第20話 そらに願いを
「っはッ!!!」
悪魔大元帥レスルゴが目を見開くと、また大魔王ラッテンペルゲの御前に居た。
「どうしたのだ、レスルゴ?」
ラッテンペルゲの問いかけに、レスルゴは即答できない。
「珍しく呆けているな」
ラッテンペルゲが不思議そうな顔をして話しかける。
「おまえが、ホーホの大結界を再強襲すると提案したのではないか」
「余は賛成だと言っている」
「も、申し訳ありません」
レスルゴは
「す、すぐに軍団を整え、再強襲の準備に取り掛かります」
レスルゴは早口にそう述べると、足早に自室へと急いだ。
すると、扉の前に魔術師ルドラが居た。
「……これもメモリーピアに記録されているのか?」
レスルゴが尋ねるとルドラが黙って頭を下げる。
「入れ」
そうして自室にルドラを招き入れると、レスルゴが言った。
「お前の魔術で、私の記憶にある者の姿見を抽出できるか?」
「はい、レスルゴ様」
ルドラは答える。
「細部の再現までは至りませぬが、輪郭など
「……そうだ」
ルドラの問いに、レスルゴは答えた。
「あれだけの破壊と殺戮の限りを尽くしたはずのラウリスの街が、今は何事もなかったかのように賑わっているという。それなのに、その周辺や私の周囲では大きな変化は見られない」
「推測するに、あの魔法は恐らく時間を戻す術だ。聞いたこともないが、施術者の任意で効果域の範囲や時間軸の長さを決められるのだろう」
ルドラがはっとして顔を上げ、レスルゴを見る。
「そ、そのような術が……あるのですか?」
「わからない」
レスルゴは即答した。
「分からないが、現に私は二度も戻された」
「あの者を倒さねば、我々は先へ進めない」
そう言って、レスルゴはじっと天井を見上げた。
魔法の杖の光に目をつぶっていたリーチが目を開けると、魔物の街のいつもの日常が目に飛び込んできた。
「リーチ様、なにやってるの?」
魔法の杖を握りしめて突っ立っているリーチに、子供たちが楽しそうに話しかける。
あちらこちらで目にする商人も、街の魔物たちとの商談に忙しい。
ついさっきまでの、目を覆うばかりの惨状がまるで嘘のような光景が視界に入る。
つまり、いつもの見慣れた風景がリーチの目の前に広がっていた。
近くの木陰にへなへなと腰を下ろしたリーチは、手にした魔法の杖をじっと見つめながら確信した。
「間違いない。どんな魔法がわからないけれど、とんでもない魔法が使えるようになってる!!」
――うーん、だけど。
とも思う。
「いつも、覚えてるの私だけなのはなぁ。少し寂しい気もするな」
――まぁでもいいか。みんなみんな無事なんだし。
街のみんなの笑顔を見つめて、そう思い直した。
そして、すくっと立ち上がると、お腹空いたなとひとり呟いて村の宿に向かおうとして……
うしろから声がした。
「先生! リーチ先生! もう授業はじまっちゃうよ!」
「……そっか、ここからなんだね」
ひとりそう呟いて、腹ペコのお腹をさする。
駆け足で学校に向かう、様々な容姿の魔物や人外の子供たちの声を背中に受けながら、リーチは街の中央に建てられた学校に向かうのだった。
「ところで、少しは魔力や霊力など感じることが出来るようにはなったかの?」
ホーホがガットに尋ねる。
「いや、全然。それが、全然わからん」
「かぁ!」
ホーホはそういうと、首を振りながら再び幌馬車床下の部屋に戻っていった。
「兄貴はホントに鈍いなぁ」
フロースと夕食の準備を始めていたテルアも呆れている。
ガットは、手にしたグングニルを見つめる。
「そうだよなぁ。なんで俺は何も感じないんだ?」
「恐らく、その必要がないからですよ」
フロースが慰めの言葉をかける。
「聞いたところ、特に魔法訓練なども経験なされていないようですし。それにそれだけの力を持った槍があれば、魔法感知なんて不要だと槍が判断したのかも知れないですよね」
「そんなもんかなぁ」
槍をじっと見つめながら、ガットは続けた。
「なんだって槍様は、俺みたいな何もない凡人を選んだんだろ? 世の中にはオレなんかよりもっともっと文武に長けて人を救える立場の奴なんていくらでもいるだろうに」
「きっと、兄貴のそういうとこ気に入ったんだと思うぜ」
