第9話 ホルホイ村

 そのころ、ガットやホーホたちは森を抜けて大きな草原から荒野に変わる場所に差し掛かっていた。歩き始めて六時間ほどが経過し、太陽も地平線に近づいてきていた。


「今日はここで幕営しよう」


 フォルティスが言った。


「賛成、賛成。われも久しぶりの外出ではしゃぎすぎた」


 ホーホはさっそく地べたにごろりと横になる。


「温かくて味の濃いものが食べたいのぅ」


 ホーホがよだれを垂らしそうな顔でフロースに懇願している。


「ホーホ様、わかりました。雑穀パンと美味しいスープをお作りしますね」


 フロースが笑って答える。


「まったく。これは旅行じゃないんだから」


 そんな光景を見て、ガットがため息をつきながら、焚火の準備をする。


「しかし、ホーホ。思ったんだけど、カルルガットの近くにお前由来の結界とかないのか? 結界があれば魔法で転送できるんだよな?」


 ふと、ガットはホーホに尋ねてみた。


「ない。それに、カルルガットはちと特殊な場所なのじゃ」


 さっそく何かをクチクチ食べながらホーホが答えた。


「ホーホ様の言う通り、カルルガットは少し曰くつきの噂が絶えない土地だ」


 フォルティスが干し肉を薄く切りながら答える。


「お前は知らないだろうが、カルルガットはランゲルド王国がゴンドワナ大陸を蹂躙した時代に最後まで抵抗を続けたんだ。そして、結界や魔法力を使わずにそこに住む者たちを守り抜いた。カルルガットの領主は代々ロブスト家が担っているが、彼らは非常に勇猛果敢で知られている」


