第29話 契約の魔女

「うんまそうな料理がめいっぱいじゃ!」


 案内された大宴会場には物凄い量の食卓と料理が並んでいた。食卓の上には色とりどりの料理が所狭しと並んでおり、そのどれもが手の込んだ素晴らしいものであった。


 ホーホとテルアが歓喜の声を上げる。


「こ、これ! ぜんぶ食っていいのか!?」


 テルアが袖でよだれを拭きながら尋ねる。


「はい、もちろんでございます」


 アルパが笑顔で答える。


「や、やったー!!」


 そう叫んでテルアとホーホが食卓へ走り出す。


「おいテルア、少しは節操を学んだらどうだ。ホーホ様も、まったくはしたない」


 フォルティスにたしなめられるが、二人はまるで意に介していない。


「いやぁ、美味いのう!」


「美味い! 美味いぜ、ホーホ様! 兄貴も早く!」


 そう言ってがつがつと肉やパンを口に放り込む彼女らを苦笑いしながらガットが見つめていると、後ろで見知らぬ男の声がした。


「……まるでしつけのなっていない犬だな」


 それは一切のオブラート無き、心からの侮蔑ぶべつの感情を表した言葉だった。


 ガットが振り向くと、そこには金色のソバージュに青い目をした、齢十五~十六歳程度の少年が立っていた。


「これは、デーデキント様。ご機嫌麗しゅう」


 そう言って頭を下げるアルパとコシュカに、デーデキントがホーホを指さして問う。


「あれが『契約の魔女』なのか?」


 相変わらずホーホは肉料理をむさぼり食っている。


「はい。確かにそうでございます」


 コシュカが答える。


「もう一人の下品な女はなんだ?」


「はい。『契約の魔女』様と行動を共にする、テルアと申すホーホ様のにございます」


 今度はアルパが答える。


「して、お前は誰だ?」


 デーデキントがガットに尋ねる。


「お、俺は……」


 ガットが答えようとすると、フォルティスが割って入ってきた。


「お初にお目にかかります。わたくしは遥か東方の里より参りましたフォルティスと申します。そしてこちらの者が血を分けた妹のフロースとそのになります」


 フロースが静かに頭を下げる。


「大森林の辺境の者か。まぁよい。ここに来た目的を含めて今日は沢山話を聞かせてもらうぞ」


 先に書斎に戻る、そう言ってデーデキントは大広間を後にした。


 大広間を出ていくデーデキントを見送ったのちに、フォルティスが小声でガットに呟いた。


「今、お前とお前のその槍の話はしないほうがいい」


「……なぜ?」


「奴らの目的が分からない以上、必要のない情報を与えてやる必要はない」


「特に、その槍の力は異端だ。今は黙っていたほうがいいだろう」


 フォルティスの忠告をもっともだと思ったガットは答える。


「……あぁ、わかった」


 そんな、フォルティスとガットのやりとりをコシュカが黙って見ていることに二人は気付かなかった。


「いやぁ、美味かった!」


 大きく膨らんだ腹をさすりながら、満足そうな表情を浮かべるホーホとテルアをたしなめながら、ガットたちはコシュカの案内でデーデキントの書斎へと通された。


 その書斎は、壁面に設けられた大きなステンドグラスから入ってくる太陽の日差しでとても明るい部屋だった。そして、整然と並べられた歳月を感じさせる重厚な作りの書棚にはあらゆる種類の本が詰め込まれている。


