第27話 港湾都市バルバライゾ

 亜人の里を出てから三ヶ月ほどしたある日、ガットたちは海沿いの街道に出た。


「わぁ、海か! これが海かぁ!」


 海を初めて見るテルアやフロースが目の前に広がる雄大な風景に感嘆の声をあげる。


 一見して何もないように見えるその街道には、実に多くの商人や荷を満載した幌馬車が往来していた。


「一体、皆どこに向かうんだろう? そして、どこから来たんだろう?」


 ガットは首を傾げたが、その謎は商人との会話ですぐに解決した。


 遠目に見ると何も無いように見える海岸線。

 だが、眼前に大きな街があるという。


「まぁ、魔王軍に感づかれぬよう認識障害を誘起させる結界が幾重にも張られておるからな」


 道中で出会った行商から物々交換して手に入れた干し芋を咥えながらホーホが呟く。


「入用なものもある。一度その街に立ち寄って休息を兼ねて装備の充実を図るのもよいかもな」


 フロースたちも人間の街は初めてじゃろうし、などと呟きながら千切った干し芋を次々に口に放り込む。


「ホーホ様、そんなボロぞうきんみたいな食いもん、ほんとに美味いのかよ?」


 いぶかしげるテルアの口に、ホーホが干し芋を突っ込む。


「うげぇ! あ、あれ? 甘い! うまい!」


 そう言って、クチクチと夢中で干し芋をかじるテルアの横でフォルティスが言う。


「ホーホ様、その街には我々ハーフエルフは侵入できるのでしょうか?」


「ふむ。あの結界から察するに、人外に対しても警戒心と敵愾心てきがいしんを露わにしてようじゃからな」


 ホーホが答える。


「そのままという訳にはいかんな」


 そう言って、懐から取り出した小瓶の中にあった虹色の飴玉のようなものをフォルティスとフロースに手渡す。


「ホーホ様、これは?」


 フロースが尋ねると、ホーホが言った。


「それは姿見を限りなく人間に近づける薬、いわゆるスキン・コーティング剤じゃ。見た目や体臭、マナ、それら魔法探知ですら検出できないレベルで肉体を変化させる」


「まぁ、一粒で一日から三日ほどしか持たんがな」


 そう言いながら、ぶつぶつと小声で何か詠唱しながら地面に小さな魔法陣を描く。


「ホーホ様、それは?」


 テルアが尋ねると、詠唱を終えたホーホが答える。


「これはイーグル・アイを授ける魔法じゃ。これを使えば結界の先にある街が見渡せる。加えて魔力や異能の力を持つ者があれば、多少ならそれらを見極めることが出来る」


「まぁ、これも二日から三日しか持たんがな。先ほどのスキン・コーティングと併せて使用するのが定石じゃが、被術者のマナを大量に消費するから一回使うと一月は再施術できん」