 フォルティスは、もし彼らに出会うことが出来たならぜひ手合わせしてみたいと言った。


 一通り食事を済ませたのち、帆布で作った簡易テントの中で皆横になった。


「半径五十ガル(約五十メートル)程度なら、私の短距離探知魔法スパイダーウェブで侵入者を発見、捕縛できますから安心して眠ってください」


 フロースが言った。


「だが、一晩中じゃ大変だろうから、途中で見張りは交代するよ」


  顔をあげてガットが答えた。


「大丈夫、寝ていても侵入者があればすぐに分かりますし。それにこの魔法は長時間の探知に特化していて魔力もほとんど消費しませんから」


 フロースが笑って答えた。


「そうか、それじゃ今夜はゆっくり眠らせてもらうよ」


 ガットたちはすぐに泥のように眠り込んだ。



 それから何もない荒野を二日ほど進み、そろそろガレ場から岩々がそびえ立つ山脈へと差し掛かろうかというころ、遠くの方から騒ぎが聞こえてきた。


「何か争っているようだ」


 フォルティスが呟いた。


「われは手伝わんよ」


 魔力が勿体ないからの、とカチカチの黒パンをかじりながらホーホが言う。


 更に近づいて、ガットが目を凝らすと、熊に角が生えたような大きな魔物が人間の兵士と戦っているところだった。


 大きな魔物はボロボロの大剣を振り回し、数で勝る兵士たちを圧倒していた。

 だがしかし、数に押されて徐々に魔物が劣勢になってゆく。


 おそらく勝ち目はないだろう。それでも、必死になって魔物は大剣を振り回し続けていた。


「こりゃ、傍観するか」


 なりゆきを見守りながらガットがそう呟いた時、魔物の背中に結わかれたぼろ布に目がいった。よく見ると布が動いている。


「子供でも背負っているのか?」


 ガットが凝視していると、魔物のうしろに回り込んだ兵士が槍でその布を貫こうとした。


「あぶねぇ!」


 ガットはとっさに手に持っていた槍をその兵士に向かって投げた。


 と、槍は風切り音を立てて一直線に兵士に向かって飛んでいき、その兵士を吹き飛ばした。


 それを見た魔物がこちらに顔を向ける。


「……あら?」


 ガットは自分の行動に困惑したが、すぐに考えを切り替えた。


「俺はあいつに加担する」


「本気か? あれは下級だが大型の魔物だぞ?」


 フォルティスが唸る。


「俺は俺のやりたいようにするよ」


 ガットはそう言って魔物の方へ駆け出した。



「ガット様たち、大丈夫でしょうか?」


 フロースが心配そうにホーホに尋ねた。


「あれらは、兵士のなりはしとるが山賊の類じゃな」


 魔物の背中を凝視しながら、ホーホが言った。


「おそらく魔物や亜人を捕えては街などで売り飛ばしておるのじゃろう。ほれ、あの岩陰を見てみい。鉄籠のなかにたくさん奴隷がおるじゃろうて」


 フロースが千里眼で岩陰を透視してみると、小さな鉄籠に小さな亜人が何人も閉じ込められていた。


「人間どもめ!」


 ことの次第を知ったフォルティスも飛び出した。


「殺すなよ!」


 ホーホの声を背中に受けて、フォルティスは小さく頷きながら疾風の如く走り出す。


 およそ二十人ほどいた兵士たちがあっという間に倒れていく。


 ガットが槍を振り回せば、一度に数人の兵士が吹き飛んでいった。

 フォルティスも閃光のような速さで、一撃で甲冑が凹んでしまうような強烈なみねうちの連撃を続ける。


 そして、あっという間に動ける兵士はいなくなった。


「目についた者は皆骨の二~三本は折っておいたから、しばらくは襲ってこないだろう」


 フォルティスが満足そうに言う。


「まったく、えげつないな」


 ガットが呟く。


「もう四~五本ずつ折ってやってもいいんだがな」


 フォルティスは少し口惜しそうだ。


 ガットは、こちらをじっと見ている魔物に声を掛けた。


「もう大丈夫だ。横から手を出してすまなかったな」


 そして、ガットが踵を返してフロースたちのところへ歩み始めようとした途端、ズンという音がして力尽きた魔物が倒れた。


 フロースたちはホーホと鉄籠を開けて中の亜人属の子供たちを助け出していた。

 全部で五人。皆とても腹を空かせているようでガリガリに痩せていた。


「これは酷い」


 ガットは唸った。


「ランゲルド王国の大陸制覇の影響でエルフ属や亜人属はその数を激減させたからの。もともとそういう種族に対する変態どもの需要というのは昔からあって、闇市場で彼らは非常な高値で取引されておったのじゃが、今も昔も人の業の深さは変わらんの」