 そんな部屋の中ほどに置かれた大きな机に、デーデキントは座っていた。


「腹は膨らんだか?」


 デーデキントの短い問いに、ホーホとテルアが代わる代わる答える。


「いやぁ、美味かった! さすがは交易の国、バルバライゾじゃ。馳走になった」


「ほんとホント、こんな美味いもん食ったのは生まれて初めてだぜ!」


 彼女らなりの不器用な謝意の示し方に、少しおかしそうな顔をしながらデーデキントが質問する。


「それで、『契約の魔女』よ。本題に入るが、我が国と交わした契約を覚えているか?」


「……契約?」


 ホーホがまた首を傾げる。


「我がバルバライゾと契約を結んだのか?」


「とぼけるな!」


 側近のデルニラが声を上げる。


「お前との契約のせいで、デーデキント様はおろかこれまでの歴代の王たちは皆この土地に縛られて生きてきたのだ!」


「デルニラ、落ち着け。」


 デーデキントが声を掛けるが、デルニラは収まらない。


「三百年前にあの大迷宮を掘削し始めた時、お前が交わした契約は今も生きている。お前はあの時すぐに戻ると言ったのに、三百年も現れなかった。三百年もだ!」


「い、いったいどんな契約をしたんだ、お前は?」


 それまでのやり取りを黙って見ていたガットが思わずホーホに尋ねる。

 すると、ホーホの目が左右に泳ぎ始めた。


「ま、まさか、お主らあの約束を今も守っておるのか?」


「そうだ! そのせいで、王族と王族に使える従者たちは三百年もの長きに渡り皆このバルバライゾの街から出ることが出来ないのだ!」


 デルニラの言葉に驚く一同。


は、決して単なる決まり事なんかじゃない。その約束にはが発生する。すなわち言霊を伴うなんだ」


 そう言って、デルニラは街の方角に向かって指を指した。


「忘れたなら思い出させてやる。お前との契約は『終わるのを待て』だ」


「終わるのを待て? なんだ、それは?」


 ガットが声を出す。


「……掘削だ」


 デーデキントが答える。


「あの大迷宮は、元は大迷宮などではなかった。国をおこし始めたばかりで貧しい我々のために、その魔女たちが坑道を掘り始めた。すると、予想以上の鉱物や岩塩が採掘出来たんだ」


「それを見た魔女は自らの魔力を石に封じ、その石を埋め込んだオートマタを使って更に坑道を掘り進めた。当時の記録を紐解くと、街の者たちは王族も含めてそれは盛大に彼らをもてはやしていたらしい」


「やがて、街の坑道から掘り出される膨大な量の鉱物や岩塩によって街は栄えはじめ、今日に至る繁栄の基礎を築けたとある」


「そ、それじゃホーホ様に感謝こそすれ、敵意を持つのは筋違いじゃねーか!」


 テルアが口を挟む。


「問題はその後だ。そこの魔女は我々の街が自立したのを見届けると、この地を去った。街を外敵からまもるための強大な結界を築いてだ。その際、掘削を続けるオートマタたちはそのままに。そして我々に言ったのだ」


「な、なにを?」


 テルアが尋ねる。


「近いうち、オートマタを回収する為に戻ってくると。それまで、坑道を、街を守っていてくれと」


 デーデキントがため息をつきながら言葉を続ける。


「もちろん、当時は感謝の念を込めて約束したそうだ。魔女様たちの仕事が終わり、無事に戻られるまで必ず街を、坑道をお守りしますと」


「そうして魔女たちが帰るのを待ち続けて三百年の歳月が流れた。その間も休むことなくオートマタたちは掘削を続け、今やその坑道はダンジョンとも大迷宮とも称される規模を誇るようになった」


「で、でも掘れば掘るだけお宝が出てくるなら幾らでも掘らせりゃ……」


 テルアが言う。


「それが、ダメなのだ」


 ふたたびデルニラが答える。


「地下に広がるあの坑道は、今や街の規模を遥かに上回る。そのため、このバルバライゾの街は常に崩落の危険と隣り合わせになっているのだ」


「ゆえ、その後使によって坑道の入口に魔法塔を建造し、空間に弾力を与える魔法をその塔から供給し続けることで空洞を満たし、街の崩落をかろうじて支えている状況なのだ」


「それなら、そのオートマタを破壊すればいいだけのことではないか」


 フォルティスが言う。


「坑道の、大迷宮の奥底にいるのなら、探索でもなんでもして見つけ出せばいい。見つけたら破壊すれば問題は解決する」


「それがダメなのだ」


 デーデキントが答える。


「我々も街の地面が諸所で崩落し始めた時、すぐにそのことに気づいて探索隊を幾度も坑道へ送り込んでいる。しかし、まったく見つからないのだ」


「報告によると、どうも坑道内には認識阻害や空間を捻じ曲げる魔法が幾重にも張られていてオートマタのところまでたどり着けないらしい」


 デルニラも溜息をつく。


「あの巨塔ローカパーラの建造に貢献してくれた大魔法使いですら、それが出来なかったゆえにローカパーラを建てたくらいだからな」


 デーデキントが再び溜息をつきながら言う。


「しかし、そんな憂いも今日で終わる。さぁ、まずはオートマタを止めるのだ。そして坑道を埋め直せ!」


「我々は三百年も待っていたのだ!」


 デルニラの言葉に、フロースが答える。


「で、でも! ホーホ様は私たちをまもってくださるために大陸の各地に大結界を築かれて下さった偉大なお方です! 三百年前にこの地に再び現れなかったと仰られていましたが、それはホーホ様がお亡くなりになったからじゃないでしょうか」


