第17話 偏倚魔法
悪魔大元帥レスルゴ率いる魔王軍第六軍から千二百キロガル(約千二百キロメートル)ほど北西の荒野を、ガットやホーホたちの一団が進んでいた。
「そら、もうすぐ最初の亜人族の村に着くぞ」
フォルティスが指を指した先に、小さな集落が見えてきた。
「あの村の出身はだれ?」
優しい声でフロースが声を掛けると、幌馬車の隅っこに座っていた小さな亜人の子が手を挙げる。コロコロと笑う笑顔が可愛い、
彼らは基本的には見た目は人間と変わらない。
しかし、人間に比べ非常に長寿であったり手足を切断されても再生できるなど、普通の人間とは異なる面も多々持ち合わせていた。
また、非常に聡明な頭脳を持ち穏やかな性質である者が多かったため、いつの時代も人々の
「あそこが、あなたの村なのね?」
フロースが尋ねると、彼女はコクンと首を縦に振る。
ゴトゴトと乾いた音を立てながら、やがて幌馬車は村の入口に到着した。
だが、村に生き物の気配がない。
「おぉい!! 誰がいないのか!?」
ガットとフォルティスが声を掛けながら、小さな村に入っていく。
「おかしいぞ。誰もいない。というよりも、生き物の気配がしない」
「それに妙な気配がする」
フォルティスが身構える。
「よくわからないが、気を付けろ」
ガットもグングニルを構える。
「そういえば、さっきから変な臭いがするんだが、これはなんだ?」
ガットがそう言って振り向くと、幌馬車に大きな何かが近づいているのが見えた。
赤黒い、大きな粘土のような塊がズルズルと動いている。
「しまった!」
そう叫んで、グングニルの
……が、まるで投げ方がわからない。
「???……あ、あれ? 体の動かし方がわ、わからん」
ガットが戸惑っていると、フォルティスが電光石火の如くその『何か』に飛び掛かった。
「や、やめて! フォルティス兄ちゃん!!」
突然、幌馬車の小さな亜人が叫んだ。
その声を聴いて、フォルティスが攻撃の手を止める。
幌馬車に近づいてきた『何か』は、ずるずると幌に身を寄せると愛おしそうに亜人の子に触れ始めた。
「この『ひと』、お母ちゃんたちの匂いがするの」
「ただいま。ね? お母ちゃん」
そう言って赤黒い肉塊をさすりながら涙する亜人の子を、フォルティスやフロースはただ呆然として見つめていた。
「こ、この塊が、お、お母さんなの!?」
はっと我に返ったフロースが尋ねる。
「うん、きっとそう」
そういって、亜人の子は宝物に優しく触れるようにその肉塊に触れた。
「なんなんだ、いったい……」
そう呟くフォルティスに、後ろからホーホが声を掛けた。
「これは……
「
追いついたガットが尋ねる。
「魔法は本来それを使う者自身の魔力やマナを消費する代償として発露するもんじゃ。だが、この魔法は対象の持つ物事の
「そのために
嘆息しながらホーホが続ける。
「少し難しい話になるが、人間や亜人や他の生き物、魔物でも、人や魔物の姿たらしむる為にはそれだけで膨大なエネルギーが必要なんじゃ」
「そのエネルギーを
「こいつは、その対象となった者やその者に関係する者たちが
「つまり、どういうことなんだ?」
ガットが尋ねると、ホーホが答えた。
「つまり、
「この魔法が最も残酷な術式といわれる由縁がそこにある」
「それゆえ、遥か
「よく分からないが、つまり、あの肉塊があの子の母親で間違いないんだな?」
ガットがふたたびホーホに尋ねる。
「血縁などは分からんが、あの塊は間違いなく人じゃ。それも複数体の人が一つに束ねられておる」
「だれがそんなひどいことを……」
フロースが呟く。
「これは魔物ではなく、人間の仕業じゃ」
赤黒い肉塊を見つめながらホーホが言う。
「
「なんとかしてやれないのか? 元に戻す方法は?」
ガットがホーホに尋ねると、ホーホが首を横に振る。
「ない。あの者たちが死ぬまで、あるいは魔法をかけた者が死ぬまであの魔法は解けない」
「あの者たちを救う方法は、それ以外には、ひと思いに楽にしてやるくらいじゃ」
「燃やし尽くす。それしか彼らに
そうホーホが呟いた。
「そんな……」
それを聞いたフロースは絶句した。
「魔物や魔王ばかりに気が向いていたが、人間にもまだ鬼畜生がいるということか」
フォルティスがそう呟くと、亜人の子に寄り添う赤黒い肉塊を見つめていたガットが言った。
「畜生なんてかわいい話じゃねぇ」
「どこのどいつか知らねぇが、悪魔よりひでぇことしやがる」
そして、グングニルを掴んで言った。
「必ずそいつもぶっ倒してやる」
その姿を、ホーホがじっと見つめて言った。
「グングニルは持つ者に必勝をもたらす。それゆえに最強と
「これはそういう
これまで見たこともないような険しい顔をしてホーホが言う。
「それにここまで練り上げられた
赤黒い肉塊とその塊に寄り添って泣き疲れて寝込む亜人の子を優しく撫でながら、フロースは呟いた。
「こんな
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