 ホーホが子供らに回復魔法をかけながら言った。


「われが子供らを看るから、フロースはあちらの魔物を看てやるんじゃ」


「ホーホ様、わかりました」


 フロースはそう言って、倒れこんだ魔物のそばに近づいた。


「こ、こいつを、た、たのむ」


 魔物はうっすらと目を開けると、弱々しい声で背中のずた袋を指さした。


「ほう、言葉が話せるのか。下級と侮ったがこれはかなりの上位種だぞ」


 フォルティスが唸る。


「兄さま、いいから早くこの子を」


 フロースが、手持ちぐさたなフォルティスに早くずた袋を開けろと指示を出した。


「お、おう」


 フォルティスが慌てて、ずた袋から小さな亜人の子を引っ張りだした。


「まぁ、かわいい!」


 フロースが思わず声をあげる。


 フォルティスの手には、小さな人形のような亜人の子供が小さく丸まっていた。


 フロースが魔物や亜人の子らに回復魔法をかけている間、ガットは食事の準備を始めた。


――持っていた肉や薬草を全部使って、栄養たっぷりな鍋でも作ってやろう。これから数日は少しひもじい思いをするかもしれないが、まぁなんとかなるだろう。


 そう思いながら、ガットはとなりで横になっている魔物に聞いた。


「おまえはなんでこんなところにいるんだ? それに、背中の子供はどうしたんだ?」


 魔物は薄目を開けて、横目でガットを見ながら言った。


「あ、あの子供は亜人さらいに襲われていた。そ、それで、助けてくれと頼まれたんだ」


「……え、それだけ?」


 ガットは驚いて魔物を見た。


「そ、そうだ。それだけだ」


 魔物は答えた。


 うしろで、ホーホが口を動かしながらじっと二人のやり取りを見つめていた。


「そうか」


 ガットはイモを切りながら魔物に言った。


「おまえ、魔物のくせしていいやつだな」


 今度は魔物が驚いた顔をしてガットを見た。


「な、なんだよ?」


 ガットが尋ねる。


「お、おれがいいやつ? いいやつ? おれが?」


 魔物が目を見開いてガットを見つめた。


「だ、だからなんだよ?」


 ガットが再び尋ねる。


「そ、そんなこと言われたのは初めてだ。お、おれは何をしても魔物扱いしかされなかったから」


「に、人間にそんなこと言われたのは、初めてだ」


 魔物が言った。


「いいやつは、いいやつなんだよ。見てくれがどうであれ、いいことする奴はいいやつなんだ」


 ガットは少し照れ隠しに、ぶっきらぼうに答えた。


「おれがいいやつ。おれがいいやつ……」


 魔物は再び目を閉じながら、何度もそう呟いた。


「さぁ、できたぞ」


 鍋一杯のスープとパンを並べて、フロースの介抱が終わった子供たちに食事をとらせることにした。鉄牢から救出したときは皆うつろな目をしていたが、今は元気にスープとパンを頬張っている。


「あんまり急いで食べるとお腹がびっくりするから、ゆっくりよく噛んで食べるのよ」


 子供たちを見つめながら、フロースも嬉しそうにしていた。


「しかしまぁ、えげつないのぅ」


 スープを啜りながらホーホが言った。


「まったくです。本当に許せない」


 夢中でスープを啜りパンをむさぼる子供たちを見ながらフォルティスも怒りを露わにしていた。


「寄り道になるが、奴らの拠点を潰しておくか」


 フォルティスが険しい顔をして提案した。


「ここは魔力を節約したいところじゃが……またブチかましてやるかの!」


 ホーホはノリノリだ。


「俺も行くよ。なんていうか……放ってはおけないな」


 ガットも賛同した。


「な、なら、おれも連れて行ってくれ」


 うしろで控えめにパンを食べていた魔物が声をあげた。


「そういや、おまえはなんていうんだ?」


 ガットが尋ねた。


「お、おれはゴグマゴグと呼ばれている」


 魔物が答えた。


「んじゃ、今日からゴグっちだな」


 ホーホが楽しそうに言った。


「そうか、ゴグってのか。よろしくな」


 ガットはゴグマゴグに手を出した。


「?」


 ゴグマゴグは不思議そうな顔をしている。


「握手だよ、握手。こうやって親交を表すんだ」


 ガットは笑顔でゴグマゴグを見ていった。


 そこで、初めてゴグマゴグも眉間のしわを緩めてガットに手を伸ばし握手を交わした。


「と、ところで、あんたは大魔法使いホーホか?」


 ゴグマゴグがホーホに尋ねた。


「なんじゃ、おぬし。われのことを知っているのか?」


 ホーホがパンを頬張りながら答える。


「ま、魔物の間じゃあんたは世界中に結界を張った大魔法使いだって高名だ。だ、だって、おれだって知ってるんだから」


 ゴグマゴグが言った。


「む、昔、あんたの結界に触れたことがあるんだ。は、波動? お、音? をおれは知ってるから」


「われの魔法波動を知っとるのか? それは光栄じゃ」


 ホーホが満足そうに笑う。


「だ、だけど、ホーホは何百年も前に死んだって聞いた。お、おれは一度大魔法使いってやつに会ってみたかったから、こ、こうして会えて本当にうれしいよ」


 ゴグマゴグは本当にうれしそうにホーホに言った。


「魔物から会いたいなどと、刺客以外で言われるのは初めてじゃ。誉ほまれ。まぁじゃが残留思念と骨を依り代にした魔法体じゃから、ちと申し訳なさもあるがの」


 そう言って、不思議そうな顔をしているゴグマゴグの前でホーホはケラケラと笑った。


 それから、ガットはフォルティスとゴグマゴグを襲っていた兵士たちのところに向かった。

 