 そう言いながら、ホーホがフォルティスやフロースにそこに立てと促す。


「コーティング剤を口に含んでゆっくり舐めるんじゃ。その間にイーグル・アイをとす」


 フロースがこの子をお願いとテルアに幼子を手渡してフォルティスの傍らに立つ。


 ホーホが詠唱を始めると、二人の足元に描かれた魔法陣が輝き始めてやがて二人の姿は光に包まれて見えなくなる。


 ガットとテルアがその光景を見ていると、やがて光が収まって二人の姿が見えてきた。


「おぉ! すげぇ、人間だ! しかもとっときの美男美女だ!」


 テルアが手を叩いて声を上げる。


「たしかに、凄いな。見た目も雰囲気もまったく人間と変わらないな」


 ガットも舌を巻く。


 フロースとフォルティスが顔を見合わせながら、自身の手足をまじまじと見つめている。


 元々金髪に青い目の均整のとれた顔立ちだった二人だが、人化することで更に人間寄りの美男美女に変化する。


「ホーホ様、すごい魔法ですね!」


 フロースが感嘆の声を上げる。


「そうじゃろう。われは凄いんじゃ」


 満足そうなホーホに、フォルティスが言う。


「確かに凄い魔法です。これなら人間の街に入っても気づかれないでしょう。しかし、効果が持続する時間が心配です」


「確かに。変なところで薬が切れたら大事だぞ」


 ガットも唸る。


「それじゃ、さっさと街に行こうぜ! それでちゃちゃっと用事を済ますんだ!」


 テルアが楽しそうに提案する。


「そうですね、それがいいですね。私も人間の街にはとても興味がありますし、それに買い足したいものも幾つかありますし」


 テルアから幼子を引き取ったフロースが幼子をあやしながら、テルアに賛同する。


「それじゃ、行こうかの」


 ホーホの掛け声に皆が頷いて、その街の大城門へ向かった。


 その街は、元はバルバライゾと呼ばれる海沿いの街道に造られた交易で栄える街だった。


 しかし、数百年前から展開する強固な結界や海からの渡来もあり、のちに暗黒の時代と言われる時代の渦中にあってもバルバライゾの人々は比較的平和と安寧あんねいを享受していた。


 青い海に輝く砂浜。

 白い壁の建物が見渡す限り立ち並び、街も人々も日の光を浴びて輝いて見えた。


「あ、兄貴。なんだかここは眩しいぜ!」


 テルアも初めて見る海や海で採れる海産物に興味津々だ。


 ホーホも舌なめずりをしている。


「ほうほうほう♪  新鮮な魚介類が満載じゃなぁ。われは甲殻類に目がないんじゃ」


 こりゃ今夜も酒が進んでしまうのう! などと能天気なことを呟いている。


「ホーホ様、わたし初めて見るものばかりです! なんですか、この騎士のような生き物は?」


 フロースも、大結界を出て初めて目にする人間の街や海、それに海の幸に目が輝いている。


 同じくフォルティスも心なしか楽しそうだ。


 そして素体が良いからなのか、二人とも人間化した姿が街の老若男女に大変受けがいい。


「まぁ、仕方ない。いつものことだ」


 女性の黄色い声を受けて怪訝な顔をするフォルティスを見つめながら、しょんぼりするガットにホーホが声を掛ける。


「そんなに気に病むな。お主も十分男前じゃよ。ほれ、旨いもんでも食って嫌なこと忘れたらいい」


――んなわけあるかい。


 心の中でそう呟いて、じっとホーホを睨むガットを尻目に、ニコニコしながらホーホはフロースに答える。


「騎士のような生き物? そら、ウミクワガタじゃ。見た目はごっついが殻に詰まった身が美味いんじゃ」


 そう言ってよだれを垂らしている。


「ホーホ様、よだれ垂らしてら。汚ったねぇ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐホーホやテルア達を見つめながら、ガットは不思議な気持ちに包まれていた。


