第12話 ラウリス攻防戦
その頃、魔王城から一万を超える魔物を引き連れて出撃した悪魔大元帥レスルゴは、カルルガットから約千五百キロガル(約千五百キロメートル)付近まで進軍しており、城壁都市ラウリスの城壁まで迫っていた。
「この街を滅ぼせ! そして人を、家畜を、物をすべて奪え!」
レスルゴの号令に魔王軍は歓喜の咆哮をあげた。
ラウリスには防御のために魔法結界が街を覆うように張られていたが、それはホーホの大結界に比べれば非常に脆弱なものであった。
「オーホロウを用意しろ! こんな結界、魔法弾を百発でも打ち込めばすぐ大きな風穴が開くわ」
砲撃長がそう叫び、捕虜の魔法使いを用意させる。
ラウリスの城壁の前には大量の魔物がひしめき、結界の崩壊を今か今かと待ち構えていた。
魔王軍の突然の襲来に、城壁の内側では民衆がパニックを起こしていた。
ラウリスを統治している領主ランゲルドは、全軍に出撃を命じた。
「全ての軍属、それに戦える全ての者は武器を持って城壁に集合せよ。おそらく敵は結界をオーホロウで攻撃してくる。魔法使い、魔術師はすべて結界の防御に全力を尽くせ!」
「結界が敗れれば魔王軍は街になだれ込んでくる。結界を少しでも長く持ちこたえさせるんだ。その間に少しでも迎撃態勢を整える」
ラウリス軍は総勢二千五百名、うち千名は平時は畑仕事などに精を出す予備役だ。
対して魔王軍は、斥候と見張りの報告では精鋭揃いの第六軍で、兵員は一万を下らないという。
「結界が破られたら街は一日と持たないだろう」
ランゲルドが呟く。
「どうか、ご避難下さい。ランゲルド様!」
側近や大臣たちがランゲルドに避難を促す。
「ふざけるな! 臣民の命が懸かっているこの大事に、領主たる私が敵を前に逃げ出すことなどできるか!」
ランゲルドが一喝する。
「し、しかし!」
大臣が
「恐らくこの街はもう持つまい。しかし、最期まで勇敢に戦って命散らすことにこそランゲルド家の、ラウリスに住まう者としての
ランゲルドの言葉に、その場に居た者たちは王がここで死ぬ覚悟であることを知った。
「逃がせる者がいるなら少しでも多く城外へ逃がせ。魔王軍に
そのランゲルドの発令は伝令を経て城壁内の街の人々へ伝えられ、各々最後の行動をとり始めた。
「今まで本当にありがとうね。達者でね」
街の各所の養老院や病院では、身動きの取れない老人や傷病人はその場に置いていくように指示された。
沢山の家族が泣きながら彼らに別れを告げて、その際にそっと死を促す劇薬を手渡してその場を後にしてゆく。残された患者たちも、家族の無事を祈りながら自身の最期を覚悟して、皆口を一文字に結び、じっと建屋の外から聞こえてくる街の喧噪に耳を澄ましていた。
そして、男たちは家族に今生の別れを告げ、武器になるものは何でも手にして城壁に集まっってきた。
「今日、この日! 我々はラウリスの
ランゲルドは集まった兵や人々を前に叫んだ。
「我々には神のご加護がある。死を恐れるな!」
城壁には兵や農民、町民、魔術師に魔法使いとあらゆる人々が集っていた。
彼らは呼びかけに勇猛に呼応した。
しかし、武器を握るその手は迫りくる死に対する恐怖で震えていた。
夜のとばりが降りてこようとする頃、ブーン、ブブーンという鈍い音が街の空に響き始めた。
「オーホロウが来るぞ!!」
城壁の見張りたちが叫んだ。
「お前は魔法使いじゃないだろう。なぜここに居るんだ?」
魔法使いたちが口々に言う。