 兵士たちが二人を目にして後ずさる。


「なんだ、そのおびえた目は。どうしてそんなに怯えている?」


 フォルティスが兵士たちに尋ねた。


 よく見ると、どの兵士もみんな顔色が悪く、ひどく痩せこけていた。

 栄養失調による下痢が続いているのか、甲冑の隙間から見える下着も凄まじい色と臭気を放っている。


 そのうち、はじめは黙っていた兵士たちの一人が口を開いた。


「お、オレたちは皆殺しにされる。お、お前らだってそうだ。『キシ様』にみんな殺される」


 その発言で、ちぢこまっていた兵士たちの間に動揺が走り出す。


「そうだ、亜人どもを連れて帰らなきゃ、みんなぶっ殺されちまう」


 くしゃくしゃの甲冑をまとった小柄な兵士が震えながら言う。


「キシ様って、なんだ?」


 ガットが尋ねた。


「キシ様はオレらごろつきを束ねるお頭だ。この先にあるホルホイ村を支配してる」


「キシ様は強いんだ。誰も敵わねぇ。村の強い奴はみんな殺された」


「キシ様はおっかねぇ。逆らえば皆殺しだ」


 兵士たちが口々に言う。


 くしゃくしゃの甲冑をまとった兵が言った。


「キシ様はある日、村に来て長老や村の戦士をひとりで皆殺しにした。そして、女子供を皆自分の籠目にしておれたちを支配してるんだ」


「そして、おれたちに亜人どもをさらわせては大きい街で売りさばいてる」


「なるほど」


 ガットは少し考えて言った。


「それじゃ、そのキシ様とやらに会いに行こう」


「ば、ばかな! あんたらは確かに強ぇがキシ様相手じゃ歯が立たねぇ。みんなぶっ殺されちまうぞ!」


 くしゃくしゃの甲冑が驚いて叫んだ。


「いいんだ。そいつに聞きたいこともあるしな」


 フォルティスも怒りでメリメリ青筋を立てながらそう答えた。


「つくづくお節介じゃのぅ」


 なりゆきを横目で見ていたホーホが、楽しそうにぼそっと呟く。


 フロースと亜人の子供たち、それにホーホをその場に残してガットたちはホルホイ村へ向かった。


「やめろ、みんなぶっ殺されちまう!」


 と叫んでいたくしゃくしゃの甲冑も、ガットとフォルティスの決意がまったく揺るがないことを悟り、結局ついていくことにした。


「ここにいたって村に帰ったって、結局皆殺しにされる。そんなら、少しでも勝機が見いだせるならおれは奴らに命を懸けるぜ」


 そう言ってひょこひょこと折れた骨をかばいながら、ガットたちの後についていく。数人が顔を見合わせて、やはりくしゃくしゃの甲冑の後にびっこを引きながらついていく。


 歩いて小一時間ほどでホルホイ村が一望できる丘についた。


 近くに川が流れるこじんまりとしたいい立地にある村ではあったが、その村には色というか、生活感がまるでなかった。


 巨大なつぶてで村全体を踏み荒らしたような、そんな雰囲気すらしている。


「ひどいな」


 フォルティスが思わずつぶやいた。


「キシ様が来るまでは何も無いがみな平和に暮らしていたんだ。でもある日、キシ様がやってきてからは……村は地獄に変わった」


 骨の折れた足を引きずって懸命に追いかけてきた、くしゃくしゃの甲冑が歯を食いしばりながら言う。


「ところで、村への侵入経路だが、キシ様はいつもあそこに居るから……」


 くしゃくしゃの甲冑が村への侵入方法について話していると、突然すくっとガットが立ち上がって棒を握ったまま、スタスタと村に向かって歩き出した。


「お、おい! なにしてる!?」


 くしゃくしゃの甲冑が、一直線に村に向かって歩きだしたガットを見て度肝を抜いた。


「行くんだよ、村に。キシ様いるんだろ?」


 そういって振り返ったガットの顔は無表情ではあったが、凄まじい怒気を発していた。


「ふっ」


 フォルティスもガットのあとを追いかける。


「どうかしてるぜ、あんたら」


 くしゃくしゃの甲冑が目を見開いて言う。


「ぶっ殺されるかも知れねーんだぞ?」


 それを聞いたフォルティスが冷氷のような薄ら笑いを浮かべる。


「これから魔王ラッテンペルゲを打倒しようとしている俺たちだぞ。こんな小さな村を支配して得意になっているような、ちんけな小物なぞ肩慣らしにもならん」