「……懐かしい感じだ。初めてのはずなのに、とても懐かしいな」


 ふっと視線を感じてそちらを見ると、フロースに抱かれた幼子がこちらを見つめている。


「?」


 ガットが首を傾げながら幼子の頭を撫でる。


「どうした?」


 ガットがそう声を掛けると、フロースが振り向きざまに笑顔で言う。


「たぶん長旅で疲れているんだと思います。少しどこかでお休みしましょう」


「そうじゃな。われもバルバライゾに泊まるなんてじゃ」


「ホーホ様、この街をご存じなのですか?」


 フォルティスが尋ねる。


「知っとるもなにも、ここでしばらく厄介になっておったことがあったからの」


「んじゃ、お偉いさんとも知り合いか!?」


 テルアが身を乗り出す。


「ホーホ様の知り合いに立派な宿を紹介してもらって、美味いもんたんまり食えるぞ!」


 小躍りするテルアにホーホが言う。


「あいかわらずバカじゃな。われの話は三百年前のことじゃ。もうわれを知る者など、生きてはおらんよ」


「あぁ」


 それを聞いてがっくりとうな垂れるテルアにフロースが声を掛ける。


「ほらテルアちゃん、ギルドに行っていいお宿紹介してもらいましょう」


「そ、そうだな!」


 フロースの提案に、急に元気を取り戻したテルアが一目散に街の中心部に向かって走り出した。


「こら、走ると危ないぞ!」


 フォルティスの注意にあっかんべーをしながらテルアが雑踏に消えていく。

 やれやれとその姿を見送りながら、ふっと黙っているガットに声を掛ける。


「そういえばここに来てからずっと押し黙っているがどうした? 具合でも悪いのか?」


 フォルティスの方を向いて、ガットが答える。


「いや、違うんだ。なんというか、とても懐かしい気がするんだよ」


「なんだ、この街を知ってるのか?」


 フォルティスの問いにガットは首を振る。


「いや、知らない。知ってるはずがない。でも、この雰囲気は知ってる気がするんだよ」


「雰囲気をか。不思議なことを言う」


 そう言うフォルティスを横目に、ガットはバルバライゾと呼ばれる街の中央に聳える白い塔を見つめていた。


 ガットたちが歩いていると、道端に物乞いの老人を見つけた。

 幾ばかりかの小銭と芋を手渡してやると、彼は全身で感謝の意を表した。


 ふと、ガットはその老人にあの白い塔はなんなのか尋ねた。


「ありゃローカパーラと呼ばれる守護塔だよ」


「守護塔?」


 ホーホが聞き返す。


「何を守護してるんじゃ?」


「何をって、そりゃこの街さ」


 老人は答える。


「あの塔、ローカパーラの下にはそりゃ恐ろしい地下大迷宮があって、今もその大迷宮、つまるところ『穴』は成長し続けているらしい。様々な探掘家や冒険家があの巨大な穴にダイブしちゃあ帰ってこんかったしな」


 そう言って、その老人が地面に向かって木の棒を示しながら言う。


「我々バルバライゾの住人からは悪魔の穴、パンドーラと呼ばれているよ」


「うーん、われが滞在していた三百年前にはそんなものなかったけどのぅ」


 ホーホの呟きを耳にした老人は笑って答えた。


「ははっ、嬢ちゃんは三百歳か。そりゃ恐れ入った。ところで、あの穴が出来たのはその頃じゃと聞いておる」


「なんでもその当時、偉大な大魔法使い様がここにいらしての。この街の黎明れいめい期に、資源が無い我が国の為にとそのお方が掘削された鉱山抗が始まりじゃと聞いておる」


「え? さ、三百年前に魔法使いが?」


 それを聞いたホーホが明らかな動揺を見せたことを、ガットは見逃さなかった。


 雑踏に消えたテルアを追って、ガットたちも更に街の中心部へ向かって歩いていく。と、テルアが手招きしているのが見えた。


「兄貴! ホーホ様! こっちこっち!」


 呼ばれるままにテルアが手招きしていた建物の前に立つ。

 そこは街の高台に建てられたギルドだった。古びた赤レンガの外壁には多数のツタが這い、また日は高いというのに窓からはランタンの明るい光と陽気な声が外へと広がっている。