野菜を切りながらテルアが横やりを入れる。
「普通なら、そんなバケモンじみた武器を手にしたら野心を抱くぜ。だけど、兄貴はそうならねぇ。ぶっ飛んでいけるのに、目の前の小さな壁をひとつずつ、地に足つけて超えていく感じっつうの?」
「そういうとこ、槍は見てるんだと俺は思うな」
「あら、テルアちゃん。あなたもちゃんと考えているのね!」
フロースに言われてテルアが赤面する。
「い、一応アタマが付いてんだ。それくらい考えらぁ」
フロースは笑って、テルアが切った野菜を鍋に入れた。
皆が料理を作っている間、亜人の子と赤黒い塊はずっと寄り添っていた。
赤黒い塊は、亜人の子をそれは愛おしそうに優しく触れている。
亜人の子もじっと赤黒い塊に手を添えていた。
その姿をじっと見つめながら、ガットはホーホの部屋に降りていく。
部屋に着くと、ホーホはなにやら分厚い本を開きながら薬を調合していた。
「何してるんだ?」
ガットが尋ねると、ホーホが言った。
「見てわからんか? 薬の調合じゃ」
「いや、そりゃ見れば分かるけど……」
ガットが言い
「この薬はあの赤黒い塊への処方じゃ」
「え!? それじゃあ治してやれんのか!?」
ガットが声をあげる。
「いいや。無理じゃ。あれは施術者でなければ元には戻せん」
ホーホが首を振る。
「あれはそういう術なんじゃ」
落胆するガットにホーホが続ける。
「しかし、どのような法術がいつどこで施術されたか分かれば、何かが掴めるかもしれん」
「それを調べるための準備じゃ」
そう言って、コポコポと音を立てるガラスの小瓶に様々な薬草? を入れていく。
「あの術は使ってはならぬし放ってもおけん。あれは数ある法術の中でも最悪の魔法の類じゃからな」
そう言いながら、ホーホが傍らの引き出しから取り出した巨大な獣の頭のミイラを呪文を唱えながら小さく圧縮して砕き、小瓶のなかに押し込んでいく。
「あれは、捉えようによっては魔王なんぞより遥かに厄介なんじゃ」
「野放しにしておけば、人間だ魔王だ亜人だなどと騒がしい世界を地の底から支えている万物の
煮込んだ小瓶の口にすりこぎを押し込んで、中のものを更に圧縮しながらホーホが語る。
「とにかく、まずは出所を確かめることじゃ」
日もすっかり落ちたころ、食事の準備が済んだ頃合いにホーホが部屋から上がってきた。
「さて、夕食じゃ夕食じゃ!」
「ホーホ様、今日は奮発してチーズフォンデュにしてみました」
そう言って、とろとろのチーズがたっぷり入った鍋を持ったフロースがこちらに向かってくる。
「おぉ! 我の大好きなチーズがこんなにっ!」
舌なめずりをしてホーホがカチカチとフォークを鳴らす。
行儀が悪いとガットがたしなめるが、ホーホは一向に気にしていない。
「俺もチーズは大好きだ!!」
とテルアと一緒になって次から次へチーズの海に食材を入れては口に運ぶ。
それをじっと見ていた亜人の子供たちにもチーズの入った小鍋を渡す。
「こうして食べるのよ」
そういって、フロースが優しく食べ方を教えている。
そんな光景を見ながら、ガットはホーホに尋ねた。
「この元村人だった塊は、食事とかどうしているんだ?」
「食えない」
クチクチとチーズまみれの
「この魔法がかけられたものは一切の食事ができなくなる。そもそも食物を摂取するための口や器官がごっそり奪われているからな」
「だが、それで死ぬことはない。死ぬことはないが、凄まじい乾きや空腹感をいつも感じているという」
美味しそうにチーズフォンデュを頬張る亜人の子の傍にいる、赤黒い肉塊を見つめながらホーホが話を続ける。
「彼らは地獄のような感覚の中で生かされておる。それゆえ、それでもなお、あのような優しさを示せることがたまらなくいじらしく、また憎い」
「憎い?」
ガットが尋ねた。
「あの魔法を編み出した者と、それを人に施術した者がじゃ」
食事のあと、フォルティスの提案により交代で見張りをしながら朝が明けるのを待つことになった。
しかし結局、その夜は何も起きずに朝を迎えたのだった。
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