第22話 ソルトブレイク
「うーん」
「どうしたの? リーチのおねえちゃん?」
間借りしている宿で出された焼き魚を頬張りながら難しそうな顔をしているリーチに、魔物の子供たちが翼竜を撫でながら尋ねる。
「うん、なんかね。魚は美味しいんだけど、なんていうか、塩気が足りないっていうか……」
「塩気?」
「そう、しょっぱいやつ」
「あぁ! そういえば母ちゃん言ってたよ。最近お塩が足りないんだって」
「塩が? 足りないの?」
「うん、そう!」
――塩が足りないなんて聞いたことないな。そういえば、最近街の人口も増えてきたし、少し調べてみるかぁ。
そう思って、リーチは村長たちに事情を尋ねてみることにした。
「そうなのです。塩や香辛料などが慢性的に足りません。申し上げにくいのですが、これまではリーチ様には優先的に調味料を差し上げてきたのですが、いよいよ
「そうだったの!もっと早く言ってくれれば……」
そう言って、リーチは考える。
「塩もそうだけど、
「果物ですか? 果物は栽培もしていませんし、もともと好んで食す者も少ないように思います。そもそも我々は魔物ですから、リーチ様たちのような人間とは必要な栄養が違うのではないでしょうか」
「そっかぁ。でも、回復魔法も一応効くし、基本的な構造は似てると思うんだけどなぁ」
と、そこまで
「いや、確かにその昔、ホムンクルスの生成に関する研究に生涯を捧げたマッドサイエンティストがいてな。そいつが人でも魔物でもバラしまくって色々と観察した結果、
「おぉ、俺も聞いたことがあるぞ!」
隣の商人も声をあげる。
「それでな、結局そいつは宗教裁判にかけられて火あぶりの刑を食らうんだが、そいつには妄信的な弟子どもがいて、そいつらが今も地下深くに潜んで暗躍してるって話なんだ」
「その弟子どもが血眼になって探してたのが、ホムンクルスの実験で生み出された『悪魔の三姉妹』だって話でな」
「あー、それオレも聞いたことあるわ」
「でも結局、
あいつらはいつも適当に話を作るからオチがねぇんだ、そう言って商人たちが笑う。
「へ、へぇ」
感心と恐怖で、リーチが上ずった声をあげる。
「話が横道にそれちまったが、つまり魔物も俺ら人間もとどのつまりは一緒ってことだ」
「じゃあ、果物を食べないでどうやって体を維持してるんだろう?」
すると、こんどは酒をあおっていた旅人が声を掛けてくる。
「そういや、極地なんかに住んでる連中も果物なんて手に入らねぇだろ。んで、その連中が言うには果物の代わりになる栄養が獣のはらわたに詰まってるって言うんだよ」
「んで、連中は狩った獲物のはらわたを生で食べるわけ。聞いたら火に通すとその栄養が飛ぶんだと。だからって当時そこに
そう言って旅人は涙目になりながら空を見上げた。
「何度吐いたことか」
その話を聞きながら、リーチは思った。
――そうか、魔物って肉や内臓を生で食べるのを好むけど、もしかしたら今の話に由来する理由があるのかも知れないな。
「でも、塩や香辛料は手に入れないとね。それに色々入用なものもあるし」
リーチが呟くと、商人が言った。
「お! ちょうどいい。これから大きな街に行くから姉さんたちも一緒に行くかい?」
「えぇ、ぜひ! だけど、どこに行くの?」
リーチが尋ねると商人は大きな声で言った。
「鉄壁を誇る城壁都市、ラウリスさ!」
「うっ! そ、そこは……」
言い淀むリーチを横目に商人は楽しそうに言う。
「あそこは古い街だし昔から栄えてるからな。入用なものがあれば何でも揃うさ。それにあんた魔法使いなんだろ? あの街は魔法使いも多いから、何かと役に立つと思うぜ」
確かに、とリーチは思う。
――あの街のことならよく知ってるし、そもそも気まずくなって飛び出してはきたけど本当は大好きな街だったし。ひさしぶりに帰ってみようかな。
「ウラリスと言えば、ここから三百キロガル(約三百キロメートル)ほど離れてはおりますが、悪路ばかりとは言え行商の馬車でも二週間ほどで着くでしょう。この村のためにリーチ様はずっと働いて下さったのだから、たまには人間の街でおくつろぎください」
村長もそう言ってラウリス行きを勧めてくれた。
「そ、それじゃ私も行こうかな」
リーチがそう言うと商人たちはぱっと明るい顔をした。
「おう、こりゃ
「?」
リーチにはその言葉の意味が分からなかったが、これはのちに理解することになる。
それから一週間ほどののち、準備を済ませた商人とリーチ一行は魔物の村を出発した。
もちろん、翼竜も一緒に。
魔王軍の戦いのあと、なぜかまた