「ここはずげぇよ! 窓から海が見えるんだ!」


 中に入ると、皆が一斉にこちらを見る。


「なんだありゃ。どっから来たんだ?」


「あの魔女見てみろ。ここらじゃ見たことねぇ顔だ」


 皆がひそひそと、だが明らかに聞こえるような声量でガヤガヤと話している。


「ほら、ここが空いてらぁ。ここに座ろう!」


 テルアが窓際の円卓を指さして座ろうとすると……筋骨隆々の男が立ちはだかった。


「おい、嬢ちゃん。どこの誰だか知らねぇがここはダメだ。他のとこ行きな」


「なんだよ。空いてんだからいいじゃねーか!」


 テルアが喰ってかかると、その男が指をボキボキ鳴らしながら声を荒げる。


「いいから出てけってんだ。よそ者が居座っていい場所じゃねーんだよ!」


 今にもテルアに殴り掛かりそうな男の剣幕にフォルティスが身構える。

 と、横から小柄で緑のローブを着た細身の男が飛び出してきた。


「まぁまぁ、ゴルドンさん。ここはひとつ私の顔を立てると思って彼らに食事させてやってはくれませんかね」


「あぁ? なんだよ、アルパか。ここはよそ者が居ていい場所じゃねーんだ」


「お気持ちはよく分かります、ゴルドンさん。ですが、今日初めて街に来た彼らには何の関係もない」


「……んむ」


「ね。今日は私が皆さんにおごりますから。好きなだけ飲んで下さい」


「ま、マジかよ! ただ酒か! いいのかよ!?」


 ゴルドン、と呼ばれた大男が歓喜の声を上げる。


「ふふっ、もちろんです。だから彼らのことは……ね」


「しゃーねーな。今回だけだからな。ったく、アルパのお願いじゃ断れねぇ」


 ぶつぶつ言いながら、ゴルドンと呼ばれた男が自分の席に戻っていく。


「助かったよ、ありがとう」


 そう言ってテルアが手を差し出すと、アルパと呼ばれた男がうやうやしく頭を下げた。


「改めまして、私は行商人のアルパと申します。以後、お見知りおきを」


「アルパさんか。見知らぬ俺たちに助け船を出してくれて本当にありがとう」


 ガットも頭を下げる。


「いえいえ、どうぞお気遣いなく。それよりここのギルドは海の幸をふんだんに使った料理が自慢なんです。ここは私がご馳走させて頂きますので、ぜひ召し上がってみて下さい」