 フロースの言葉に、デルニラの目が吊り上がる。


「我々をたぶらかす気か小娘! そこに『契約の魔女』は居るではないか!」


「あの、これにはちょっとワケがあってだな……」


 ふたたびガットが割って入る。


「先ほどから、貴様はなんなのだ!?」


「落ち着け、デルニラ。お前の気持ちもよく分かるが、今は彼らの話を聞くことが肝要だ」


 激高するデルニラをデーデキントがなだめる。


「も、申し訳ありません、デーデキント様。私としたことが、思わず身の程もわきまえずにお見苦しいところをお見せいたしました」


 デルニラが、そう言って頭を下げて後ろに下がる。


「三百年前に『契約の魔女』は死んだ、と言ったな。フロースとやら、その話を詳しく聞かせてくれ」


 そうして、フロースやフォルティスがこれまでの経緯を説明した。

 一点だけ、グングニルのことには触れずに。


 最初は不審がっていたデーデキントやデルニラであったが、に落ちない顔つきではあったもののコシュカとアルパの説得もあって最後にはその物語を納得した。


「だが、我々も三百年間の長きに渡りあなたの帰還を待ったのだ。約束通り、パンドーラの掘削を停止して、かつ元通りにしてもらう。」


「えぇ!?」


 と顔をしかめるホーホにデーデキントは続けて言った。


「我が国の地下に広がる広大な空間がいつか崩落して街ごと沈んでしまうのではないかと、ことあるごとに我々は危惧してきた。その危機感が国の方針を左右してきたことも、数えれば枚挙まいきょにいとまが無いほどだ」


「更には、三百年前の契約で我々王族や臣下はこの地を出ることが出来ない」


 そういってデルニラも古い契約書をホーホの目の前で広げて言った。


「すべてが済んだら、この契約の無効を宣言するのだ」


「うぅ、めんどくさいのぅ」


 ホーホが顔をしかめる。


「こ、この魔女は!」


 青筋を立てて激高するデルニラをまぁまぁとなだめつつ、アルパがホーホに声を掛ける。


「デーデキント様やデルニラ様のお話を聞いて、ようやく私も合点がゆきました。早速ですが、まずはパンドーラの入口をご覧になるのは如何でしょう?」


「事の始まりには難あれど、ぜひ見てみたい」


 フォルティスが言う。


「おれもおれも! 生まれてこのかた大迷宮なんて見た事もねーや! ね? 兄貴!」


 テルアも興味津々だ。


 そんなきゃっきゃと騒ぐ天真爛漫てんしんらんまんなテルアを、なぜかデーデキントがじっと見ている。


「どうかされましたか?」


 コシュカが横から顔を覗かせながらデーデキントにそう尋ねると、彼は驚いたような顔をして答えた。


「な、なんでもない。ただ、我が国ではあのようなはしたない女を見ないから、珍しくて見入っていただけだ」


「ほぅ、そうでありますか」


 そう言って、コシュカはアルパと目を合わせて笑うのだった。



 その後、デルニラから大迷宮パンドーラとその上に立つ守護塔ローカパーラについての詳しい説明があった。


 三百年前にホーホたちが掘削を開始したのち、ホーホの魔法が掛けられた自動人形たちは黙々と坑道を掘り進めた。そして様々な鉱物や薬や錬成の材料となるような貴重な土中生物、この場合は下級魔物や精霊崩れのたぐいが結晶性知識を得て目に見える形で活動を営むもの、などを産出していた。


 やがて、ホーホたちがバルバライゾを離れる際、外敵を防ぐため街を覆う尽くすほど巨大で強固な多重結界と、坑道にも盗掘を防ぐ目的で認識阻害を主とした魔法結界を幾重にも施したのだという。


「うーん、当時は余裕が無かったこともあって、どのような施術をしたのか全然覚えておらなんだ」


 そうぼやくホーホを横目に、デルニラは説明を続けた。


 やがて、ホーホたちが街を去ってから五十年ほどが経過したある日、街の東側が大きく崩落し、数十とも数百ともあろう人々が地下に飲み込まれたという。


 そのことはすぐに城にも伝えられ、当時の王はすぐさま救出隊を結成してその崩落現場へ向かわせたものの、坑道に幾重にも張られた結界に阻まれて崩落に巻き込まれた人々を発見することが出来なかったと文献に記録されていたそうだ。