どこに出かけるにも、寝ているときも入浴していても片時もリーチから離れない。
「なんだかリーチねえちゃんをお母ちゃんと思ってるみたい! かわいいね!」
そういって魔物の子供たちに撫で回される翼竜にリーチはふと思った。
「そうだ、名前を付けてあげよう」
それから、村の魔物や商人の話を聞いたりアドバイスを受けたりしながら考えに考えて……
「それじゃ、あなたは今日からアズダルコね!」
「リーチの姉ちゃん、アズ……ダルコ? って?」
子供たちが尋ねる。
「ふふっ。アズダルコってね、ドラゴンって意味なのよ」
「へぇ、かっこいい!」
「いい名前もらったねぇ、ダルちゃん!」
「かわいいねぇ、ダルちゃん!」
子供たちに声を掛けられてクゥクゥと鳴く声も心なしか嬉しそうだ。
「これからもよろしくね、ダルッ!」
こうして翼竜にはアズダルコという名が与えられた。
村長はじめ魔物たちからは、これまでの商売で貯めた金貨銀貨を渡され、それぞれに必要な物資や欲しいものが書き込まれたメモを沢山預かった。
「こりゃ、ずいぶん沢山だなぁ」
そう苦笑いするリーチを尻目に、ワーワーと歓声を上げる村の魔物総出ででの出立の見送りだった。
リーチの服も村の魔物たちが裁縫して新調してくれたもので、カーキ色のワンピースにとんがり帽子、焦げ茶色の革靴と、これまでより魔女っぽい出来栄えに仕上がっていた。
「しかし良かった。本当に良かった」
出発した馬車の中で、そう言ってはリーチを見て皆がニコニコしている。
「そう言えば、
「ま、まさか私を
「はっはっは。まさか!」
年長の行商人が笑い声をあげて言う。
「これは最近各地で耳にする噂なのですが、どうも魔王軍は人間の魔法使いを恐れているらしいというのですよ」
「詳しい理由は分かりません。ですが、奴らは魔法使いとその一団を見ても襲わないというのです」
「つまり、あなたは我々の守り神様というわけなのです」
「ふ、ふーん、そうなんだ」
――魔法が使えないことは、この人たちには黙っておこう。
羨望の眼差しを向ける彼らを見て、リーチはそう思った。
「そ、そういえば、これから向かうラウリスってどういう街なの?」
話題を逸らすために無理くり質問をしてみた。
「大きい街なの?」
――私ずっと住んでたんだけどね。
そう心の中で思いながら、我ながらいい質問をしたなとリーチは思う。
「そりゃ、ラウリスはいい街よ。治安よし、食い物よし、女よし。一流品がなんでも揃ってる!」
「それに何より領主のランゲルド様がいい。あんな立派な君主はいねぇよ」
「でもよ。最近はなんか少しおかしいらしいぜ」
若い商人が口を挟む。
「ここ何年も魔王軍の侵攻の痕跡? 探しに明け暮れてたらしい」
「え!? ラウリスに魔王軍が?」
「ちがうちがう。ランゲルド様がそう言ってるんだと。街の連中もさんざん聞かれたらしい」
「へぇ。そんなことがあるんだなぁ」
「確かに、ランゲルド様は現世大魔王ラッテンペルゲの血筋を引く方だからなぁ」
「お、おい。安易にそれを口にするな。殺されちまうぞ!」
「え!? ランゲルド様が……本当に?」
リーチは驚いて聞き返した。
――そんな話、わたし聞いたことがない。
「あ、いや。これは公然の秘密なんだ。古くから街に住んでる連中はみんな知ってるが、絶対に口外しない」
それを聞いて、リーチは急に不安になった。
――どうしてそんな方が、あの魔王軍襲撃のことを知ってるの? そして、その痕跡を探している?
――まさか、ランゲルド様はあの魔法を使って魔王軍を退けた私を探していて、それで見つけたら始末する気なんじゃ……
そう考えると、途端にリーチは怖くなる。
――でも今更引き返しても、この人たちに怪しまれるかも知れないし、何より街からの物資を心待ちにしている村の人たちにも申し訳ないし……
「あ、あの!」
リーチは言った。
「ま、街に着いたらすぐに買い物がしたいんだけど」
「……なにを?」
商人が何を今更と不思議そうに尋ねる。
「わ、私はひ、人見知りで明るい光に弱いからマ、マスケラを付けたくて」
「なんだ、そんなものならカーニバル用に買い付けたマスケラがあるよ!」
そういって若い商人が奥の箱から沢山の仮面を取り出した。
「どうぞ、お好きなものを差し上げますよ!」
「え、ええ。あ、ありがとう」
リーチはそう言って深いパープルをした道化のマスケラを手に取った。
――こ、これでバレないよね?
ラウリスの街を守った結果から鑑みればこれは立派な
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