「な……!?」


 それを聞いたくしゃくしゃの甲冑は、驚いて声が出なかった。


 ガットたちが村に近づいていることはキシも感づいていた。

 村の周囲に張り巡らせた簡易的な結界を超えてきたからだ。


 キシは単眼の鬼だった。

 赤い皮膚に太い赤髪。大きな角を左右の側頭部から生やし人間の言葉を理解して発することが出来る上位種の魔物であった。


「なんだ、やつら亜人を捕縛することもせずに外者を連れてきたのか」


「目障りだ」


 キシが魔法を詠唱する。

 と、風氷で出来た巨大な刃が超速でガットたちに向かって飛んでいった。


 しかし、凄まじい勢いで飛んでくる刃に向かってガットがグングニルをくるんと振ると、


「カアァアーン!」


 という低い金属音がしてその刃は粉々に砕け散った。


 今度はフォルティスが魔法を詠唱する。

 すると、巨大な氷の塊が幾重にもキシに向かって飛んでいく。


「ふん、この程度か――」


 キシが笑ってその氷の群れを払う。

 そして再び詠唱を始める。


 キシの足元に、前方に、そして上方に幾重の魔方陣が展開する。


「ちょうどいい。試しに、魔力レンズで魔力を収斂しゅうれんさせた高出力の魔砲をお見舞いしてやろう」


 そう言って、腕を前に突き出して印を結んで叫ぶ。


「我が力を敵に知らしめるために! 出でよ、アルデンバラン!」


 と、キシの周囲を包む魔方陣から光線が放たれ、それがキシの前にある魔力レンズで収斂しゅうれんされてビームのような輝度を放つ光線がガットたちに向かって放たれた。


 ピシャーっと目も眩むような光でガットたちのいる空間が包まれた。


「はっはっは。きさまらまとめて皆殺……」


 そうキシが叫ぶや否や、キシの体はズドンという鋭い衝撃と同時に胴から真っ二つに切断された。


「なっ……!!」


 キシには何が起きたのかまったくわからない。


 しかし、キシは超速再生であっという間に胴から下を再生した。


「なんだ今のは? しかし、まぁ、オレにかかればこの程度の攻撃まったく……」


 すると、再び腰に強い衝撃と激痛が走ったかと思うと、胴が両断されていた。


「な、なにが!?」


 よく見ると、中柄でみすぼらしい見姿の男がキシの脇に立って鉄の棒を構えていた。


「いくらでも再生しろよ。何度でもぶった切ってやるからよ」


 どこにでもいそうな、まるで見栄えのしない男が、真顔で再生したばかりのキシの胴に棒を振り下ろす。


「だ、誰だ、貴様は!?」


 そうキシが叫ぶより早く、男の持つ鉄の棒がキシの体を真っ二つにする。


 棒もそれを振るう者も、見た目は細く華奢なのに打撃が異常に重い。


「ぎゃあー!!」


 繰り返される衝撃と激痛に、さすがのキシも絶叫する。


「感謝しろ。お前が殺した村人と、さらった亜人の数だけ繰り返してやるからよ」


 そう真顔で言いながら棒を振り下ろし続けるガットの顔を見て、キシは生まれて初めて心の底からの絶望を覚えていた。


「なんなんだよ、なんなんだよあいつらは……」


 くしゃくしゃの甲冑は絶句していた。


 あれほど絶望的だった状況が、絶対に覆すことなど出来ないと絶望していた相手が、今はやめてくれと絶叫している。命乞いをしている。


 こんな状況が、それもあっという間に――。


――あのハーフエルフ、キシ様の気をらせるためだけに氷を投擲とうてきしたんだ。それも、最善のタイミングであの棒の男がキシ様に近づけるように!


――まさか、あいつら本気で大魔王を倒す気なんじゃ……。


 くしゃくしゃの甲冑は、ずっとずっと腹の下に隠していたある想いが沸き上がるのを感じていた。それはキシが来るずっと前から想っていて、だけど諦めていたもの。


――だけど、もしかしたら、こんなおれでもあいつらと一緒なら……。


 気づいたら、くしゃくしゃの甲冑はぼろぼろに欠けた刀を振り上げて雄叫びを上げながらガットやフォルティス、キシのところに走り出していた。

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