「……大惨事じゃねーか」


 ガットがそう言うと、ホーホは黙ってうなだれた。


 そして、その後も同規模の街の崩落は続き、事態を重く見た王は掘削の停止を命ずることを決めた。しかし、オートマタたちへの命令を下達する方法が分からず、またオートマタの破壊を試みるも結界に阻まれ坑道を進むことが出来ないというジレンマが続いた。


 やがて、当時の街の半分以上が崩落に飲み込まれ、しかし契約によって街を離れることが出来ないという二重苦に苛まれてバルバライゾの命運も風前の灯かと思われたある日、遥か西方から噂を聞いてやって来た魔法使いが坑道の結界を突き破って空間に弾性を与える効果を発揮する空間魔法を開発し、それを常時坑道へ圧入することで街の崩落を抑える方法を編み出してくれた。


「その空間魔法を発揮、圧入する為に造られたのが守護塔ローカパーラなのだ」


 そう言ってデルニラは窓の外を見た。

 眼下にはバルバライゾの美しい街並みと聳え立つローカパーラが見えた。


「あの塔は哨戒しょうかいにも役立っている。まさに我が街の守護塔だ」


「いずれにしても、当時その崩落に巻き込まれた人々の安否も、今現在坑道が、パンドーラがどのような規模や構造をしているのか、全くわかってはいないのだ」


 いつの間にか後ろに立っていたデーデキントが言う。


「もしそこで命を落としていたのなら、せめて骨だけでも拾ってやりたいと思っている」


「これは、絶対に坑道を開放しなきゃだぜ」


 デーデキントの視線を感じて顔を上げたテルアが言う。


「ホーホ様、おれも手伝うからさ。一緒に行こうぜ!」


「……」


 口を一文字にして考え込むホーホに、ガットも声を掛ける。


「もちろん俺も行くよ。あまり役には立たないかもだけど」


「デーデキント様の仰られることはごもっともだ。私ももちろんお供します、ホーホ様」


 フォルティスとフロースもそう言って頷く。


「つくづく因果とは不便なもんじゃな」


 そう言ってホーホが顔をあげてデーデキントを見た。


「確かにおぬしの言う通りじゃ。生前のわれが作った大穴に沈んだ人々の骨を集め供養したい。そのためにも出来ることはしよう。ただ、気がかりはある」


「気がかり?」


 その言葉にデルニラが怪訝けげんな顔をする。


「先ほどの話の通り、われは魔力を介して本体を投影した複製品、まがいものじゃ」


 そう言って寂しそうな表情で窓の外に目をやる。


「われは凄いんじゃ。凄いが生前の、しかも全盛期のわれが構築した魔法構造物を瓦解がかいできるかの」


「で、出来るよ!」


 唐突にテルアが大声を出す。


「確かに今のホーホ様は偽物かもしれねぇ。で、でも今回はおれたちがいる!」


「偽物って……」


 ガットは苦笑いしたが、ホーホは真顔でガットを見つめながら言った。


「確かに、今のわれに三百年前のわれほどの力はなくとも、あの時には無かったものもある」


 そう言ってから、テルアに一喝した。


「われはわれじゃ。少なくとも偽物ではないわ!」


 怒鳴られたテルアが頭を掻きながら苦笑いする。


「それではやってくれるな、『契約の魔女』よ」


 やりとりを見ていたデーデキントが、ふぅと小さく嘆息したのちに手を挙げる。


 と、デルニラが古文書のような巻物を取り出しホーホに手渡した。


「これが三百年前に交わされた契約書だ。全てを元通りに」


 それを受け取ったホーホが頷く。


「まずは坑道、大迷宮パンドーラの全結界を解除したのちその規模と全体像を明らかにしよう」


 その言葉にデーデキントが答える。


「承知した。道がひらけて工作兵が投入できるようになれば、坑道の物理補強をしながら、それとは別に先進導坑パイロットトンネルの構築も可能となろう」


 そのための協力は惜しまない。

 そう言うデーデキントに、ガットも答える。


「微力ながら俺たちも協力させていただきたい。少しでも早く掘削を止めて街の崩落を防ぐためにも」


「そうだ、あんな美味いもん食える街なんだ。無くなっちまったらもったいねーや!」


 テルアも、被っていたかぶとを揺らして拳を振り上げる。


 その姿をデーデキントがじっと見ていた。

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