そこには頭を下げた小汚い身なりの魔法使い、の格好をした女がいた。
六つのボタンがついた、あちこち擦り切れて穴の開いた真っ黒いロングワンピースに、くたびれた大きな真っ黒いとんがり帽子を被った小柄な魔女風の恰好をした小柄な女。
彼女は言う。
「わ、わたしも役に立ちたいから」
小声で彼女は呟く。
「お前は魔法が使えないじゃないか。あっちの農民たちに合流しろ」
高台に集結した魔法使いの眼下の先の城壁の近く、つまり、より魔王軍に肉薄する位置に集合する農民たちの集団を指さしながら魔法使いのリーダー、マジックマスターが言う。
「恰好だけは魔法使いでも、お前は魔法使いじゃないんだ」
周囲の魔法使いもそうだ、そうだと口を揃える。
彼女は下を向いて唇を噛み締めた。
「お、大魔法使いリーチ様が来たぞ!」
彼女が魔法使いの集団を離れ農民たちの集まっているところに到着すると、農民や農奴たちはこう言って彼女の到着を歓迎した。
彼らは彼女、リーチのことを知っていた。
不遇に次ぐ不遇の人生を歩み、魔法使いを目指した女の子。
しかし、二十年の
あらゆる先達、あらゆる魔法学校も
「俺たちのところに大魔法使い様が来てくれた。もう負ける気はしねぇぞ!」
震える手で空元気を振り絞って、農民や農奴たちは声を上げた。
そんな彼らの頭上に、魔王軍の攻城魔法弾オーホロウが降り注ぎ始めた。
ラウリスの上空に張られた結界がオーホロウの着弾を重ねるうち、ブオンブオンと唸り声を上げ始めた。
共振現象により魔法結界が揺らぎ始めたのだ。
「結界が破れるぞー!!」
どこかから誰かの叫び声がして、途端凄まじい咆哮が聞こえ始める。
大量のオーホロウの着弾による魔力共振により生じた結界の
ラウリスの人々は皆、各々の立ち位置で生唾を飲みながら攻撃の号令を待っていた。
そして、魔王軍の先端が城壁に達しようというとき、遂にラウリス軍に攻撃開始の号令がかかった。
「うおぉー!!」
「ギャー!! ぎゃっはっはっはああー!!!」
両軍の凄まじい怒号がうねりとなってラウリスの街を包み込む。
城門を破壊し、城壁を突破した魔物たちとの凄まじい白兵戦がそこかしこで展開し始めた。
本来、大軍同士の衝突はまず飛翔兵器があるならばそれを敵陣へしこたま打ち込んで敵戦力と戦闘意欲を出来る限り削いだうえで、次に機動力に富んだ騎馬兵や攻撃兵器で一気に敵陣深くへ切り込むのがよろしい。
しかし、ラウリス攻防戦ではそれが無かった。
両軍十分な兵力を保持したまま市街戦に突入したために、その戦場は惨状を極めた。
数で圧倒する魔王軍は、点ではなく面でラウリス軍にねじ込んでいく。
「押し出せー!!」
ラウリス軍の先陣に立って怒号を放つランゲルドに兵士たちは奮い立ち、巨大な魔物たちに飛び掛かっていく。
魔法使いや魔術師たちは街が一望できる丘に集まって己が持て得る最大魔力を放出して、ある者たちは魔王軍の分断を狙って街を覆う結界の再構築を試み、またある者は自軍の兵を援護したりした。
しかし、強力な魔力を放つ彼らを魔王軍が見過ごすわけがない。
魔王軍のなかでも特に精鋭ぞろいの集団が咆哮しながら土煙をあげて彼らに猪突猛進していった。
農民兵たちも懸命に奮戦していた。
黒い津波のように襲い掛かる魔物たちを鍬や斧で必死に攻撃した。
リーチも手にした魔法の杖を死に物狂いで振り回した。
しかし、徐々に数で勝る魔王軍に押されていく。