「必要でしたらお宿も手配させて頂きます」


 そう言って、にこにこしているアルパにホーホが尋ねる。


「おぬし、なにが目的じゃ」


 皆がホーホを見る。

 彼女の表情は明らかにアルパを疑ってかかっていた。


「何も対価を求めずに今日この街に着いた見知らぬよそ者に、このような接待をする訳がない」


 アルパがにこにこしながら答える。


「隠しても仕方ないので単直に述べます。この街バルバライゾに来られたということは、この街の地下に広がる大迷宮パンドーラへダイブしに来られた。そうですね?」


「え?」


 ホーホが素っ頓狂な声を上げる。


「……え? 違うのですか?」


 アルパも声をあげる。


「あ、いやいや。そうだ、俺たちはその大迷宮を探索するために来たんだよ」


 慌ててガットが割って入る。


「彼女には詳しく言っていなかったが、大迷宮で伝説の秘宝を見つけにきたんだ!」


 ガットは思わずそう言って、その場を取りつくろうとした。


 それを聞いて、ギルド中の冒険者たちが一斉にガットたちを見る。


「あ、あいつら、パンドーラの目指すってのかよ」


「い、命知らずだな」


 テルアが、肘でガットを小突きながら小声で言う。


「マジか兄貴! お宝があるのか!?」


「……いや、適当に言ってみただけだ。ダンジョンには秘宝があるのがセオリーだろ」


 しかし、それを聞いたアルパがしきりに感心している。


「やはり! やはり、初めてお目にした時から尋常でない方たちだなと感じていたのです」


 そして、目を輝かせたアルパが身を乗り出してガットやホーホたちに伝える。


「それで、私のお願いというのは……」


 それから、ガットたちの座る円卓には沢山の海産物を使った豪華な料理が次から次にと乗せられた。ホーホやテルアが夢中で口に放り込んでいる。


「美味い! 美味いのぅ!」


 先ほど絡んできたゴルドンも手にした酒の入った器を握ったまま、無尽蔵に食べ続けるホーホたちを見て固まっている。


 むしゃむしゃがつがつと手当たり次第に手を伸ばす彼女らをたしなめていると、ふっと足元に気配を感じた。


「わぁ、かわいい!」


 ガットがフロースの視線を追うと、なんだか変な質感の猫がいた。


「なんだ、猫か」


 ガットがそう呟くと、フロースが言う。


「ガット様、ケット・シーですよ! まぁ珍しい。初めて見ました」


 そう言ってフロースが撫でようと手を伸ばすと、その猫妖精はクンクンとフロースの指先を嗅ぐ仕草を見せたあと、すとんと円卓に飛び乗った。


「なんじゃ、この猫は! われの肉を奪う気じゃな!」


 ホーホが手にした肉の塊を高く掲げる。

 が、すぐにその肉を口元に戻してその猫妖精に声を掛けた。


「まぁよいか。今日は気分がよい。ほれ、この肉をやろう」


 そう言ってホーホが差し出した肉には目もくれず、ホーホの指を猫がガブリと噛んだ。


「痛ったー!」


 ホーホが叫ぶと、その猫は一瞬ホーホの顔を見た後にふっと円卓から飛び降りてギルドの外に出て行ってしまった。


「なんじゃ、あの可愛げのない猫は」


 ぶつぶつ言いながら、猫にやろうとした肉を自分の口に放り込む。


「お、おまえら、本当に凄いな。胃袋、どうなってんだ?」


 気付けばゴルドンやその仲間たちも一緒になって飲んでいた。


「いやはや、底なしに美味いのぅ。バルバライゾは本当にいいところじゃ!」


 自分たちが住む町が褒められて嬉しくない者はいない。


「なんだ、ねーさんたち。良くわかってんじゃねーかよ!」


「われを誰だと思っておる! 大魔法使いホーホ様じゃぞ!」


「そうだ、ホーホ様だ! 偉大だぞ!」


「ホーホ様! ホーホ様!」


 酒の入ったホーホとテルアがギルドの男たちを焚きつけ、男たちも喜んで手を打っている。


「……元気だなぁ」


  苦笑いするガットとフロースの横で、生まれて初めて口にする海鮮料理の美味さに驚嘆しながら黙々とひとり食事を続けるフォルティスの姿があった。


「いやぁ食った、食った。美味じゃったー!」


 そう言って、アルパの紹介で選んだ宿に入るなり、久しぶりの布団にホーホとテルアが飛び込む。


「しかし、初めて聞く話ばかりだ。」


 フォルティスが唸っている。


「ローカバーラといったか、あの街の中心の聳え立つ白い巨塔。あれをズリキブル(立坑の資機材運搬設備)代わりとしているという話だ」


「更にあの巨塔はグラウトなる充填魔法を生成しつつ常に送り込み続けることで、その下に広がる巨大迷宮パンドーラ―の成長とそれによって街の下で肥大する空洞の空間を魔力で満たして岩盤の崩落を食い止めてるなんて話。にわかには信じられない」


