第31話 Someone Tell Me It's a Dream

 どのくらい寝ただろう。


 ふっとガットが目を覚ます。

 寝る前と同じく、焚火の淡い光に照らされた黒い岩盤が目に入る。


「うぅ、すっかり油断して寝入っちまった」


 地下迷宮の中に居るってのに、などと自戒の念を込めながらそう呟いて、ふと寝入る前と違うことに気づく。


――ん? 妙に静かだな。


「みんなも昼寝してるのか?」


 んんっ、よく寝たと腕を突き上げて伸びをしながら辺りを見回して……硬直する。


「お……おい。ウソだろ?」


――どこに行った? みんな、どこに行った!?


「お、おい! ホーホ、テルア!」


 焚き火にくべた薪を松明代わりに取り出して、改めて周囲を見渡す。


「柄にも無いことすんなよ、フ、フォルティス、フロース! いるんだろ? からかうなよ!」


 ガットの周囲には誰も居ない。

 真っ暗な空間が眼前に広がり、静寂に包まれた空間にガットだけが佇んでいる。


「ま、まてまてまて。」


 最悪の事態が頭をよぎる。


「ま、まさか、またどっかに転生したんじゃ……」


 ガットの足がガクガク震えだす。


「まだ、まだ続けるんだよ冒険を、旅を。やつらと始めたばっかりなんだ」


――幼子を助けたのも、フォルティスやフロース、ホーホにテルアとグングニルを振るったあの日々が前世の記憶? あの物語が、こんな中途半端なところで終わる?


「な、なんだ? ね、寝てる間に襲われちまったのか」


 混乱する頭で、ふと思い出す。


「そ、そうだ! 槍は、グングニルはどこだ!?」


 すぐに右手に何を掴んでいる感触を覚えて、掴んでいるそれを目の前にもってくる。


 それは、確かにグングニルだった。


「よ、よかった! 本当によかった!」


 ガットはグングニルを拾い上げて、心の底から安堵の嘆息をあげる。


「よ、良かった。本当に良かった。まだ、続いてるんだ。死んでない。本当に……」


 ふと、足元でうごめいている何かに気づく。


「な、なんだ?」


 目を凝らしてよく見ると、それは亜人の子らの村で見た、あの赤黒い肉塊だった。


「え……? なんでこれがこんなところに……」


 刹那、あることに気づいてガットの背筋が凍る。


「な、なんでこいつからやつらの匂いがするんだ?」


 確かに、ホーホがいつも付けていた魔除けの香水の匂いが微かにする。

 フロースがあかぎれの手足に塗っていた薬草の匂いもする。


 そして、テルアが首から下げていたあのルリスタン青銅器が肉塊の傍らに転がっていた。


 ガットは震える手で、その赤黒い肉塊をゆっくりと持ち上げる。


 赤黒い肉塊はかすかに動き、その表面からべとべととした油の交じった血のような液体がにじみ出る。


「う、うそだろ?」


 身体の震えが止まらない。


「ど、どうすりゃいいんだ……」


 そう言って再び辺りを見回す。


「ホーホ! フォルティス! フロース! テルア!」


 ガットがいくら叫んでも、その声は坑道の漆黒に消えてゆくだけで誰も呼応しない。


「どうすんだ、どうすりゃいい」


 少しでも気を緩めれば崩れ落ちてしまいそうな膝を叩きながら、深く深呼吸を繰り返す。


「そ、そうだ。ま、まずはここを出よう。外に出ればバルバライゾの連中が何か対策を講じてくれるかも知れない。ホーホたちを元に戻す方法を知ってるかも知れない」


 自分に言い聞かせるように、そう必死にひとり呟きながら、道具を包んできた布で赤黒い肉塊を優しく包み抱き上げる。


 ガムランボールと魔法弾を入れた巾着袋を腰ひもに巻き付け直して、再び歩き出す。


「少しだけ辛抱してくれよ。すぐに元に戻してやるからな」


 そう声を掛けて、ガットは足早に元来た道を戻ってゆく。


「きっと偏倚へんい魔法だ。何が起きたか分からないが、ホーホたちは偏倚へんい魔法にやられたんだ」


――早く、早く。


 懸命に出口を目指すが、焦りで足がもつれてうまく歩けない。


「あっ!」


 石につまずいて転倒した拍子に、赤黒い肉塊がガットの手から転げ落ちる。


 べっちゃべっちゃと耳障りの悪い音がした。


「あぁ、すまん。ごめん」


 そういって赤黒い肉塊を手繰り寄せて……

 どっと涙があふれ出てきた。


 亜人の里で、ホーホは言った。


――これを元に戻す方法はないと。元に戻るときは、だと。


「グ、グングニルでも、どうにもならねーのかよ」


 ガットは歯を食いしばる。

 グングニルは沈黙している。何も感じない。


「と、とにかく外に出よう。コシュカたちなら、何か知ってるかも知れない」


 そう自分に言い聞かせて、ガットは再び立ち上がる。

 全身からべっとりと脂汗がにじみ出る。


「大丈夫だ、きっとなんとかなる」


 祈るようにそう呟きながら、出口に向かってひた歩くのだった。

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