第21話 探索
「なにか分かったか?」
古都ラウリスの領主ランゲルドが、街にいる魔法使いの取りまとめを一任しているマジックマスターに尋ねる。
「いえ、ランゲルド様。街の者にも聞き込みを進めておりますが、ランゲルド様が
「また、それとは別にそれほどの大魔法が使われたのであれば魔力痕跡が残るはずですからその痕跡の探索を進めておりますが、そちらもまったく見つかっておりません」
「魔王軍がいずこに出撃したという情報を得て
「……ふむ」
その報告を聞いたランゲルドが、憂いた表情を浮かべて中空を見つめる。
「その、大変申し訳にくいのですが……」
マジックマスターが言い難そうに言葉を
「申してみよ」
ランゲルドが声を掛ける。
「はい。その、ランゲルド様が経験されたという一連の魔王軍の攻撃が、やはり無かったということはないのでしょうか」
「私の幻覚であったというのか?」
「い、いや、いえ。ただ、これほどの長期に渡る捜索にも関わらず、あまりに物証や痕跡が見つからぬゆえ探索に協力している一部の魔法使いや民からよからぬ噂を耳にもするようにもなっています」
「どんな噂だ?」
ランゲルドが優しく尋ねる。
「あ、いえ。ランゲルド様のお耳に挟むようなことでは……」
「かまわぬ。私もこの街を治める領主たる身だ。民の声が聞きたい」
「は、はい。それでは」
マジックマスターは改めて身を正すと、ランゲルドに口上した。
「ランゲルド様は、遠かれど大魔王ラッテンペルゲの血筋を持つお方。魔王に対して焦がれているあまりそのような幻を見たのではないか、または気が触れたのではないかと……」
「なんだと貴様! なんと無礼な!」
横で聞いていた、騎士団長のガンガルドが剣を抜いてマジックマスターに切っ先を向ける。
ランゲルドはゆっくり右手を挙げてガンガルドを制止すると、マジックマスターに言った。
「そのような申し出難い話をよくしてくれた。感謝する」
「今後は探索範囲を大幅に狭めよう」
ふぅと小さくため息をつくランゲルドに、マジックマスターが驚いて声をかける。
「お、お止めになるおつもりはないのですか!?」
「ない」
ランゲルドはきっぱりと言った。
「確かにおまえの言う通り、痕跡も人々の記憶にも何も残っていないのだろう。しかし、何度自らに問うてみてもあの経験が幻であったとは思えないのだ」
「あの極限の状況を一瞬で消滅させた凄まじい魔力を伴う大魔法。それを扱える者が必ず居る。そしてそれが誰だったのか。何が目的であったのか。私は、まずはそれが知りたいのだ」
「し、しかし、これほど探しても痕跡はおろか全く記憶している者が……」
そこまで言って、マジックマスターがはっとする。
「いや、まさか」
「どうした?」
「い、いや。そういえばすっかり失念しておりましたが、数年前にランゲルド様と似たようなことを話す者が……」
「なに? それは誰だ!?」
「は、はい。リーチという女です。魔法使いの見姿をしておりますが、これがまったく魔法を扱う才がなく、孤児として拾われてからの十数年に渡る修練を重ねるも石一つ動かせない愚物でした。しかし、なぜか異様なほど魔法を使うことに執着していた、少し気の触れた女です」
「その者がなんと話していたのだ?」
「はい。たしか、我がラウリスが魔王軍に襲われたなどと奇声を上げておりました」
「なんだと! その者はいまどこにいる?」
「それが、数年前にこの街を出て行ったきり行方が分からないのです」
マジックマスターの話に、ランゲルドは静かに目をつむり天井を見た。
天井には、宗教画が描かれている。
頭上に描かれた受胎告知のシーンを見つめながら、あの日あの瞬間に大魔法が行使された瞬間に頭に流れ込んできた感覚を思い出していた。
悲しみとも
――もしかして、そのリーチという女がなにか知っているのではないか?
ランゲルドは静かに目を開けると、傍らのガンガルドに言った。
「ガンガルドよ。そのリーチという女を探せ」
「はっ」
「ラ、ランゲルド様!?」
再び驚くマジックマスターに、ランゲルドは言った。
「おまえの中でこれまで忘れていたような存在なのだろう。だが、その者が魔王軍の話をしていたという時期は私が経験した時期とも符合する。話が聞きたい」
「街での探索は本日を以て終了とする。これまでご苦労であった。今後はそのリーチという者の探索に集中する」
「以上だ」
そうして、ランゲルドはリーチを捜索することになったがこの捜索は難航を極めた。
なぜなら、リーチは街を飛び出したのちに北方の山岳地帯へ抜け、そこから魔物の村へと流れ着いたために人里を経由せずに数百キロガル(数百キロメートル)移動していたためである。
数ヶ月後、まったく進展のないままリーチ捜索も打ち切られることとなった。
「あれは、本当に私の幻覚であったのだろうか」
ランゲルドの脳裏には、以前マジックマスターが話していた街の者たちの噂が去来していた。
――ランゲルド様はやはり大魔王ラッテンペルゲの血筋を持つお方。魔王に対して焦がれているあまりそのような幻を見たのではないか、または気が触れたのではないかと……
「そう思われても仕方あるまい」
ランゲルドはそう呟くと、夕照に照らされた城下に広がるラウリスの街を見つめながら小さく溜息をついた。
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