「そもそも成長する地下迷宮ってなんだ。聞いたこともない」


 そう言って考え込んでいるフォルティスだが、内心はワクワクが抑えきれないようだ。


 そんな兄の背中を、フロースも嬉しそうに見つめている。


「こいつらは何十年も、何百年もずっと結界の中に居たのだものな」


 そんな二人を見てガットも思う。


「しかし、おぬしもその場しのぎで適当なことを言って。秘宝なんぞあるんかいな」


 そう言って、また何かを食べているホーホにガットが尋ねる。


「そういやホーホ、おまえさっき大迷宮の話を聞いたとき驚いてたけど、なんか知ってるのか?」


 ガットの質問に、小さくビクンと肩を揺らしたホーホが平静を装いながら答える。


「し、知らん知らん。われがここに来たのは三百年前じゃと言ったろう」


「ふーん」


 ガットは横目でホーホを見ながら呟く。


「俺の勝手な当て推量だけど」


 そう言って、ゆっくりホーホの方へ顔を向ける。


「まさか、幌馬車の下に部屋作ったときに使ってた掘削魔法エクスカベータの置き忘れ? みたいな話じゃあないよなぁ」


 ぎょっとしてテルアやフロース、それにフォルティスが一斉にホーホを見る。


「ま、まさか」


「い、いや。しかし、もしそうならって部分は説明がつくぞ」


 フォルティスも呟く。


「ホ、ホーホ様、まさか……」


 フロースがホーホを見る。


 ホーホは全身から汗が噴き出している。


「そ、そ、そ、そんなわけあるかい! ち、ちちがわい!」


「……」


 この一連のやりとりでガットの疑念は確信に変わった。


「まぁ、理由はあとでゆっくり聞くとして、大迷宮の成長を止めよう」


 ガットが言う。


「あの爺さんが言ってたように、このままじゃいずれ街が陥没してしまう」


 フォルティスたちも賛同して頷く。


「だ、だけど兄貴、三百年かけて掘削され続けてる大迷宮だぜ。どうやって止めるんだよ。それに止められたとして、そのあとどうするんだよ」


 テルアの問いかけに、皆がホーホを見る。


 部屋の隅っこで小さくなっているホーホが消えるような声で言う。


「あ、あのじゃな。恐らく迷宮のにわれが術を掛けたオートマタたちが居るから、それを止めればたぶん……」


「まぁ、掘削を止める方法はあるということだ」


 ガットが言う。


 言った後にもう一度、ホーホが口にした言葉を繰り返した。


「さ、!?」


 ホーホが小さく頷く。


「で、でも、それが分かっているならホーホ様がここから術を解けば……」


 フロースが言うが、ホーホは小さく首を振る。


「……魔力でとはいえ、もう三百年も動き続けておるオートマタじゃ。おそらく自我を持っていてもおかしくはない。自我に目覚めれば意志もあろう」


「つまり、どういうことです?」


 フルティスも尋ねる。


「つまり、われがここで術を解いても、彼らに掘削の意志があればこれからも掘り続ける、ということじゃ。そうであれば、掘削を止めよという命令下達かたつの儀式が現地で必要になる」


「……」


「ま、まぁ、今日はしっかり休んで、明日考えようぜ」


 珍しく的を得たテルアの提案に、皆が頷いてそれぞれ布団に収まるのだった。


 翌朝、皆が朝食を食べて宿の外に出ると、玄関に正装したアルパが馬車と共に立っていた。


「皆さま、おはようございます」


「こんな朝っぱらから、どうしたんだ?」


 眠そうな目をこすりながらテルアが尋ねると、アルパが恭しく頭を下げる。


「はい。これから皆さまにおかれましては敬愛する我がバルバライゾの王、ハインリヒ・デーデキント様にお目通しいただこうと参上仕りました」


「お、王様!?」


 思わず一同が声をあげると、アルパがにっこりと笑顔で言った。


「ハインリヒ・デーデキント様がどうしてもあなた方、とくにホーホ様にお会いしたいと申されているのです」


「われに?」


 ホーホが首を傾げる。


「なんだ、知り合いなのか?」


 ガットが尋ねるが、ホーホはますます首を傾げるばかりだ。


「デーデキント? うーん、全然思い出せん」


「まぁまぁ。詮索は抜きにして、まずはお城にお越し下さいませ」


 そう言ってアルパが馬車の扉を開ける。


「本当にお前は何者なんだ?」


 テルアが怪しんでアルパの顔を見るが、アルパはニコニコと笑顔を振りまいている。


「私はしがない行商人ですよ、テルア様」


「んんっ、あやしい」


 そうして一行はアルパに促されるまま、馬車に乗ってバルバライゾの領主ハインリヒ・デーデキントの住まう、海から少し離れた崖上の古城へ向かったのだった。

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