あちこちに切り落とされた腕や足が散らばっている。凄まじい数の死体が積みあがってゆく。
「ここはもう持たねぇ。教会に逃げるんだ!」
魔物に切り刻まれて息も絶え絶えの農民が絶叫する。
「に、逃げろー!!」
魔王軍に追われながら
そこには農民兵のほかに、郊外に逃げ切る前に退路を断たれて戻ってきた子供や老人たちも集まっていた。
「確かにこの教会の扉は堅固に守られてはいるけれど、破られるのも結局時間の問題だ。何とか堪えて、私が少しでも時間を稼ぐから!」
絶望の漆黒を目に宿した人々の視線を背にリーチは教会の鉄扉を閉じた後、その前に立ち塞がってひとり魔王軍と対峙した。
「命を懸けて、ここはわたしが
そう言って、リーチは独り魔法の杖を握りしめた。
「ラ、ランゲルド様だけでもお逃げ下さい! もう、ここは持ちませぬ!」
臣下がランゲルドに叫ぶ。
ランゲルド率いるラウリス軍も壊滅が目前に迫っていた。
満身創痍のランゲルドの前に、巨大な魔獣ベアタルスが迫ってくる。
「わ、私は決してひかぬ。わ、私はラウリス領主ランゲルド! いざ尋常に……」
そう叫び、折れた剣を掲げたランゲルドだったが、その頭めがけてベアタルスが巨大な斬馬刀を振り下ろした。
魔法使いや魔術師の集団も魔法や魔術を駆使して必死に応戦していた。しかし、魔物たちは彼らにはつかず離れずで致命的な攻撃を避けていた。それは、魔法兵器の弾として彼らを利用するために、魔法使いたちを生きたまま捕獲する必要があったからだ。
それを事前に察していた彼らは、致死性の劇薬を小さなガラスの瓶に詰めたものを口の中に含んで戦っていた。重傷を負って戦闘不能に陥った場合や拉致されたときにそのガラス瓶をかみ砕いて自決するために。
魔王軍もそこは熟知していて、ゆえに彼ら魔法使いや魔術師と戦う時には強力な催眠術が使える魔物を同行させて彼らに自決させぬよう策をいくつも講じていた。
「ここが踏ん張り時だ! さぁ、行くぞ!!」
残り少なくなった魔法使いや魔術師たちが手をかざして空中の一点に意識を凝縮していく。
と、魔力の集中が極限に達し、青い閃光を放ち始めた。
「魔物たちに大魔砲を撃つぞ!」
マジックマスターがそう叫び、その青い閃光に杖を振り示し叫んだ。
「パーパス・ヌワー!!」
すると、ドーンという衝撃とともに巨大でまばゆい青い光が魔王軍に照射された。
「ハギャー!!」
「うっぎゃー!!」
魔王軍の陣地では、大魔砲の直撃を受けた魔物たちの叫び声がしていた。
しかし、なにか威力が弱い気がする。
魔法団長が青い光の引いた魔王軍の陣地を見ると、彼らはラウリス軍の兵士の死骸を山のように積み上げて壁を築いていた。そして、その肉の壁で大魔砲の威力を相殺していたのだ。
そして、大魔砲であぶられたラウリス軍の兵士の死骸に異形の魔物たちが群がり
魔法団長や魔法使いたちがその光景に立ち
「た、退避ー!!」
魔法団長が絶叫する。
しかし、時はすでに遅かった。
大魔砲に最後の魔力を振り絞った彼らに逃げる力は残されておらず、奇声や金切声を上げながら怒涛の如く押し寄せる魔物たちになすすべなく
ラウリスの人々の命運は、もはや風前の灯と化していた。
「さぁ、皆殺しだ! すべての人間どもを魔王様の供物として血祭りにあげろ!!!」
悪魔大元帥レスルゴの大号令に、魔王軍は一斉に勝ちどきの咆哮を上げた。
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