする。

 よく見ると、赤黒い肉塊はコシュカの握る槍に貫かれていた。


「があぁああああ!!」


 怒りに任せてグングニルを投擲する。

 グングニルは凄まじい速度でコシュカめがけて飛んでゆく。


 だが、コシュカの眼前で急激に速度を落として、遂には停止してしまう。


「な、なんで……」


 ガットが目を見開く。

 グングニルはそのまま落下して、ガットの傍らの地面に突き刺さる。


――お、俺は槍にも見放されたってのか。


 放心状態となったガットがグングニルに手を伸ばそうとして……兵士たちに飛び掛かられてあっという間に捕縛されてしまった。


「牢ぬけは、死罪です」


 デルニラが強い口調でデーデキントに詰め寄る。


「うむ、確かにそうだ。そうだが……」


「あの者はどれだけの責め苦を与えても一切の事情を話しません。ですが、ホーホ様たちがあの者に殺されたことは間違いありません。これは嫌疑ではなく事実なのです」


 コシュカも言う。


「ホーホ様だけではありません。テルア様もフォルティス様もフロース様もあの幼子も、皆あの者に殺されてしまった。そして、こともあろうにその死肉を持ち歩いていたのです」


 デーデキントが腕を組む。


 色々と腑に落ちぬことはある。しかし、民衆に呪いからの解放を声高らかに宣った手前、この事実が知れ渡れば民衆の落胆と怒りの矛先は間違いなくあの男に向かうだろう。


――そうなれば、もはや制御できない。


 デーデキントがアルパを見る。

 アルパは口を一文字にしてうつむいていた。彼らをここに導いたことに一抹の罪悪感を感じているのであろう。


 デーデキントはふぅと小さく嘆息すると、玉座から立ち上がった。


「それでは、あの男の処置について私の考えを述べる」


 そう言って、眼前の臣下たちを見回して言う。


「あの男を墓標都市マウソリウムへ護送せよ。そこで死刑に処すこととする」


 デルニラやコシュカ、アルパたちが一斉に顔を上げる。


「奴は人を殺め、挙句牢を破った。これはデルニラの申すように死罪に値する。しかし、我が国ではその死罪を廃止している。だが、このまま事実を伝えても民衆の失望と怒りを鎮めることは到底出来ないだろう」


「従って、本件は我が国と友好関係のあるマウソリウムにて処置を下すものとする」


 そう言ってから、デーデキントがデルニラに指示を出す。


「早速だが本件を書簡にまとめ、マウソリウムへ使者を送れ。承諾を得次第、速やかに奴をマウソリウムへ護送するのだ」


「しかし……」


 デルニラが何か言おうとするのを、デーデキントが制す。


「奴をここから出す前に民衆が事実を知れば暴動を起こしかねん。そうなる前に手を打つ」


「分かりました。今すぐに手配を致します」


 そう言って、デルニラが部屋から早足で出て行く。

 それを見送ってから、今度はコシュカに声を掛ける。


「それで、あの肉塊については何か分かったのか?」


「はい、あれは間違いなくホーホ様たちの血肉です」


「……そうか」


 そう呟いてから、デーデキントが日の出を前に白み始めた夜空を見上げて溜息をつく。


 その後ろ姿を、コシュカがじっと見つめていた。



「なに? デーデキントからの書状?」


 早馬で届けられた、厳重に封印された書簡を手渡された墓標都市マウソリウムの領主ヴォルグがいぶかし気な顔をする。


 十六から十七歳ほどに見える、真っ黒なコートに身を包みアップバング風に切りあげた金髪で金瞳のこの青年が、今はこのマウソリウムの領主としてこの街を護っていた。


「厳重にスパイラル・レターロッキングされたうえに、何重にもプロテクションがなされております。何か大変なことが……」


 白銀のステハリの上から金の刺繍が施されたオラリを羽織り、頭にやはり白銀の地に金で刺繍が施されたクロブークを被った臣下たちが心配そうな表情を並べている。


「まぁ、まずは読めば分かるだろう。余計な詮索は無用だ」


 そう言って皆をなだめたあと、ヴォルグはその書簡に目を通す。


「ん? ある男を処刑……?」


 ヴォルグが怪訝な顔をする。


「ど、どうかなさいましたか、ヴォルグ様?」


 臣下たちが心配そうにしているのを見て、ヴォルグがその書簡を手渡す。


「そこには、ある罪人を処刑して欲しいとある」


 臣下たちがざわめき出す。


「仲間を皆殺しにした挙句、牢を破ったらしい。とんだ大悪党だな」


 ヴォルグの言葉に臣下たちが口々に言う


「ヴォルグ様、これは罠かもしれませぬ。罪人の処刑依頼は度々ありましたが、それは常に長い協議の末の取り決めで慎重に行われてきました。しかし、今回のこの依頼は書面から察するに何か性急が過ぎる気が致します」


「こんな時勢です。バルバライゾにとって都合の悪い政治犯もしくはこの国に害なすディストゥラクショニスト(破壊主義者)でも送り込むつもりでは……」


「邪推もほどほどにしろ」


 そう苦笑して、ヴォルグが玉座から飛び降りる。


「確かに通常の手順ではない。しかし、向こうにも何か事情があるのだろう。こちらの一方的な邪推に依って嘆願、というほど詳しい説明は無いが、無下にするわけにもいくまい」


 そう言ってヴォルグが書簡を手にする。


「よくは分からん。何か裏がありそうだ。しかし、罪人の首ひとつでバルバライゾとの蜜月が維持出来得るならば、私はその依頼を受けようと思う」


「分かりました、ヴォルグ様。それでは早速返事を認めて使者を送らせます」


「よろしく頼む」


 そう言ってヴォルグは天井を見つめた。


 彼が治めるこのマウソリウムはその名の通り墓標都市として古くから諸国に知られていた。建国は古く、その起源は遥か数千年前より墓標を護る街として栄えてきた。


 しかし墓標都市との呼び名の通り、いつの時代も『死を司る街』として他国からは忌み嫌われて荒廃していた時期もあった。


 だが、ある日この地域にやって来た男の献身に加えて、魔法国家ランゲルデ王国十三代国王ラッテンペルゲが人非ざる者たちに対し全世界規模で行ってきた大虐殺から大魔王となったラッテンペルゲの大侵攻という時代のなかで、人間によって各地に建国された国々では基本的には死刑を廃止する法律が主流となり、しかし処刑せねばならない人間をここマウソリウムで処刑することで体裁や国民感情のコントロールを行う役を担わせる目的もあって、再びマウソリウムの街は以前の活気を取り戻しつつあった。


「いわゆる、エクセキューショナー(死刑執行人)だな」


 ヴォルグが呟く。


「そんなことを仰らずに。我々は人知れず世界の均衡を保っているのですから」


 そう言って慰める臣下にヴォルグは言う。


「実際そうだ。我が街の地下には、マウソリウムの名に恥じぬ更におぞましきものもあるのだからな」


 そう言って、ヴォルグは自虐気味に笑みを浮かべるのだった。

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